第3章 第12話 輪廻の禍蛇

  たま が消失しエルフの英雄達が正気に戻る。

 そうなればべリアはアーリーンに注力してばかりもいられない。

 アーリーンもまた神界へ送り込まれた魂を追う事も出来ない。

 

 破滅への伝説に闖入者ちんにゅうしゃがあり収束しただけ。

 混乱は落ち着きアーリーンの圧倒的に有利な状況が戻ってきた。

 

 

「たま の 魂は奪わねばならないが繰り返されぬとも限らない。

 勇者の命を削りきるより先に、手を潰して剣を封印するか」



 勇者には加護の守りと神剣がある。

 硬く、折れず、全てを貫く。

 それだけだ。

 

 

 他にも便利なスキルがあるかもしれないが戦いを大幅に後押しをするようなスキルではないと判断する。

 命というものは脆いようでいてしぶとい。

 脳と心臓は頭蓋と肋骨で守られ、他が壊れても簡単には死なない。

 腕足は太く筋肉で守られている。

 

 

「その点、手足の指はいい。

 折るのも簡単だし関節を砕くのも易い。

 複雑な構造だからどうやっても致命的な損傷になる」

 

 

 端正なエルフの顔が、下卑げひおぞましい表情になる。

 英雄精霊アーリーンはともかく死神サンアトスは過去に高潔な魂を持つ神の使徒達と何度も戦っている。

 その際に顕現していた体はアーリーンのような強者とは限らない。

 そんな時は手指を砕き、あしゆびを潰すのだ。

 

 

「命ある限り不屈の根性で危地をしのぎ神剣に奇跡を頼る。

 その思いを踏みにじって地べたに這いずらせてやる」

 

 

 勿論、籠手こて具足ぐそくは手足の指も守る。

 だが関節の動きを邪魔しないよう完全ではない。

 急所でない以上、狙えば破壊するのはそう難しくはない。

 勇者が愚直に突っ込んでくる。

 

 

「彼が戻ってくる前に、ケリをつける!」

 

「そういう台詞は相手を震え上がらせるような攻撃で使うんだな」

 

 

 勇者の剣筋は素人のそれである。

 袈裟懸け大振りに突き。

 視線や構えの向きでのブラフやフェイントすら無い。

 動きを予測され、重心の乗った一撃がカスミの指を砕いた。

 

 

「ありゃあ、利き手狙いか」

 

「盗賊相手だとよく見ますが格上の動きじゃないですよね。

 普通なら勝機ですがカスミさんでは……」

 

 

 ロッタンもシェギも悪党の戦運びは嫌になるほど経験している。

 圧倒的な力の差がありながらの絡め手に不自然さを感じるがカスミはあっさりと食らっていた。

 アーリーンの狙い通りという事だろう。

 

 援護に入りたくてもアーリーン以外のエルフの攻撃がある。

 ロッタンの盾で守られ矢を掻い潜り呪文で攻撃がやっとだ。

 ベリアの遊撃でいずれ形勢は逆転するだろうがまだ余裕はない。

 

 

「ぐ……あ……がっ!」

 

「おや? どうした勇者?

 大事な剣を落としたぞ? 拾わないのか?」

 

 

 アーリーンは神剣を拾い上げ残忍に笑う。

 

 

「勝ったな。 神は失われ勇者は死んだも同然だ」

 

 

_/_/_/_/_/


『ユウシャがご主人様かすみちゃんだって?

 そんなわけないよ、あいつは猫好きじゃないみたいだし』

 

『彼女は2年前に記憶を失いこの世界に渡ってきました……。

 生気を失って。

 私は彼女のことわりを紐解き理解しました。

 彼女は運命の寄る辺を失った抜け殻だったのです』

 

『よるべ?』

 

『そうですね、この世界で言えば ’ガーディアンナイト’。

 守り導き魂を送り出す役目の潔き運命です。

 運命のことわりが輝き始めてから寄る辺を失ったのです』

 

『ご主人また難しくなってるにゃ。

 ようするに猫好きが猫に出会えたけどいなくなって悲しんだにゃ』


『なるほど』

 

[ プルプル ]


『その言い方だと微妙に意味合いが変わってくるのですが』

 

『伝わらないか半分くらい伝わるかの違いだにゃ』

 

 

 天使――妖精たちが治療を終えたようだ。

 歌も無くなったので傷口のあったところにタックルして遊んでる。

 凄いなあもう痛くもないや、ありがとうな。



『ときに たま よ、この子が能力を授けると言った時になぜ断ったのですか?』

 

『だってずるいじゃん。

 母さんは言ってた、猫の幸せは美味しいごはんとほんの少しのナワバリがあればいいって。

 過ぎた力は身を滅ぼすんだよ』

 

『真理だにゃ~、僕もお腹いっぱい食べてずっと寝てたいにゃあ。

 でも たま、お前の飼い主はナワバリの一部じゃないにゃ?

 死神のミソロジーはめつのでんせつ飼い主ユウシャを殺そうとしているにゃよ』

 

『それは……確かに嫌だ』

 

 

 ユウシャがご主人様かすみちゃんならば助けたい。

 例え覚えてくれていなくても、今は猫を好きでなくとも。

 

 

『良いでしょう、では現界へ戻す前に貴猫あなたへ新たなる力を授けましょう……[幻獣]の能力です。

 穢れを払うたてがみと、死神の魂を噛み砕く牙と、影の呪いを打ち砕く爪を持つ幻獣へ覚醒できるです』

 

 

 それは猫なのか? 小さなナワバリを守る為に必要なのか?

 しかたない、ねこかみ様のいう運命のうねりってやつなんだろう。

 

 

『もう一つ言っておかなければなりません。

 死神 ’サンアトス’ の持つ特殊能力、輪廻りんね禍蛇まがへびに気をつけなさい。

 幻獣の力を持ってしても防げずから強制的に生きたまま外す能力があります。』

 

 

 それだ! そいつがこの世界に来ることになった原因。

 この世界も弾き飛ばされたら僕はどうなってしまうんだ?

 

 

『気をつけるってそもそも気をつけようがあるの?』

 

『……わかりません。

 少なくとも禍蛇まがへびは一匹だけ、輪廻を弄くれるのは一つ。

 つまり輪廻の禍蛇まがへびが元の世界を離れ、この世界で使われるということです。

 もし、もう一度使われたなら、私が貴猫あなたを元の輪廻に戻す事ができます』

 

『元の……世界に?』

 

『ええ、ですが元の世界では時の輪廻も巻き戻ります。

 元の世界ではカスミは死んでいなかったのでしょう?

 カスミが命を失わなければ記憶を失うこともありません』

 

 

 ご主人様かすみちゃんをたすけられるのか、それはいいな。

 でもそうしたらベリアたちとはお別れなのか。

 アグムルのエリーやタンビたち、サリョウ族のリマ。

 それと……ん?

 

 

『あれ? もしそうなったらはどうなるの?』

 

『? 勇者は桐切香澄です。 言ったでしょう。

 死す事も記憶を無くすことにもなりません』

 

『この世界で生きてきたユウシャを殺す事にならない?』

 

『なりませんよ。

 運命の寄る辺を失った悲しい魂を救えるのです』

 

 

 救うと言えば聞こえはいいけれど。

 この世界にご主人様かすみちゃんの魂が存在しなかったことになるんだろう?

 

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