第15話 目立たぬように最初が肝心

 教室でのあいさつが終わると、今度は魔法学の先生が現れる。


 基本的に守護精霊と同じ属性の魔法しか使えないから、属性ごとにそれぞれの教師に師事して学ぶのだ。


 まず最初に担任であるマーカス先生が、水の精霊ウンディーネを呼び出して前に出る。


「私の守護精霊はウンディーネだ。ウンディーネは優しく気高い。生徒諸君も、自らの守護精霊に恥じぬよう、しっかり学びなさい」


 マーカス先生のウンディーネは少しだけ紫がかっているように見える。

 もしかしたら王族の血を引いているのかもしれない。


「ウンディーネを守護精霊とする、セシル・レイ・エルトリア、ステファン・ジョーンズ、パスカル・ドーリー、サンドラ・キーツ、ロウィーナ・メルヴィス、キャサリン・カルダーウッド。以上の者は前へ出なさい」


 セシル王子の名前についている『レイ』は王族である称号だ。王族男子には『レイ』、王族女子には『ロワ』をつける。


 マーカス先生はセシル王子を始めとする、ウンディーネの守護精霊を持つ生徒を連れて教室から出て行った。


「俺はサラマンダーを守護精霊とするトマス・コーエンだ。よろしくな! このクラスでサラマンダーの守護を持ってるのはマグダレーナ・オルティスとバーナード・トマソンとコリーン・マードックか。今年は少ないな。よしっ、じゃあ俺についてこい」


 赤毛で筋肉質のトマス・コーエンは、教師というより騎士と言ったほうが良いような大柄の男だ。


 入学した生徒たちは学園で二年間基礎を学び、その後三年間は専門分野を学ぶ。

 魔法の素質があるからといって全員が魔法使いを目指すわけではなく、騎士になる者も多い。剣だけではなく魔法も使える騎士は、重宝されるのだ。


 トマス・コーエンも魔物との戦いで足を怪我するまでは、前線で戦う騎士団の一員だった。


 いずれは団長になるだろうと期待されていたが、味方をかばって負傷してしまった。元のように戦えないわけではないが、長く戦っていると動けなくなってしまう。


 それでいざという時に仲間に迷惑をかけたくないと騎士団を退団し、後進を教育する為に学園の教師になった。

 今では、学園一熱い男として名が知られている。


 それから次々と教師たちが生徒の名を呼び教室から出ていった。


 最後に残ったのはレナリア一人だ。


 エアリアルは他人どころか、守護されている本人にも姿が見えない。


 本来であれば守護精霊を得られるほどの魔力を持つ者は、その使い方を学園で学ばなければいけないのだが、他の精霊のように他人から見えないのであれば、しらばっくれる事も可能だ。


 むしろそれほど魔力が高くないからエアリアルの守護しか得られなかったと考えられているので、隠匿してもどこからも咎められなかった。


 魔力の多さを尊ぶ貴族の中には、エアリアルの守護精霊しか得られなかったら恥になるとして、最初からそんな子供はいなかった事にする家もあるらしい。


「えーっと、僕はポール・モントです、風の精霊エアリアルの守護を得ています。レナリア・シェリダンさん、行きましょうか」


 風魔法を教えるポール先生は、線が細く気弱そうな教師だった。

 茶色い髪に茶色い瞳の凡庸な顔をしていて、言葉のアクセントからすると、おそらく平民の出身だろう。


「よろしくお願いします」


 レナリアが頭を下げると、ポール先生は意外そうに目を見開いた。

 高位貴族であるレナリアが、いかにも平民出だと分かる教師に頭を下げるとは思わなかったのだろう。


 一年生の教室から魔法学の校舎までは、渡り廊下で繋がっている。


 手前から、水魔法、火魔法と続いて、一番奥に風魔法の教室があった。

 ポール先生に続いて教室の中に入ったレナリアは一斉に注目を浴びる。


 教室の中には五人程の生徒が座っている。

 他の属性の教室に比べたら、ずいぶんと少ない。


 中には自分の事を棚に上げて、エアリアルの守護しか得られなかったのかと、馬鹿にした表情で見ている者もいる。


 だがレナリアは気にせずに、空いている椅子にさっさと座った。


「えっと、自己紹介とかした方がいいのかな。……じゃあまずは僕から。僕は、皆さんと同じで、風の主精霊エアリアルの守護を得ているポール・モントです。この学園を卒業したので、えーと、一応、先輩になります。これから僕と一緒に風魔法を学んでいきましょう。よろしくお願いします」


 軽く頭を下げたポール先生は、教室で待っていた生徒から自己紹介をさせる。


「ランス・エイリングだ。よろしく」


 ランスは貴族の出身で、この教室にいるのが不本意だと顔に書いているようだった。

 短く自己紹介をすると、すぐに着席してしまう。


「俺はエリック・ハメット。皆はどうか分かんねぇけど、俺はオヤジの跡を継いで立派な船乗りになる予定だから、エアリアルが契約してくれて嬉しいぜ。よろしくな」


 日に焼けた浅黒い顔の中、ニカッと笑った白い歯が映える。


「私はローズ・マイヤーです。私も風車を動かすのにエアリアルの加護があると嬉しいと思っているの。よろしくね」

「わ、私は……。その、マリー・ウィルキンソン、です。よろしくお願いします……」


 ローズもマリーも貴族だが、その性格は正反対のようだった。


「あたしはエルマ・バートです。よろしくお願いします」


 そばかすに赤毛のエルマの挨拶が一番普通だった。


 最後にレナリアが立ち上がる。


「私はレナリア・シェリダンです。皆さま、どうぞこれからよろしくお願いいたしますわね」


 シェリダンの名前に、生徒たちがざわめく。


「シェリダンってあの歌劇で有名なシェリダンだろ!? なんで娘がこんなチンクシャなんだよ!」


 立ち上がって指を差すエリックに、目立たないように変装したのは自分だけれど、あまりにも失礼な物言いに、レナリアはちょっとムッとした。


「ハッ。出来損ないなんだろ。エアリアルとしか契約できなかったんだ」


 ランスも馬鹿にしたように鼻で笑う。


 言い返そうとしたレナリアだが、それよりももっと怒っているものがいた。

 フィルだ。


「契約してもらった人間の分際で、僕たちを馬鹿にするなー!」


 フィルの怒りに合わせて、教室の中で暴風が起こる。

 机すら飛びそうな勢いに、レナリアは慌ててフィルを止めた。


「フィル、止めて! 皆飛ばされちゃうわ!」


 その声に我に返ったフィルが動きを止める。


 やっと収まった風にホッとするが、教室の中は惨憺さんたんたる有様だ。


 レナリアは思わず額に手を当ててうめいた。

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