第6話 やっぱり今世も聖女でした

 レナリアは、古い人間、と言い切られてちょっと傷ついたが、気を取り直してエアリアルに前世の記憶の事を伝えてみる。

 そして前世では聖女だったせいで死んでしまったから、今世では目立たないように生きたいという事も。


 するとエアリアルは目を輝かせた。


「そっかぁ。だからレナリアの魔力って、前世の分も加算されて、たくさんあるんだね。どうりで滅多に見ないくらいの魔力だと思ったよ」


 エアリアルはパタパタと嬉しそうに羽を動かした。

 ふわりと風になびく金色の髪と楽しそうに輝くレモン色の目が、どちらも光を反射するようにきらめいている。


「だからレナリアが普通に魔法を使うだけでも、さっきみたいに凄い威力になっちゃうんじゃないかな」


 エアリアルの言葉を聞いてレナリアは両手を頬に当てた。


「困るわ。私は絶対に目立ちたくないの。それに聖女なんてもっての外よ」

「多分なんだけど、レナリアが全力で聖魔法を使ったら、死んですぐくらいの人なら生き返っちゃうんじゃないかな」

「何それ!?」


 前世のレナリアですら、死んだ人を生き返らせる事はできなかった。

 もしそれができるのなら、誰がどう見ても立派な聖女になってしまう。


「僕らが集められる魔素ってさ、契約者が持ってる魔力に比例するんだよね。だからレナリアと契約した僕は、凄くたくさんの魔素を集められるってわけ」

「困るわ。私は聖女なんかになりたくない!」

「そしたらその棒に増幅じゃなくて、減衰させる効果をつけないとダメじゃないかな」


 そうだ。

 確かに魔法杖には増幅の効果がある。

 レナリアの持つ杖は特に品質の良いダンザナイトを埋めこんでいるから、より魔法を増幅させるのだと父に言われていた。


「じゃあエアリアルが魔素を集めないようにしてくれればいいんじゃない?」


 そうすれば別に杖に減衰の効果をつけなくてもいいはずだ。


 だが、エアリアルは腕を組んで難しい顔をした。


「それは難しいかなぁ。レナリアの魔力が多いから、僕が手加減してもあんまり変わらないと思う」

「そう……。じゃあ魔法杖に減衰の効果をつけるしかないのね。どうやって効果をつけるの?」

「ごめんね。人間の道具だから、僕には分からないよ」


 レナリアは誰かに相談してみようかと考えた。

 誰かといっても、まだ社交界にデビューしているどころか、学園にも通っていないレナリアに、家族以外に相談する相手などいるはずもない。


 でも、禁忌をものともせずに王家の姫を娶ったクリスフォードたちであれば、レナリアの力を知ってもそれを利用しようとは思わないのではないだろうか。


「それにしてもそんな棒で魔法を増幅させるなんて、人間は凄いものを作るね。僕もびっくりしたよ」


 感心したようなエアリアルに、レナリアは改めて手にした魔法杖を見る。


「そうね。だから葉っぱ一枚を落とすつもりで放った風魔法があんな事になってしまったのね」

「えっ。あの魔法、葉っぱ一枚だけ落とすつもりだったの?」

「そうよ」

「僕、てっきり森を薙ぎ払うつもりなのかと思ってたよ」

「まさか!」


 レナリアは慌てて否定する。

 するとエアリアルは「な~んだ」と頭の上で手を組んだ。


「てっきり世界を滅ぼすための練習をしてるんだと思ったよ~。あはは」

「そんな事、するわけないじゃない」

「でもレナリアならできそうだけどなぁ」

「やりません!」


 どこまで冗談で、どこまで本気か分からないエアリアルを見て、レナリアは思わずため息をついた。


「世界を滅ぼさないなら、もっと魔法の威力を弱めないとダメだと思うよ。僕が魔素を集めてあげるから、レナリアはその杖で模様を描けばいい」

「模様?」

「確か魔法を発動させるための模様があるはずだよ」


 なるほど。それがあるから少ない魔力で魔法を使っても、命を削られる事がないのかとレナリアは思った。


 きっとその模様は学園に入れば教えてもらえるのだろう。


「……まだ習っていないの」

「そうなんだ。じゃあこれから習うの?」

「ええ。学園に行って学ぶのよ」

「学園って聞いた事があるよ。楽しい所なんでしょ?」

「楽しいのかしら……。私も行った事がないから分からないけど、友達ができたりするのだから、きっと楽しいんだと思うわ」


 魔法学園は全寮制だが、レナリアは週末ごとに帰ってきてくれるアーサーの話を聞くのが大好きだった。

 だから学園に入るのを楽しみにしていたのだが……。


 やはり、第二王子と同級生になるというのが気にかかる。


 もちろん第二王子という立場が同じであっても、その王子がかつてのレナリアの婚約者であったマリウスのはずはない。


 でも、もし面影があったら……?


「考えても仕方ないわね」

「友達が一人もできなくたって、僕がいるよ!」


 レナリアが心配していたのは違う事だが、それでも励ますようにレナリアの周りを飛び回るエアリアルの気持ちが嬉しくて、微笑みを返す。


「そうだわ。エアリアルには名前があるの?」

「名前?」

「ええ。だって風の精霊はみんなエアリアルっていうんでしょう? でもそれはあなただけの名前じゃないわ。だから、一人一人に別の名前があるのかなと思って」

「ないよ。だからレナリアが名前をつけて」

「私がつけてもいいの?」

「うん。僕がこうして契約するのは君が初めてなんだ。だから君に名前をつけてほしい」


 エアリアルに名前をつけてほしいと言われて、レナリアは考えこんだ。


「フィルっていう名前はどうかしら。古語で『風』という意味を持つの」


 前世においての古語だから、今はもう誰も知らない言葉かもしれない。

 

「フィル……。いいね! うん。僕の名前は今日からフィルだ」


 フィルは笑って、くるくると嬉しそうに飛び回った。

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