第12話 競技迷宮


 姉の体調は絶好調、気分も盛り上がっている。

 装備は損傷がほとんどないので引き続きテストを兼ねて前回と同じ、新素材のアンダーシャツにスパッツ。黒竜ガンマの胸当て、手甲、短パンだ。武器は細井双剣である。

 弟も防具は同じ、ダブルリッチのマント。肌寒くなってきたので二枚重ねのマントが暖かい。武器は銘をブラウン、太刀だ。



 ここは競技迷宮。

 いろいろなメーカー、企業が共同出資会社を設立し自社製品のテスト、実験などを行う為に開設した迷宮だ。珍しく利益を追求しない迷宮である。一般探索者は入宮出来ない。姉弟がここにいるのはスポンサーであるスポーツ用品メーカーがこの迷宮に出資している為だ。



 話は三日前にさかのぼる。


「やぁ、来て貰ってすまないね。ご機嫌はいかがかな?」


 話しかけてきたのはスポンサー会社社長子息。ロシア系美男子だ。メールで呼び出されてスポンサーの会社へ訪問した。交通費は自腹だ。


「こんにちは。ご機嫌ナナメです。用件をお願いします」


「アー、姉ちゃんは今日、細井武器のテストする予定だったから……」


 姉が武器スポンサーの技術者に細井武器を見せた所、技術者はいたく感激、感動、感謝の三感王。細井さんに会わせてくれとの懇願で引き合わせた。

 技術者によると細井さんはまさに職人。大きく異なる製造法に興味を持った。その場で会社に上申し、細井さんに技術指導と資金融資の提案をしたが、細井さんはこれは趣味なのでと断る。

 困った武器メーカーは姉弟に相談し、弟が「細井さん、姉ちゃんの為にちっとだけ教えてよ。今の武器あぶねーんだよ」と言うと、それならばと武器技術者に細井さんの鍛冶場へ弟子入りさせた。

 姉はすかさず武器スポンサーに、今後迷宮での武器使用条件を変えさせ、細井武器の使用を認めさせたのであった。そしてあらたに細井さんが打った刀を、今日テストする予定だったのだ。


「なるほど、それは……不機嫌マックスですね」


 子息も姉の細井武器好きを知っている。少し冷や汗が出ている。


「ご用件は?」


「競技迷宮に入宮して頂きたい。そこで一番を取って欲しい」


「競技迷宮……?」


「はい、我が社が出資している迷宮でしてね。いろいろなテストや実験の出来る迷宮なのです。出資している各社からスポンサード契約をしている探索者を集め、どの会社が一番かを決めます」


「会社同士の喧嘩かよ」


「まぁ、端的に言うとそうです。一番になるとその迷宮での実験施設使用優先権が得られます」


「おことわ……」


「百万円ボーナス。各自に」


「契約書をください」


「ここに」


 姉が契約書を読み込む。顔つきが険しくなってきた。弟が心配そうに見る。


「こ、これ……これは」


 姉が指摘した部分を子息が確認する。


「ん、はい。そうです。ドロップ無しです」


 弟があちゃーと言いながら顔を押さえた。しばらくまともなドロップ品をゲットしていないからこの条件は姉の心を痛めつける。


「これ、なんとかならねーの?」


「我が社だけで決めているわけではないのです。それにここは競技迷宮ですから、普段からドロップはありませんよ」


「そ、そうですか……」


 途端、姉がやる気ゼロになった。これでは一番など到底取れそうにない。


「では、我が社の迷宮、入宮料無料、マージン三十パーセントでどうでしょう。一回切りですが」


 先日難易度査定の為に入宮して二億近く稼いだスポンサー迷宮だ。姉の顔が輝いて眩しい。


「お願いします! 二人だからマージン十五パーセントですね?」


「三十パーセントです。それ以下は無理です」


 分かりましたと姉は素直に引き下がり、子息は契約書の訂正と追加条件の清書を秘書に頼む。一度は値切らないと気が済まない姉なので言ってみただけだった。



 そういう経緯で姉弟は競技迷宮に立っている。周りは多くの上級探索者が準備を始めている。姉はそんな探索者達を睨むのに忙しい。弟は体をほぐしマイペースな様子だ。

 子息も見学に来ている。手を振っているが軽く無視。


「おやー? 君達は……ああ、僕に恥知らずな事をしてくれたB級探索者」


 姉弟に話しかけてきたスーツ姿の男がいた。松葉杖をつき足先にギプスをしていた。国営迷宮で二人に勧誘をして、断ると暴力行為をさせたホテルオーナーの男だ。

 姉は舌打ちをし、無視する。


「君達、まだわかっていないのかな? 話を聞くように教えてあげただろう? それに君達のやった事は殺人だよ。一人亡くなったからね」


「なんだよ、またお前かよ。なんでここにいるんだよ」


 弟が睨みながら威嚇する。


「ここは僕が出資している迷宮だからね。いるのは当然さ。君達は殺人行為で失格ね。はい、帰って」


「はぁ? やってねーし、どの事言ってんだ?」


「裏ルートに形跡を残しただろう? 僕達は大変だったんだからね」


「勝手に着いてきて何言ってんの? 馬鹿じゃね?」


「オイ! オーナーに何て口の利き方だ。また体に教えてやろうか?」


 ホテルオーナーの後ろから弟を殴った探索者が前に出てきた。弟の装備を掴み殴りかかろうとしている。

 異変を感じた子息が駆け寄ってきて止める。


「どうしました? うちの者が何か?」


「んん? 君は誰だね?」


「この子達にスポンサード契約をしている社の者です」


「ああ、そのメーカーの。ちょっと教育をしてあげてたんだよ、それにねこいつらは殺人行為で失格だよ。君も一緒に帰りなさい」


「殺人行為と言いますと?」


 弟が探索者の手を振り切って子息に全て詳しく説明する。時折ホテルオーナーの茶々が入るが概ね理解したようだ。


「なるほど聞いた所、こちらに非はありませんね。悪質なのはそちらの方では?」


「明らかにそっちが悪いだろう? 日本語理解しているのかね?」


「なるほど、我が社に喧嘩を売っていらっしゃるようですね。受けましょう」


「一社員が判断出来るのかね? 馬鹿にするのもい加減にしたまえ」


「父がCEOをしております。私はCOOとして父を支えております」


 CEOが最高経営責任者で社長。COOが最高執行責任者で彼は副社長となる。


「う、嘘は大概にしたまえ。君のような者が執行責任者だと?」


「はい、ではやりましょうか。私はあなたの会社のこの競技迷宮からの撤退と、あなたの退任要求をします」


「そ、そんな事余所の会社が決める事ではないだろう」


「我が社のグループはあなたの所にも出資していますよ。発言権は充分にあるほどに」


 メーカー名ばかり頭に入っていて、そこのグループ企業は知らなかったようだ。ホテルオーナーは焦り始める。


「賭けでそんな事を決める者はいない! 馬鹿らしい、失礼する!」


 ホテルオーナーはお抱え探索者を引き連れ離れていった。


「申し訳ありませんでした」


「すみませんでした」


 姉弟が子息に頭を下げ素直に謝罪する。


「いいえ、いい切っ掛けをくださいました。あのホテルグループからは手を引く検討をしていた所だったのです。大丈夫です。しかし、あの男には負けないでくださいね。私も怒っています」


 珍しく子息の目に怒りが見える。自分を一社員と侮られたからではない。大事な友人を馬鹿にされたからだ。ロシアの人は日本人と同じく結束力、仲間意識が強い。敵には容赦しないが、その懐に入ると命を賭けてでも守るのだ。


 その件もあり、姉弟は一層この競技迷宮で勝つ事を密かに誓った。絶対に勝つ。それも圧勝だ。



『参加探索者の方はお集まりください。第一競技を始めます』


 案内の声が聞こえる。二人は子息に力強く頷きそちらへ向かった。


『第一競技はこの迷宮の踏破時間を測定します。全二十層。最下層のボスを倒した時点でのタイムです』


 この迷宮は下に降りていくタイプの全二十層。今日は最下層に管理パネルが解放されており、そのパネルを操作する事で迷宮入り口に戻れる。競技迷宮の名の通り、罠がメインの迷宮で各所に多くの罠が仕掛けてある。魔物再ポップは一分。手間取っているとその場から動けなくなるのだ。


『十分おきに入宮していただきます。入宮順はランダムです。迷宮入り口パネルにお名前が表示されましたら入宮してください』


 最初の名前が表示される。いつ自分の名前が表示されるかわからないので皆真剣にパネルを見ている。

 五組出発の後、ホテルオーナーお抱え探索者が入宮して行った。その後に表示されたのは姉弟だ。

 ホテルオーナーが二人を見ている。良からぬ事を企んでいるようで、じっと二人を見てにやけ笑いをしていた。


 弟が強化スペルを詠み二人は走り出した。

 上層階。何の問題も無く魔物を斬り捨てて進んで行く。タイムアタックは得意、というかいつも高額ドロップ品目当てに下層階まで一直線で進むのだ。他の上級探索者達もそうであろうが、二人とはスピードがまるで違う。姉が接近戦で斬っている間に、弟が遠距離攻撃でその先を殲滅、その繰り返しで進むため常に道は空いている。


 競技迷宮十層。残り半分だ。

 そこへ前方から二人へ向けて走ってくる者がいた。二人のお抱え探索者だ。武器を構え不測の事態に備える。しかしその者らは二人を確認するとニヤッと笑いながら横を通り過ぎていく。

 その者らを追いかけるように前方から大量の魔物が向かって来た。MPKだ。

 モンスタープレイヤーキラー、ルール違反ではないがマナー違反だ。大量の魔物を引き連れ、他者になすりつけ殺す。あるいは足止め。タイムアタック中の今では効果的な妨害策である。


「ハー? MPKとか、流行らねぇって。初級探索者じゃあるまいし」


 姉は壁を蹴って高い所にある天井に双剣を突き刺し張り付く。弟は迷彩服三型に切り替えて胸のボタンを押す。

 魔物は横を通り過ぎ、二人の様子を窺っていたお抱え探索者を追う。慌てて逃げだそうとするが遅い。魔物に飲み込まれていく。あれだけの数だ、倒しても倒しても再ポップし、倒すのが追い付かないだろう。策士、策に溺れる……策士に失礼かもしれない愚策だった。


 姉が天井から降り立ち、弟は姿を現す。弟の迷彩服三型は先日ドロップした、三秒だけ透明になれる防具だ。隠れミリタリーオタクな弟は買い取りにせずに手持ちにしておいた。


「こんな事もあろうかと! ……おー、言ってみたかったんだ」


「行きます」


 姉は弟の決め台詞を無視し先に進み始めた。弟は少し照れながら姉の後を追い始めた。


 そこからは何の妨害もなく一気に最下層まで進み、ラスボスの黒竜デルタを倒し入り口まで戻った。

 お抱え探索者は戻れなかったようだ。死亡が確認されたが、主催者は上級探索者が死亡するような迷宮ではない、と頭をひねっていた。ホテルオーナーは姉弟が殺したと抗議したが、管理者パッドにより魔物によるものと確認され抗議は棄却された。


『第一競技、結果発表です。一位……』


 姉弟は一位であった。子息は満面の笑みで二人を迎え入れそれぞれハグをしていた。

 姉は嫌そうな顔をしながらも、二人を守ってくれた子息に少しだけ侠気おとこぎを感じていた。



『第二競技は明日開催になります。第二競技は二十四時間退宮です』



「だじゃれかよ!」

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