第87話 屋形船迷宮


 日本全土迷宮化計画は着々と進んでいる。

 大小係わらず島という島の領海をあらためて設定し地図にして行く。

 日本を丸ごと迷宮化し今後他国とは接触する事はないので、細かく領海の線引きをしなくとも、まぁだいたいでいいんじゃないの? と思われるが、そこは日本人の気質だ。

 きっちりと国連海洋法条約に基づいた設定領海で計測していた。


 また、軌道エレベータ迷宮はぎりぎりまで研究開発と宇宙船建造を続けるが、伊崎の計画では異世界転移時に閉鎖しデータ化する。再び利用する際には閉鎖した時の状態で展開されるが、異世界が地球と同じ大きさとは限らないので調整が必要になるかもしれない。

 地球の自転と重力に合わせて静止軌道までの距離を計算してあるからだ。更に言えば、球体とは限らず平面であるかもしれないし、立方体であるかもしれない。偵察してみなければわからない事だらけである。


 全土迷宮化によって転移先に海がなくとも、空中都市であろうとも対応できるはずだ。今は既存の概念にとらわれずあらゆる状況を想定しておかねばならない。

 しかし現在は伊崎と滝川のみが転移計画を知っており、他の者達はこの地球で鎖国するだけだと思っている。二人だけでは想定問題には限界があり、もっと柔軟な発想を得る為に伊崎魔王としての能力をフルに使って厳しい制約を課し、有識者会議を開く方向で動いている。

 姉弟も計画を知るが当てにはならないので有識者会議メンバーには入っていない。


 そして伊崎はバロウズと会談の席を設ける。

 総理執務室と自治会会長室とのホットラインを使い連絡をしようと、受話器を上げた時には先方もほぼ同時に、ワンコールもせずに受話器を取っていた。電話機の前で待機していたのだろうか。


「は、はやいな!」


≪……たまたまですよ。電話機の掃除でもしようかな、と思った所に鳴りましたので≫


「そ、そうか。まぁいい。少し話をしたいのだが、メシでも食いながらどうだ?」


≪わかりました。今から行きます≫


「待て待て、明日以降で都合のいい日はあるか? 場所はこちらで指定する。同行者はお互い一名のみ、でどうだ」


≪わかりました。明日ですね。時間と場所をメッセージで送ってください。では≫


「いや、電話で伝えればいいだろ。あ、おい! もしもし? もしもし!」


 切られた電話に向かって、どうあってもメッセージアプリのブロック解除をさせる気かよ、と呟きながら外へ出る。迷宮化している総理官邸内は電波が入らない為だ。

 早く迷宮内での無線技術を確立してもらわないとな、と思いながら伊崎はバロウズのアカウントブロックを解除し、場所と時間を送ると即返信が来て確認する。


 “私をブロックしたら明日の話し合いには参加しませんし、今後協力関係を維持するのも考えさせていただきます”


「はぁ……これで創造主かよ。ブロックで日本の未来が決まるかも知れんとは」


 そして伊崎は滝川を呼び会談の場の設定を指示する。



 翌日夕刻。ここは東京湾、屋形船迷宮。

 魔物に船頭と調理、接客などをさせる人間不在の迷宮化した屋形船で、防諜に優れている。

 伊崎は念の為に乗船客が魔物データを用意するコースを選び、自分で喚びだしておいた。

 船は貸し切り。普段ならば八十名は座れる船内に今は四名。長テーブル前に座布団があり、伊崎、滝川とバロウズ、ナアマが対面に座っている。

 そこへ次々と料理とお酒が運ばれる。運んでいる女性型魔物は何故か四体ともビキニ水着でそれぞれ色が違う。


「こういうのが趣味なのですか?」


 バロウズが怪訝そうに伊崎に問いかける。


「たまには目の保養が必要なんだよ! 人間にさせてたら叩かれるだろ?」


「ナアマ」


「はっ」


 バロウズがナアマに声を掛けると、その瞬間ビキニ姿となる。


「いや、そっちはいいから。趣味じゃない」


「くっ。貴様、人間のくせにわたしを品定めするとは!」


「ナアマ」


 基本的に日本人の顔と体型が好みの伊崎は、外国人姿であるナアマを切って捨てる。戦闘モードに入ろうとする短気なナアマをバロウズが諫め、水着姿を解除させる。


「黄金比とやらでバロウズ様が作った身体を……覚えていろ」


「忙しくて覚える暇などない。それより飲め、食え。味はわかるんだよな?」


「わかりますよ。ちゃんと匂いも食感もわかります。日本料理は目で楽しみ、匂いで期待し、食感で驚き、味を堪能する、のでしょう?」


「そうだな。久しくそういう料理を食ってないが今日のは別だ。お前との会談だからな、特別料理だ」


 伊崎が滝川に教わったバロウズ攻略法を使う。これまでの言葉と行動などから滝川が分析し伊崎に進言した。とにかく特別であると思わせる、そしてきちんと相手をするのが攻略法のひとつだ。


「ほ、ほう。そうですか、私との会談は特別ですか。当然ですけれどね」


 そしてバロウズに少しの動揺と高揚が見られる。

 ちょろい。


 伊崎がバロウズに酒を注ぎ、軽くぐい飲みを合わせたあと、思わずうまいと口に出た伊崎。


「うまいな、この酒。滝川これ銘柄は?」


「心を洗うと書いて洗心、です。ちょうど今月出荷分が手に入りましたのでお持ちしました」


「洗心か。はかりごとが多い俺には似合わんな」


「そろそろ、その謀を話してもらえませんかね?」


 切子ガラスのぐい飲みを指で弄ぶように軽く回しながら呟く伊崎にバロウズが言う。


「そうだな。まずは確認だ。日本迷宮へあの姉弟が入り踏破してもらう。これはいいな?」


「いいでしょう。それが成せないとその先がありませんからね。ただあのお嬢さんには文句のひとつも言いたいですが、ね」


「なんだ、何があった? と言うか接触してたのか、お前?」


「まぁ、二、三度。いずれも私が退かされて悔しいという感情を教わりましたよ」


「はははは! さすがたけるさんとさんの娘だ。創造主サマを退けるとは、な!」


「ちっ。あの娘は私の身体の一部を持つのですから当然と言えば当然です」


「ああ? そうだったのか。……そうか、そういう事か」


 これまでの姉の異常な身体能力、強さ、魔王と成りあらためて姉を見てバロウズと会った時の既視感、その答えが明かされ納得した。

 たまに見せる性格の方向性が確定していない不安定な様もバロウズこいつに似ているな、とも思う。


「何を納得しているのですか。何故か不愉快な気分がこみあがってきます」


「じゃあ、お嬢は本当の意味で血肉を分けた娘みたいなものか。肉親とはよく言ったモノだ」


「は? はぁ!? え?」


「貴様、何を言う! 娘はわた……」


 その事に初めて気づいたというように驚愕するバロウズと、激昂し何かを言いかけたナアマ。その二人に滝川はくすりと笑う。


「冗談で子だと言った事はありますが……ありますが、はぁ? 娘?」


「バロウズ、様……?」


「私の娘、私が親? ……パパ?」


「おう、そう言う事でお前の娘が踏破し、向こうの世界をまず確認して貰う。その時パパがフォローしてやれよ? 異世界神クソヤロウ共に娘をどうにかされたくはないだろ?」


 クソヤロウ共という言葉にバロウズの表情が一変する。苦々しい顔だ。消滅させてやるという呟きも聞こえた。自らが生み出した元素よりも万能で解析すらできないマナ。それに浸蝕され自分の世界を犯されている。こちらのありとあらゆる物をデータ化できるマナは、元素など簡単に解析でき稚拙だと言わんばかりだ。


「クソヤロウなぞ、居場所さえわかれば消滅させてあげます」


「そんな大口叩いていいのか? 本当にできるのか?」


「当初こちらに来た奴は私が消してあげました」


「お、おお!? 本当か!? すごいなお前。さすが創造主サマだな!」


「ふふ、どうです。私の方がクソヤロウより優秀なのですよ。私の物でできている君達は誇っていいのですよ」


 途端得意げな顔になり、ころころと表情を変えるバロウズに畏敬というよりは親しみを感じる。逆に本当にコイツが宇宙の全ての元となるものを作ったのか? と疑問を持つ。


「そのお前が作ったモノがな、あのクソヤロウ共に奪われているのだ」


「……どういう事です?」


「迷宮技術の対価に日本領土内で死んだ人間の魂と思われるモノが、クソヤロウ共の糧になっている」


 伊崎はその言葉を初めとして詳しく説明していく。当初の契約とこれまでに喰われた何百万という魂の一桁までの正確な数字、その魂と引き換えに得た技術と物資と金をいかに他国が毟り取ろうとしてきたか、そして何故これまで他国との併合を拒み続けたのか。

 ゆっくりと落ち着いて話す伊崎と対照的に、バロウズの表情は少しずつ変わっていく。


「ク、ク、クソヤロウがぁっ!」


 かつてこれまでに伊崎が見た事の無いほどの激怒と憎悪。そして殺意。

 それが周りに影響を出し始める。ぐい飲みが揺れ、テーブルが揺れ、船が重力など無いかのように前後左右に暴れ始める。


「バロウズ様!」


 ナアマが声を掛けるが聞こえていないかのようだ。


「オイッ! これから奴等の世界をいかに侵略するか説明してやるっ!」


 伊崎の叫ぶような声にバロウズがその顔を見て落ち着き始める。ゆっくりと船の動きもおさまってきた。料理などは散らばって戻りようがないので、魔物に片付けを任せ少し離れた所へ座り直す。


「それで?」


「その前に、今一度確認と約束をしてもらいたい。向こうの世界を破壊しない、いいな?」


「了承しなかったら?」


「その時はお前は不要だ。俺達だけでやる」


「こちらの世界で言う、神と同等のモノを探し、その場所へ行き、消滅させる事ができると?」


「日本内閣総理大臣にはな、バロウズ。脈々と受け継がれている申し送り書があるんだよ。それは制約と同じ。何年かかろうとも絶対に達成するべき目標が書かれてある。政権が変わろうともそれだけは無視できん。日本人として無視してはならんのだ。それに俺は書くぞ? 何十年、何百年かかろうとも絶対に探し出して殺せ、と」


「私を脅すのか? この私を?」


「いや違う。前に約束したよな、向こうの世界は破壊しない、と。確認だよ、確認。お前がいてくれた方が百パーセント達成できるからな」


「ほ、ほう? 私の力を解っているようですね。まぁ? お前らがいなくとも私だけでもできますが? いいでしょう、あらためてここに約束しましょう。クソヤロウ共は消滅させますが、世界は破壊しない、と」


 バロウズは得意げに話す。伊崎と滝川はちょろすぎっと思っているが、ナアマはそんな主人を見て頬を染めカッコイイ! と顔に両手をやり、うっとりと見蕩れている。

 ナアマもちょろい。


「では、よろしく頼むバロウズ様」


 伊崎が居住まいを正し頭を下げる。


「ふふふ、それを待っていたのですよ。伏して頼むのを、ね!」


「それで今後のことだが、姉弟の後ろについて日本迷宮に入り、向こうへ行って来い。状況がわかったら知らせろ」


「貴様! バロウズ様にそのような口の利き方を!」


「ナアマ落ち着きなさい。この者は例のアレですよ。ツンデレ」


「な、なるほど。これが……」


 違うと思うけどなぁと伊崎と滝川は顔を見合わせ、話を続ける。


「向こうである程度探索してもらい状況が掴めたら次の行動に移る。ああ、当然自衛隊も何名か連れていってもらう。こちらと文化と言語、それに空気や水など重要な物の成分が同じとは限らないからな。当然、調査訓練を受けた者達だ」


「私には関係のない話ですね。如何なる場所でも平気です」


「マナが濃い場所でもか?」


 その質問に、くっと顔をしかめるバロウズ。マナが濃い迷宮内など思うように力が発揮できない。創造主の創造主たる能力が使えないのだ。

 それでもさすがは創造主、日本の神々に匹敵する力は出せる。


「うちの研究者は優秀でなぁ。マナを利用する方法を編み出している中、逆にマナを薄くする研究もしているのだ。あらゆる状況を想定した研究をするのが研究者であると言っていたな」


「ほ、ほう? 私の成分でできているのですから、私のおかげであると同義でしょう」


「お前の成分とか言うなよ、気持ちわりぃぞ」


「お前はだんだんと遠慮という物がなくなってきていますね」


「友人ならこんな物だろ?」


「ゆ、友人……」


「俺はマナと魔物の魔王だ。お前に俺は消せないし、俺はお前を消せない。ある意味、対等の立場だな。そういう対等の者同士で親しい者を友人と言うのだ」


 さらりと初めて自分の正体を明かした伊崎だが、友人という言葉を噛み締めているバロウズは気づいていない。ナアマは、魔王? といぶかしげに伊崎を睨む。


「な、なるほど? いいでしょう。友人というモノについて少し勉強しておきましょう。それで? 向こうの探索が完了した後はどうするのです」




「日本ごと向こうへ行き文化的侵略の末、世界を丸ごといただく!」

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