第10話 国営迷宮二


 ここは国営迷宮。

 絶賛全力狩り中である。裏ルートに入って数日。姉弟は狩って狩って狩りまくった。何かの鬱憤を晴らすかのように。

 だんだん鞄の中が詰まっていく様子に姉は嬉しそうだ。姉のそんな顔を見ると弟も嬉しい。武器は細井さんのくれた物に交換した。武器スポンサーの物はまだ開発途上だ。細井武器にはかなわない。今度、細井武器を見せてみようと思う姉だった。



 百階層裏ボス。表ルートのボスはアンデッド系のリッチだ。その魔物でも相当強いが、裏はダブルリッチ。立直ではない。二体いるのだ。


 ボス部屋に入るとすぐにダブルリッチが詠唱を始めた。二人は目と目で合図し二手に分かれる。リッチは物理無効と聞く。弟は素早くスペルを詠み、自分の装備する太刀に雷を纏わせる。


「おおおおうりゃー!」


 大声を上げながら刀を振り下ろす。

 ダブルリッチAは華麗に避けた。ハズレ!


 ダブルリッチAの攻撃。雷だ!

 しかし弟の刀に吸収されてさらに強化された。ラッキー!


「つーぎーこ-そー!」


 再び弟が刀を凪ぐ。今度は水平斬りだ。

 ダブルリッチAは素早くジャンプ! ハズレ!


「くっそー! じっとしてろ!」


 弟の連続攻撃! 渾身の十字斬りだ。

 ダブルリッチAは避ける所がない。当たり! 一撃の下に斬り捨てられた。


 一方姉は超威力の物理無効無効物理攻撃で斬り捨てていた。


「……たまに姉ちゃんは本当に人間かなぁと思う事あるわ」


 ダブルリッチのドロップ品はダブルリッチのマントだった。二枚重ねで暖かい。

 弟は姉に了承を得て、来ていたリッチの黒マントを脱ぎダブルリッチのマントを羽織る。少し動きが華麗になった。



 百三十一階層裏ルート。

 裏ルートにはセーフティーゾーンはない為、二人交代で休憩を取りながら順調に進んできた。相変わらず魔物ポップは多いが難なく斬り捨てていく。ここは草原エリアだ。虎のような魔物を斬り捨てていると弟が遠くに人工物を発見した。


 近くに寄って見ると何かの実験施設のようだ。無機質の飾り気のないドアがあるが開かない。探索者証をかざしても開く気配はない。

 弟がドアをドンドンと思い切り叩くと、しばらくしてのぞき窓が開きそこに人の目が見えた。


「誰かね」


 その人はぶっきらぼうに問いかける。


「俺だ」


「探索者か、よくここまで来られたものだ。待ってなさい」


 ドアが開き現れた人は白衣を着ている。六十代くらいの白髪が交じった黒髪男性だ。


「お茶でも出そう。中へ入りなさい」


 二人は周りを見渡しながら中へ入っていく。白く明るい廊下を進みやがてコンピュータ機器やたくさんのモニターがある部屋へ案内された。

 その男性がお茶の用意をし、書類と共に出してくれた。


「それは秘密保持契約書だ。サインしなさい。ここの場所を知られては困るのだ」


 姉が書類に目を通し弟に向かって頷く。二人はサインをし男性に渡した。同時に探索者証の提示を求められ渡す。端末で確認し、ふむ、そうかと意味ありげに頷き返してくれた。


「うん、よしよし。さてこんな所にこんな場所があって驚いただろう。ここは経済産業省直轄の実験施設だ。なに、恐ろしい実験施設ではないよ。迷宮での魔物を出現させる為のエネルギーや、迷宮の維持エネルギーなどを研究している。それを外でも使えればエネルギー問題に光が見えると思わんかね」


 迷宮で魔物がポップする仕組みは未だ謎だ。そのエネルギーは膨大なはずだ。何もない所に生命体を生むのだ。さらにドロップ品まで放出する。その資源はどこから? どうやって?

 それを解明できれば地球の有限エネルギー問題に終止符を打つことが出来るかもしれない。地球に優しいと言われる太陽光エネルギーや風力発電も、結局はパネルを作り、風力を受ける為の装置を作らなければならない。それを作る過程で有限エネルギーを使用するのだ。

 迷宮エネルギーは無から魔物や各階層を作る。いやもしかしたら何らかの物質を消費しているのかもしれないが、それは解明されてみないと分からないのだ。

 迷宮はその分野でも理解できないくらい先を進んでいる。


「この迷宮が出来てすぐこの部署を立ち上げたがね、いまだわからん! もうこれは異世界パワーを呼び込んでいるんだ、と報告したが突っ返された」


 さすが代替わりした日本の超情報化世代であった。博士らしき人物が異世界パワーで解決、と報告書を出す。柔軟すぎる考えだ。しかも経済産業省の真面目な報告書である。総理も読んだはずだ。

 だが迷宮の技術は確かに異世界神からの提供。この世界には理解できない物があってもおかしくはない。それをどうやってこの世界で具現化しているか、をこの人は探し続けているのだ。


「君達はどう思うかね。何でも良い、なにかの糸口が欲しい」


「え……迷宮自体が異世界とか……」


「あれだ、迷宮開設すんのに金いるでしょ、それが対価っつーか、いやまずその金どこにいくの?」


「おお、なるほど! 各迷宮は小さな異世界か! あと金だな。迷宮管理者証、探索者証を通してるから実際の現物は動かんな……ふむ……」


 博士(便宜的にそう呼ぶ)は考え込み始めた。長くなりそうだ。


「うむ! これは迷宮技術を伝えた異世界神に会わんとわからん! よし、その神に会う方法も調べよう」


「神……」


「神様はいいけどさぁ、なんでこんなとこに作ってんの? もっと上の階層にした方が物を運んだりするの便利じゃね?」


「うむ、いい質問だよ。上層階は意外と多くの探索者が隅々まで探索していてね。この実験施設が発見される可能性がある。まだ秘密にしておきたくてね。下層階でも問題ないのだよ。管理者パッドを知ってるかね?」


「はい」


「おー知ってる知ってる」


「それで様々な物資を造る事が出来るのだよ。もちろん食料もね。まぁ、金はかかるけどね。その物資を造り出す事もここの研究課題だね」


「なるほどなぁ、じゃここに缶詰状態?」


「まぁそうだな。不便はない。ただここには五人しかいなくてね、他の人とのコミュニケーションを取りたい時もあるな」


「たまにお邪魔してもいいですか?」


「本来は政府の機密事項だが、秘密保持契約したし……また来てくれると嬉しい」


 糸口をくれたお礼だと博士は二人に黒い探索者証を渡した。通常の探索者証は白い。これは? と姉が聞くと博士が教えてくれる。


「この迷宮には隠しオプション設定があってね。その黒い探索者証を有効にすると魔物が寄ってこなくなる。またここに来なさい。それを入り口で見せれば抽選いらないから」


「抽選がいらない……え、いつでも入れる?」


「うん、そう。個人的使用でも構わんよ」


 姉の目がキラキラと輝き始めた。いつでも国営迷宮に入れる、稼ぎ放題! やったぞ、姉。

 弟はガッツポーズ。やったー! と大喜びだ。

 早速二人は黒い探索者証を研究施設の端末で自分専用にする。魔物避けは有効にはしない。まだまだドロップ品をゲットするのだ。


「ここの事は秘密だよ? 契約書サインしたよね、破ると大変だよ」


「はい! ありがとうございます」


「おーわかった。また来るわ」


 また来るのだよ、社交辞令ではないよ、と博士は念を押し二人を見送った。



「姉ちゃん! やったな! いつでも入れるってよ!」


「神様に聞けばお父さんお母さんの事もわかるでしょうか……」


「ああ……うん、そうかも! また来ようよ、姉ちゃん!」


「はい」


 姉弟は遺体も遺品も見つかっていない両親の事を異世界神に聞けばわかるかもと希望を持つ。探索者が迷宮内で死亡すると管理者パッドに死亡の表示が出るが、両親の生存状況はいまだ「生存」のままらしい。なんらかの不具合の可能性もあるが、生きていると信じて疑わない二人だった。


 取りあえず今出来ることは何も無……ある。借金返済だ。狩ってドロップ品を集めまくるのだ。

 それからの二人は少しだけ見えた希望に心が軽くなり、さらに洗練された動きを見せるようになった。百四十階層から表ルートを選び、セーフティーゾーンできちんと休憩を取ってから狩る。この頃から周りに探索者は見当たらない。貸し切りだ!

 百五十階層を超えた時には迷宮鞄(中)がいっぱいになり、鞄を覗く姉の笑顔も満開である。

 武器と防具を替えながら百八十階層まで辿り着き、ボス部屋に入る。

 馬のいななきと雷がこだまする。馬は銀のバーディング(馬鎧)を付け佇んでいる。馬に人型の魔物が騎乗していた。

 デュラハンEXだ。馬上槍を片手に持ち、槍の先に頭をかぶせているがそれでいいのか?


「あれで攻撃出来んのかな」


「行きます!」


 デュラハンEXは二人の突進してくる姿を見て、槍を振り上げ頭を飛ばした。なるほど、上からの視点で全体を俯瞰しようという作戦だ。しかし頭が回転して目が回っている。かっこいい事をしようとして失敗したようだ。

 二人の姿を視認出来ないデュラハンEXはあっけなく倒される。本当に下層階のボスなのだろうか。


 ドロップ品はバーディング一式。この時代、馬に乗ることはほぼないがどこかのお金持ちのコレクションとして収集されているかもしれない。いそいそと鞄に詰め込みつぎの階層へと向かった。


 百九十層のボスはインビジブルデーモンだった。姿が見えない悪魔。見えない敵に苦労するかと思われたが、姉の前方広範囲撫で切りで一撃だった。ドロップ品は迷彩服三型。いまや懐かしい陸上自衛隊装備だが、胸のボタンを押すと三秒だけ透明になる機能がついていた。取説もある。使いどころが難しい。



 そして最下層、二百階層ラスボス。黒竜ガンマ。


「なんか見た事あるわ、こいつ」


「以前見たのはアルファとベータです」


「ああ、そっか。余計なことしてくれた奴ね」


 二人がスポンサー迷宮でのボスを思い出す。思い出して……姉は怒りがよみがえってきた。


「よくぞここまで来た、人間よ。ちょ、ちょっと待てい! まだ話している最中だろうが!」


 姉が攻撃を仕掛けていたが黒竜ガンマは避けた。


「おー、姉ちゃんの攻撃を避けるとか前の奴らより強い?」


「よくぞここまで来た、人間よ。三百年振りだ。ククク」


「ここ出来てそんなに経ってないけど?」


「管理者が設定したマニュアルに書いてあるの! 黙っとれ!」


「そういうのいいです」


 姉がそう言うと攻撃を仕掛ける。武器は細井太刀だ。上段斬りで片翼を落とす。黒竜ガンマは後退し、ガンマ線を放つ。ガンマだけに。

 しかし冗談では済まされない。強すぎるガンマ線は危険だ。二人は見えないガンマ線を黒竜ガンマの後ろに回り込むことで避け、尾を切り飛ばす。黒竜ガンマはすかさず後ろ回し蹴り。意外と素早い。だが片翼のない状態での動きに精彩を欠きよろけてしまう。

 そこを姉が見逃すはずもなく、首を一刀のもとに切り落とした。


 ドロップ品は黒竜ガンマの皮。宇宙線もはじき返し被爆しない特性を持つが、姉弟が宇宙にいく事はない。今の装備である風竜の皮防具よりは防御が強そうなので、この皮を加工して貰おうと話し合った。


 姉弟は国営迷宮を踏破した。全探索者で十六番目だ。少し微妙。だが、ここまでにかかった時間では一番早い。その事も探索者証に記録される。


 手持ちの迷宮鞄(大)はまだ余裕がある。二人は入り口まで戻る途中で魔物を狩り、ドロップ品を集めながら迷宮を出た。


 買い取りカウンターで迷宮鞄(中)と(大)にドロップ品が満杯だと告げると、別の場所へ案内された。広い倉庫のような所だ。カウンターでは処理しきれないだろうからここへ出してください、との事だ。

 二人は鞄から次々とドロップ品を出す。職員は応援を呼び査定を開始していく。査定に三日ほどかかるかもしれないとの事で、自分達用の装備を別に避け一度自宅へ戻ることにした。


「姉ちゃん、十億くらいいくかもしんねーな?」


「じゅう……おく」


「マージン引いて四億五千万円! すげー! バイク買っていい?」


「借金返済に充てます」


「……うん、わかってた。そうだよなー、まずはそれだな。親父と母ちゃんの為にした事だしな」


「うん」



 それから三日。国営迷宮から連絡が入り二人は再び向かう。


「マージン引いて、総額三十億四千九百六十万八千円です」


「さ、さんじゅう……」


「うおおお! すげー! すげー!」


 二人のドロップ品は約七十億円と査定された。そこから五十五パーセントのマージンと税金を引いての金額である。このお金はすでに税が引いてあるので、確定申告時に払う事はない。つまり全額使えるのだ。


「おめでとうございます。これまでの最高査定金額でした」


「さんじゅう……おく」


 姉はまだ現実に戻ってきていない。弟は興奮して話を聞いていない。


「支払い処理を致しますので探索者証をお出しください」


 姉が手を震わせながら渡し、すぐに処理されて振り込まれた。

 じっと探索者証を見つめているが、人間の目で中身を読み取ることは出来ないぞ。


「それで……調査した所、国税庁より書面を預かっておりますのでお渡ししておきます」


 書面を受け取り、姉がその場で読み始める。


「にじゅう……きゅう」


「ここからは私がご説明しますね。私は国税庁調査査察部の者です。ご両親が行方不明になられていますね。迷宮法により迷宮失踪宣告が申請出来ますが、提出されておりません。その間の税金の滞納、また管理者パッドによりますと、生存となっておりドロップ品記録と照合しましてその税金をまだ納めておられません。もちろんお子様にご両親の支払い義務は発生しませんが、このまま迷宮失踪宣告をなされずにおかれますと滞納金が巨額になりますが、どうされますか」


「迷宮失踪宣告……?」


「はい、普通失踪ですと七年間。迷宮失踪ですと二年間行方がわからない場合、失踪宣告を出す事が出来ます。それは死亡したと見做され保険金の支払いが行われ、納税義務もストップします」


 ようするにこの人は迷宮失踪宣告をだした方が姉弟と両親の為であると言っている。


「両親は死んでいません! 生きています!」


「ですが、すでにもう三年以上経たれているとか……」


「いいえ! 生きています!」


「そうなりますと、もしご両親がお戻りになった場合、お手元の金額の税金プラス戻ってきた時までの滞納金が発生しますが……」


「私達が払います!」


 弟も、うんと力強く頷き肯定する。


「しかし、お子様に支払い義務はないのですよ?」


「それでも! 払います。支払い処理をしてください」


 姉はそう言って探索者証を渡す。職員はそうですか、本来は受け付けませんが本人が払われたという事で超法規的措置を取りますね、と処理をした。


 両親の残した滞納額は約二十九億円。それだけドロップ品が多かったと言う事。二人はその場を離れ家路につく。



「ね、姉ちゃん……」


「ねぇ? よかったですね」


「え?」


「お父さんとお母さんが戻ってきても、お金に苦慮する事はありません。うん、よかった」


「そっか、そうだな! 親父と母ちゃん喜ぶかな」


「びっくりしそうです。私達が二十九億円も払えたなんて……」


「だよな!」


「次の私達の税金もなんとかなりそうですし、少しゆっくり出来そうです」



 いろいろな人が家路に就く。雑踏の中を歩き、空を見上げると雲ひとつない夕焼けだった。



「今日もお弁当買って帰りましょうね」

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