第1章 第5話 勇者との邂逅

 

  陽が登り、商人達が店の準備に動き出す時間。

 冒険者ギルドでも依頼掲示板が更新される。

 早朝から依頼を探しにくる冒険者は少ないが、今日に限っては冒険者らしかぬ集団が集まっていた。

 

 イリグランデ王国正規兵である。

 

 

「鉄級が4名、銅級が5名か……破格の報酬にしては少ないな」

 

「仕方ないよ、出稼ぎに出ていない連中はハイオークとかめったに討伐しないからね」

 

 

 正規兵の集団は15名、装備はほぼ統一されており鉄の胸甲きょうこう四肢ししは鉄防具。

 左手に上半身をカバーできる盾、ブロードソードといった出で立ちだ。

 

 しばらくしてハイオーク依頼を受けてやって来た冒険者がギルド員に誘導され、正規兵に紹介されていく。

 

 

「チーム名『ブラックウルフ』、剣3と弓1魔1の5名だな、皆胴級か」

 

「こっちはソロか?剣士1、鉄級だな」

 

「いえ、剣士ではなく勇者です。

 逼迫ひっぱくした依頼かと思ったら、それなりの戦力を用意してたんですね。

 これならボクはいらなかったかもしれないな」


「勇者だと? 確かに各国で勇者召喚を行ってはいると聞いたが……。

 強さは様々だというしな、まあ無理せず頑張ってくれ」

 

 

 成人はしているのだろうが、勇者と名乗った少女はまだ幼さが感じられ冒険者というには頼りなさが感じられる。

 その割には鉄の胸甲きょうこうには歴戦の傷が刻み込まれていた。

 中古防具なのだろう。

 それとは対象的に剣だけは傷一つなかった。

 

 

「あ、もう来てる! おまたせ~『アックスヘッド』でーす!

 おおお~! 正規兵の皆さんではないですか。

 大所帯ですねえ」

 

「遅いぞ、『アックスヘッド』。

 斧使い1、剣1、魔1というところか」


「私は魔法使いというより猟魔兵りょうまへいです、偵察や罠感知・解除などシーフの仕事もお任せ下さい」

 

「屋外掃討戦なのだが……まあいい、それよりその猫はなんだ。

 ピクニックじゃないんだぞ」

 

「ああ、飼い猫というわけではありません。

 戦闘になれば勝手に逃げるかと思いますよ」

 

「そうか、まあいい。

 揃ったようなので仕事の説明をしよう。

 場所はアグムル砦より東、開拓村である。

 オークの集団に襲われ連絡が取れなくなった。

 偵察によるとハイオークが確認されており殲滅せんめつが目的となる。

 諸君らには兵站へいたん馬車の護衛、我らの陣を抜けるオークの掃討をお願いしたい」

 

 

 冒険者達に動揺が走る。

 こういう依頼の場合、大抵貴族や騎士の――

 

 

[報酬が欲しければ少しでも敵戦力を削れ、突撃せよ]

 

 

 という肉壁調達が常識だったからだ。

 

 戦死する可能性は極めて高い…が危険な仕事特有の高額依頼ゆえ生き残れればしばらくは他の仕事をしなくて済む。

 冒険者は元々危険な物、だからといって避けては日々のかても得られなくなる。


 シェギと密談をしていたベリアが勢いよく手を挙げる。

 

 

「はいは~い! 質問!

 正規兵の皆さんは銅級もいるようですが装備は整っているので、兵站へいたんの護衛に回ってもらって鉄級のメンバーは前線に出てもいいですか」

 

 

 ベリアが激しく動いたため、たま はギルド酒場の空いている椅子に飛び降りた。

 人間が騒がしく居心地が悪いため、外を通った野良猫を見つけ外に出ていく。

 

 

「それは勿論構わんが、アックスヘッドは…失礼だが防御に難があるのでは?」

 

「リーダーはこんな成りしてますがあんたらの殆どより守りは固いんだなぁこれが」

 

「そうですね、私は防御に難がありますが弓で後方から支援しますので」

 

「そういう事ならボクも前線で戦わせて下さい。

 攻守共に魔法が使えるので前線で暴れる方が性に合っています」

 

「お嬢ちゃん? ここは意気いきがると地獄を見るよ?

 せめて後方支援から様子見た方がいいんじゃない?」

 

「お姉さんこそ鎧下よろいした鎖帷子くさりかたびらぐらい着たらいかがですか? 色気より中身が出てしまいますよ」

 

「ぐぬぬ」「フフン」


「お嬢ちゃんお名前は? あたしはアックスヘッドのベリア」

 

「カスミです。勇者カスミ」

 


_/_/_/_/_/

 

 あいさつって大事だいじだよね。

 エリーと争う事になった経験から近所の猫達に会ったら挨拶をしておく事にした。

 ギルド前を歩いていたひとを追いかける。 


 

『おはよう、僕は最近この街に来た たま って言うんだ』

 

「! フシャーー!」

 

 

 おどろかしてしまったのか、思いっきり警戒される。

 遠くからでは気付かなかったが、まだ仔猫で体のあちこちに傷があった。


 考えてみれば朝のこの時間帯は広場も市が建っておらず人間ヒトも忙しい。

 ゴミ漁りをするにも人間ヒトにお強請ねだりをするにも適しておらず暖の取れる場所で睡眠にふけるのが一番なのに、何で歩き回っているんだろう?

 

 距離をおいて再び会話を試みる。

 

 

『こわがらなくていいよ、その傷どうしたの?

 この時間だとご飯も貰えないし休んでいる方がいいんじゃない?』

 

『……わた、し。 しっぽ、ない、きらわれ、もの。

 この、時間でしか、食べ物、探せない。』

 

 

 言われてみればしっぽが短い。

 道中で見かけた他の猫は皆長いしっぽをしていた。

 毛づやも悪く痩せ細ってもいるようだ。

 

 母さんが死んだあと兄弟達に追いやられた自分を思い出す。

 寂しくて、ひもじくて、つらかった……。

 怒りにも似た興奮が体に湧き上がる。

 

 

『ちょっと待ってて、すぐに食べられるもの獲ってくるよ』

 

『え? ど、うして?』

 

 

 湧き上がる興奮が体を突き動かす。

 街道を門まで駆け出す。

 門衛もんえいおどかし、街からそれほど遠くなかった白蛇草の生育域まで飛ぶように疾走る。

 

 

< シッシッ シ >

 

 

 音のする位置を素早く特定し、気付かれる前に減速せず急所へ噛み付く。

 

 

[ かつん! ]

 

 

 白蛇の体が消え失せ空振ったあごが音を立てる。

 消えて逃げられるのは経験済み、耳をピクピクと動かし僅かな空気の流れを読む。

 反転すると同時に全身のバネをいっぱいまで縮め、不意を突こうと背後に現れた白蛇へ向けて爆発させる。

 

 こいつがピンチを逃げるのは一度きり、たま 覚えてる。

 消失移動直後の追撃で難なく首の急所に噛み付く。

 今度は遠慮なく牙を打ち込み、急所を突き破る。

 やはり断末魔の抵抗無し、簡単に勝ててしまった。

 エリーのけんの動かし方を無意識に真似たけど体がよく動く。


――― 

 

[ ずる ずる ]

 

 

 最初に戦った奴よりだいぶ大きい。

 来る時は興奮状態であっという間だったけど落ち着いてから運ぶのは大変だ。

 引きっていると意外と街が遠い。

 

 戻りも最初は門衛もんえい人間ヒトが警戒したが、威嚇いかくするとあっさり通してくれた。

 ギルド前のところへ引きっていくと、所在無げにオロオロと待っていてくれた。

 うろこを爪で剥ぎ、目の前で食べ方を教える。

 

 

『おい、しい』

 

『だろ? お返しに名前を教えてよ。

 友達になろうよ』

 

『名前? ……タンビ』

 

 

 仲良くなった印に、ボサボサに固まった毛を舌で毛づくろいしてあげる。

 後ろ足をいてあげてる時に気付いてしまった……タンビ雌猫めすねこだ!

 完全に食い物で若い雌猫めすねこを口説くナンパ雄猫やろうじゃないか……。

 これ、エリーに殺されないかな?

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