第13話 競技迷宮二


 姉は隣のベッドで寝ている弟を見つめ思う。


 この子は本当は、馬鹿なのではないか、と。


 弟は昨日活躍してくれた迷彩服三型を抱きしめながら、時折グヘヘ、グフと不気味に笑いながら眠っている。


 ここは競技迷宮に併設された宿泊施設。

 競技迷宮に出資している会社社長なども宿泊するため、造りは豪華、快適になっている。探索者それぞれに個室は与えられなかったが、自宅の寝室より広く過ごしやすい部屋に姉は逆に落ち着かなかった。

 シャワーを浴び、体の覚醒を促しベッドに戻ると弟が起きていた。


「あれ? 姉ちゃん。よく眠れなかった?」


「うん、でも大丈夫です」


「そう? 俺もシャワー浴びてこよー」


 大丈夫と言うなら大丈夫。こういう時に姉は変に見栄や意地を張らない。迷宮ではそれが命取りになるからだ。


 姉はバスタオル姿のまま髪を乾かし、アンダーシャツとスパッツを身につける。迷宮に入る時に下着は着けないが、ニプレスはする。こすれると痛いのだ。

 弟が浴室から戻り、朝食バイキングへ向かう。バイキングは苦手だ。料理を取り過ぎてお腹いっぱいになってしまう。

 抑え気味、抑え気味と呟きながら料理を選んで席に着く。そこへ子息もやって来た。彼はコーヒーとサンドイッチだけのようだ。


「おはようございます。いい天気ですね。迷宮内では関係ありませんが」


 少し笑いつつ同じテーブルに着いた。朝から清々し過ぎる笑い顔に姉は引いている。


「おはようございます。向こうのテーブルの方が「いい天気」が見えます」


「おっはよー」


「はっはっはっ、そうですね。向こうに移りますか?」


「あなただけどうぞ」


「朝から冴えてますね。素晴らしい!」


「姉ちゃんはあんたにだけこんな感じだよ」


「なるほど! 私は特別なんですね、嬉しいです」


「はぁ……」


 姉の溜め息を余所に子息が今日の事を話し出す。ちょっと大変な競技のようだ。


「本日は体力と精神力、忍耐力を必要とする競技でしてね。まず各探索者にこうして参加、不参加の意思を確認するんですが」


「参加です」


「いくよー」


「ありがとうございます。もちろんそうおっしゃると思っていましたが、今日の内容を聞いていただいて、あらためて確認しますね。今日は二十四時間退宮となっていまして、パーティー毎に小部屋に入ります。小部屋と言っても結構広いようですが……そこでは百体の魔物が沸き、再ポップは一分。二十四時間で何体倒したかを競います」


「狩り……放題」


「きつそー」


「はい、二十四時間経ちますと強制的に退宮となりますが、途中リタイアも認められています。各小部屋にパネルがありますので、そこをタッチすると入り口へ転送されます」


「わかりました」


「ほー、昨日は時間で今日は数を競うのかー」


「ええ、そうです。参加しますか?」


「参加です」


「いくいく、面白そう」


「わかりました。決して無理をしないでください。リタイアしてくださっても構いません。あなた方の命を優先してください」


「はい」


「おー」


「昨日、不幸な事故が起こったばかりです。参加者は昨日より減るでしょう」


「はい、不幸な事故でした」


「不幸すぎる」


 食事を終え、入宮準備をし迷宮前に集合する。今回の競技は探索者ごとに分かれて入るが、人数制限はない。昨日申請したパーティー人数での入宮だ。五人パーティーならば五人で入ることが出来る。もちろん人数が多い方が有利だ。それでも姉弟は自分達が勝つ事を信じて疑わない。国営迷宮裏ルートでの経験が役に立つだろう。



『本日は二十四時間退宮となっております。入り口パネルのご自分の番号をご確認ください。探索者の方々は入宮し、自分の番号の部屋で待機願います。全探索者が入りましたら一斉に魔物ポップを開始します。二十四時間で強制退宮となっており、途中リアタイアも可能です。それでは入宮してください』


 繰り返しアナウンスされ、探索者達は入宮して行く。姉弟も二人で拳を合わせ入宮した。


 部屋は洞窟タイプだった。薄暗い部屋の壁の周りにいくつかの篝火があるが、全体は把握できない。入室するとドアは消えパネルからの脱出しか出来なくなった。一角の壁から水が染み出ている。これは飲水可能だ。水の確保のためにその前に立ち、武器を構える。

 すぐに魔物ポップが始まった。二十四時間退宮開始だ。パネルにカウントダウンが始まる。



 外では中の様子をモニター出来るようになっていた。次々と魔物を狩っていく姉弟を子息は見つめていた。



「魔物は弱いけど、数と再ポップがやっかいだなーコレ」


「数を競うのならば殲滅重視ですね」


「おー、あ、これ外からモニターしてるってよ。声は届かないけど」


「わかりました。私は武器のみで行きます」


「あいよー、俺が殲滅攻撃すっから、よっと!」


 姉は双剣を振り抜き、次々と狩っていく。弟は殲滅スペルを詠み上げ、魔物を消滅させていく。弟の方が多くの魔物を狩れそうだが、なぜか姉は同数……いや少し多いくらいの数を狩れている。速度重視の攻撃だがそのペースで持つのかが問題だ。


 十時間経過。

 弟はたびたび水を口にしながら狩っているが、姉は歪んだ笑いを口元にはり付け、最初のペースを保っている。久し振りに全力で動ける喜びだ。回転迷宮での不満をぶつけている。


 ここは姉のための部屋だ。延々といつまでも終わらない魔物ポップに、多くの探索者は心折れるだろう。弟はすでに疲れを見せてきている。だが姉は嬉々として跳ね回り、飛び、回転しながら切り裂き、それは美しい舞を見ているようだ。


「つーかーれーたー。姉ちゃん、ちっと寝るから。一時間したら起こして」


「は、い!」


 姉が魔物を切り裂きながら返事をする。一時間、弟を守りながら、弟の請け負っていた魔物も引き受けながら舞う。弟は姉に全幅の信頼を置いている。何の不安も感じず即眠りについた。



 外のモニター付近。すでに何組かの探索者がリタイアしている。迷宮関係者、リタイアした探索者、全員の目は姉の舞に釘付けだ。



 二十時間経過。

 姉は、何度か水を口にしたが一度も休憩を取っていない。細井双剣はまだ健在だ。防具は魔物に攻撃さえさせないのでかすった形跡もない。

 歪んだ口元の笑い顔は一層醜くなり時折笑い声も聞こえてくる。


「姉ちゃんが魔王のようだ。やっぱ俺らで迷宮持てたらラスボスは姉ちゃんだな」


 それが聞こえたのか、弟へ風圧がきて髪を一房落とした。

 冗談冗談、こえーと言いつつ冷や汗を掻きながら魔物狩りに専念する。



 二十四時間経過。

 パネルのカウントダウンがゼロになる。それと同時に姉弟は退宮させられた。周りの状況が変わったのを確認し、二人は武器を降ろす。弟はその場に座り込み空を仰いでいる。姉は細井武器の損傷具合を見て納刀した。


『二十四時間退宮、終了です! お疲れ様でした。結果は……』


 アナウンスが終了を告げるが二人には聞こえない。二人の周りに迷宮関係者、探索者達が集まって称え、拍手をし、雄叫びを上げていた。


「つーかーれーたー! 誰か水くれー!」


 弟が叫びを上げると人々をかき分け、子息がペットボトルの水を手に持ってきて二人に渡す。


「お二人とも、お疲れ様でした。感動し、いつの間にか目に涙が溢れていましたよ」


「ぷはぁーっ! ああ、水うめー!」


「特にお嬢さんの舞は美しかった。もっと近くで、もっと長く見ていたかった」


 そう言いつつ、十字を切り指を組み姉を拝んでいる。マリア様でも目にしているかのようだ。


「結果はどうだったのでしょうか」


「はい、圧勝です。十八時間であなた方以外全員リタイアしました。第三競技も予定されていましたがもう続ける意味がありません。皆、あなた方に魅せられてしまいましたので」


 にっこりと笑い結果を教える。

 十八時間で姉弟以外全員リタイア。そして外のモニターを見ていた者達は魅了されてしまった。その美しさに、華麗さに、優雅さに。そしてそこに魔王を見た。魔王の虜になってしまった。


「お嬢魔王!」


 誰かが叫んだ。さらに他の者も続く。


「お嬢魔王!」

「魔王様!」

「好きだー!」


 歓声は止まることなく続けられるが、だんだんと姉の顔が険しくなってくる。

 眉をひそめ目が細まり、口元に醜い笑いが浮かんできた。


「はい、ストーップ! ストップ! それ以上やるとやばい! ハウス!」


 弟が必死に止め、少しずつ声が小さくなっていった。


「今日はお疲れでしょう。宿泊施設のスイートルームを用意させました。そこでゆっくり休んでください」


 子息が二人を連れ出し宿泊施設へと向かった。姉の顔は元に戻り、事なきを得た。



「今日の晩御飯、食べ放題だってよ。何でも注文していいって!」



「食べ……放題」



 まだ陽は高いが、晩御飯を語る姉弟に子息はにっこり微笑み、愛おしそうに見つめていた。

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