第16話 愚かなハディー

 なんとかフィルの暴走は止めたものの、まだ怒っている。

 どうなだめようかと考えていると、ポール先生が恐る恐るといった風に声をかけてきた。


「レナリアさん、今のは一体……」

「その……。どうも、私のエアリアルがちょっと暴走してしまったみたいで……。いえ、もちろん、すぐに止めたから、今は大丈夫です」


 振り返ったレナリアは、口角を上げて微笑みの形にする。

 目は笑っていなかもしれないが、気にしない事にした。


「止める? どうやって?」

「それはもちろん、止めてって言って……」


 と、そこでレナリアは口を閉じた。

 ポール先生が信じられないというように目を見開いてレナリアを凝視しているからだ。


「レナリアさんはエアリアルと意思の疎通ができるんですかっ? なぜ? どうやって? もしかしてエアリアルの姿が見えるんでしょうか」


 ぐいぐいと迫ってこられて、思わずレナリアは後ずさる。

 視線の端でまたフィルが怒り出しそうな様子を見て、慌てて両手を前に突き出してポール先生を止める。


「落ち着いてください、先生! またフィルが怒りだします」

「フィル……? ひょっとして君はエアリアルに名前をつけているのかな?」


 しまった、と思った。

 普通はエアリアルの姿が見えないのであれば、名前などつけないに違いない。

 それなのにとっさにフィルの名前を出してしまった。


 レナリアは深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


 まだ大丈夫。

 フィルの姿が見えてるって分かったわけじゃないもの。

 適当に誤魔化せば、平気だわ。


 教室の中は机が倒れたりはしているが、それほど被害を受けている様子もない。

 暴言を吐いたランスは尻もちをついて床に座り込んでいるが、怪我はしていないようなので、少しほっとする。


「だって目には見えなくても、私たちがエアリアルの守護を受けているのは確かでしょう? だったらその感謝の気持ちを忘れてはいけないと思いますの。私の場合は、たまたまそれが名前をつける事だったのですわ」


 レナリアの両親も兄も、守護精霊をとても大事にしている。

 話しかけたり撫でてあげたり。

 そうすると精霊たちは嬉しそうに揺れたり跳ねたりするのだ。


 エアリアルのように姿を見る事ができない精霊でも、感謝の気持ちを伝えれば喜ぶのではないだろうか、と提案してみた。


「感謝の気持ち……。そうだね、それを忘れてはいけませんね。レナリアさんは名前をつけてから君のエアリアルと意思の疎通ができるようになったのかな?」

「そうですね。名前をつけてから一層近くに感じるようになりました」


 レナリアは決して嘘は言っていない。

 ただ全てを話していないだけだ。


「皆様も……。試してみてはいかがでしょう」

「うん。いいね。でもその前に机を直そうか。エリック君とランス君は手伝ってくれないか」


 教室の中は飛ばされた机や椅子で荒れている。

 レナリアは頭を下げて謝った。


「申し訳ありません……」

「ランス君が失礼だったのは確かだからね。レナリアさんのエアリアルが怒るのも無理はないさ。むしろこれくらいで済んでラッキーだったんじゃないかな」


 細い割には力のあるポール先生がよいしょと机を運ぶ。

 エリックもそれを手伝ったが、フィルを怒らせた原因であるランスはふてくされたように、教室の隅に立っていた。


「ほらほら。君も一緒に手伝って。あ、そうだ。いつも授業の一番初めに言ってるんだけどね。あんまりエアリアルをないがしろにすると、加護を失って死んじゃうから気をつけてね」

「えっ?」


 レナリアがびっくりして聞くと、ポール先生は机をもったまま苦笑する。


「例えばサラマンダーだったら、話しかけたり撫でたりしないと段々小さな炎になってしまうだろう? ほら『愚かなハディー』の話だよ」


 『愚かなハディー』というのは子供が読む絵本の話だ。


 昔、砂漠に住むハディーとハキムという双子がいた。

 ハディーの守護精霊はサラマンダーで、ハキムの守護精霊はウンディーネだ。


 しかし砂漠では泉を作る事ができるハキムばかりが重宝される。

 その事に不満を持ったハディーは、サラマンダーを呼び出しては文句を言うようになった。


「お前なんて何の役にも立たない」

「僕もウンディーネの加護を得たかった」


 しょんぼりするサラマンダーは、どんどん、どんどん小さくなっていった。


 サラマンダーはハディーの為にかまどの火を絶やさないようにしたし、盗賊除けのかがり火も消さないように気を配っていた。


 けれどもハディーは、それよりもウンディーネの方が何倍も役に立っていると言って、一度も褒めてやらなかった。


 やがて砂粒のようになってしまったサラマンダーは、そのまま動かなくなって消えてしまった。


 ハディーはきっとふざけているだけだろうとサラマンダーを呼び出すが、一向にその姿を見せない。


 しかもそれまで使えていた火の魔法を一切使えなくなってしまった。

 それどころか、ハディーが近づくと燃えている炎が消えてしまうようになった。


 サラマンダーの守護を失ったハディーは、それから死ぬまで一生、火のない所で生活しなければならなかった。


「他の精霊と違ってエアリアルは姿が見えなくてその変化に気づきにくいからね。いきなり消えてしまうんだ。それでね、エアリアルの加護を失うと、なぜかすぐに死んじゃうんだよね」


 不思議だよね、と軽く肩をすくめるポール先生の言葉に、ランスの顔は真っ青になった。


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