異次元の魔術師、その本領
最初はどうでも良いって思ってた。
記憶の事なんて、自分の事なんてどうでも良いって。
俺の命なんか、誰に使われようが良かった。まあ、それが他人の為に使えるのなら、それこそ出来すぎなほど最高の結果だ。
『ふっざけんじゃないわよ!』
でも、今は心が迷っている。振り子のように一つの場所に定まらない。
ルディア達をおとりの様に使い、自分は生き残ろうとして逃げている。
『なに諦めてんのよ! それっぽい事ばっか言って、自分を騙して、ホントはただ楽になりたいだけでしょ!』
正しいかと思った選択をせずに、そこから一番遠い事をしている。
走って、走って、走って。
「うわぁ!?」
そして転んだ。木の根っこに足が取られたんだろう。
でも、この体は止まる事は許さなかった。
「……なんで、なんで俺は走ってんだよ……」
枝に服が破れようとも、土で汚れようとも。理由も分からずに。
彼女の言葉も、自身の心すらも理解できない。
ああ、彼女の言葉が何回も頭の中を反響し、こだまする。
分かって……分かってる……! 俺がやろうとしてたことは……!
『—い———ぶ。——て—か—』
いっ……! 痛ぇ……頭が……何かを……思い出せ……
何か……ノイズが……その声は……
『取り残された人がどれだけ悲しい思いをするか、アンタ全然分かってない!』
っ、お前に言われなくても……そんなの……そんなの……!
俺には痛いほど……! あの時、どれだけ辛い思いをしたのか……!
だから、他人を巻き込みたくなくて……!
だから、わざと諦めて……!
だから、
「俺が一番……!」
ルディアの言葉、それに俺はハッとし、立ち止まってしまった。
——その言葉は俺に言っているのか? 俺がいなくなって、お前は悲しんでしまうのか? 泣いてしまうのか?
俺は
『そこまでしてもらうほど立派に生きていない』
っ……。
また、か。
けど俺は、俺は!
「見つけましたよ」
心の葛藤、その決着がつかぬ内に声を掛けられる。いや、追いつかれた、選択の時が来てしまったというべきか。
俺が顔を上げると、そこには
「……メティス」
「先ほどぶりですね、リルーフ・ルフェン」
英雄と呼ばれたその人が、冷気に帯びたわけでもなく、かと言って優しさで満ち溢れているわけでもない、複雑な顔で俺の前に立ち塞がっていた。
彼女が何をするか、なんていうのは分からないが、それでもたった一つだけ確かな事がある。
——ここで何もしなければ、終わる。
それを望んだのは俺自身だ。けど……
=====
「我はこの世界に変革をもたらし、万物を統べる」
メティスとリル、彼女らの二度目の邂逅から十分ほど前。
「其処にはいっさいの非法則はあらず」
数的不利を打破したルディアとソフィら。しかしその直後、二人を絶対的な力が襲っていた。
「外界からの手はなく、ただ、我の手により全てが御されん」
世界一の魔術師、その彼女が紡ぐ詠唱。それは生半可ではない事が起こるのは確実だ。
「我は創造せし者、我は操りし物、我は秩序なりし物」
何かが変わっていく。何かが作り出されていく。彼女自身を称しているかのようなその言葉は、世界に変革をもたらす。
「ここに我が世界を創ろう」
そして、詠唱が終わったと同時に、その変革は終わる。これ以上は不可能なのか、それともこれ以上は不必要であるのか。
「な、なんだよこれ……」
あまりの変化に見習い戦士、ソフィは唖然とする。手に持つ大剣すらも、その切っ先は下を向いてしまい、戦闘態勢をとるわけでもなく、圧倒されていた。
対して、ルディアは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、この状況を作り出した魔術師、メティスを睨み続ける。その頬に恐怖から生まれた冷や汗を垂らしながらも。
彼女らに一体何が起こったのか。答えは何も変わっていない。変わったのは彼女らではなく、
「まさか、世界そのものすらも変えてしまうなんて、やっぱりアンタは底知れないわね」
周りの世界が変わったのだ。
敵味方を含めた四人を包んだ世界、それは禍々しい黒紫の雲が立ち込んでいた。どこを見ても家はなく、森はなく、元の穏やかな世界はない。
ただただ暗く、光はない。しかも、さきほどまで彼女らを支え、確固たるものとして存在していた地面すらもなく、代わりに浮遊感を彼女らは与えられていた。
落ちることも許されず、平常とは違う感覚に、動きが制限されてしまう。
「当然です。手札というのは多量に用意しておき、そして隠しておく物。貴女に見せなかったのは……本来、別の意味でしたが、結果としてそうなってしまったわね」
「……ふん、それは余計な心配よ」
メティスの言う別の意味、それがソフィの脳に一瞬引っ掛かったが、それもよりもこの状況をどうするかに、すぐ意識が切り替わる。
今をなんとかしなければ、先がなくなるかもしれないからだ。
「ルディア! 敵さんと話をしている場合じゃねぇ! こっからどうするか考えろ!
……っていうか、これ動けないんじゃないか!?」
ソフィはその場から動こうと、なんとか歩いてみたり、泳いでみたり、手足をバタバタさせてみるが、彼女の体が移動する事はなかった。
「それはそうよ。これは文字通り
おそらくはこの世界の中にいると、何もかもの主導権が彼女の手の中となってしまう。私たちの体でさえも、例外ではないわ」
「なんだよそれ! 超卑怯じゃんか!」
この世界、その性質を一瞬で見ぬかれたことに、メティスは少し驚く、
しかし動揺はせず、またすぐに表情を戻す。
「……よく見破ったものね、私の『コズモス』を。保護者として、その成長を嬉しく思います。
けど、今は敵同士。その洞察力は警戒しておくことにしましょう。それとも、お得意の直感かしら?」
「母さんの代わりを名乗るなら、もう少し信頼して欲しいわね。それとも、アンタのやろうとしてる事はそんなに知られたくない事なの?」
「——反論はしません」
またもや当事者にしか分からない会話。その意味を知るには材料が足りなさすぎるし、会話はそれ以上を続くとは思えず、今はまだ謎のままだ。
そして、ルディアの脳はすでに戦闘予測をしていた。彼女はこの世界を看破したものの、対策までには至っていない。その証拠に彼女の体も動く事はなく、ただ浮いているだけとなっている。
メティスの能力に対抗するには、同じ能力を持つか、それともこの世界に感情できるほどの能力を持つか。
いや、どちらも無理だ。彼女は首を振り、不可能だと判断してしまう。
「くっ……こんな時、母さんなら……!」
「はあ!」
それでもまだ諦めきれずに方法を探すルディアであったが、その前に銀狼人のカリューオンが手刀の一線を繰り出す。
「はや……」
メティスのそばにいたはずのカリューオン。しかし、一瞬にて目前まで詰め寄る。それはメティスの魔法を使ったからとは思えない。
ルディアの目には、地面らしきものを蹴って、目前まで詰め寄ったかのように見えた。しかも、この世界ができる前よりも格段に速い。それはまるであの時のリルのように。
「っ……!」
ほとんど反射で、刀身の小さい短剣を使い、攻撃の軌道を読み、なんとか彼女は攻撃を凌ぐ。反応が遅れていれば首が吹き飛んでいたかもしれない一撃ではあるが、問題はそこではない。
カリューオンの姿、それがいつの間にか消えてしまった事だ。
「一瞬でどこに行きやがった!
つーか、なんでアイツは動けるんだよ! しかも、あんな速く!」
「さっきも言ったでしょ。ここはメティスの世界。全てはアイツの思い通りになる。強くなれと言えば強くなるし、死ねと言えば死んでしまう。そういう理不尽な空間よ……!」
「聞けば聞くほど卑怯だな、ソレ!」
全くだ、と同意せざるを得ないほど、ルディアもソフィの言葉に共感していた。自身の描いた通りの事が起こるなんて、なんの手立てもあるまい。
「……ソフィ後ろ!」
「え……」
突然の警告、それに一歩遅れて反応したソフィは後ろを振り向くと、そこにはカリューオンがまた襲ってきていた。
「アクアバレット!」
ルディアは迎撃をしようと、詠唱無しの即興魔法を放とうとするが、
「なっ……! まさか、魔法も……!?」
それが形成される事はなかった。
だから、敵の攻撃をどうにかするにはソフィしかいない。胴体への一撃、それを食らってしまえはまだ致命傷になりかねないだろう。
「うおっ!」
しかし、彼女は体の中心は動かせないなりにも、なんとか体を捻り、致命傷を免れる。
「ぐっ……!」
がしかし、脇腹に傷を負ってしまう。戦闘には大きく支障には出ないだろうが、打開策もないのに、体力を減らされるのは正直辛いだろう。
「無駄です。この世界において、魔法を行使できる者は私しかいません。『
「ご丁寧な説明どうも!」
皮肉を言ってみるものの、ここでは挑発にも何にもならず、ただ虚しい負け惜しみにしかならなかった。
しかも、カリューオンの旋風のごとき攻撃は二度に収まらない。
「また……!」
三度、四度、五度と次々に、そして前後左右、上下にわたり、立体的な各種方向から、攻撃が幾度となく行われる。
しかも、間髪というのはほぼない。防いだ、躱した、その直後にはすでに次の攻撃が来る。そのスピードには限界がないのか、まだまだ加速していく。
その猛攻に、ルディア達はジリジリと……ではない。
「きゃっ……!」
何が起こったのか、その一つ手前の攻撃までは完全に防いでいた。そのはずなのに、次には体が追い付かず、ルディアはカリューオンの一閃を胴体へともろに受けてしまう。
「止まりなさい、カリュ!」
その状況に至った事を確認したと同時にメティスは命令をかける。その声色は何かを焦ったかのようで、迅速に止めたかったかのように早口であった。
使い魔のカリューオンはそれに瞬時に従い、ゆっくりと主人の元へと浮遊する。
「ルディア!」
「だい……じょう……ぶ……」
「そんなわけあるか!」
それは誰の目にとっても明らかであった。攻撃を受けた所、腹からは大量の血が止めどなく溢れてきている。このままでは出血死してしまうだろう。
「早く応急処置を! 死んだら承知しねえからな!」
「アンタ……意外と……やさしい……とこ……ある……っ! ケホッケホッ!」
「しゃべるな! んな事、今はいいだろ!」
怒りを交えながらも、傷の手当てをしようとソフィは駆け寄るが、冷静を欠いていたせいか、この空間では動けないことを失念しており、走り出そうとしても、足が空を掻き切るだけとなった。
「だああああもう! そういえば動けないんだったな!」
この怒りをどこに向ければいいのか、分からないソフィは、それでも体を動かさなかれば気を紛らわせないのだろう。なんとかルディアに近づこうと大剣を振ったり、彼女の服に引っ掛けようとしたり、泳ごうとしてみたりと、あれこれを試してみるものの、やはりどれも無理だった。
「これが私の世界。貴女達がどう足掻いた所で、反撃は不可能。いいえ、その気になれば一瞬で殺す事もできます」
無慈悲を体現したかのようなメティスの目は、まるで圧倒的なまでの強者が小動物を見下すかのよう。それには驕りなど一切なく、だからこそルディア達にとっては絶望でしかないだろう。
今のままでも相当に状況が絶望的なはずなのに、敵の強さの底は見えず、未だに得策はない。
「クッ……わかってた……けど……力の差は……歴然……ゲホッ!」
それは戦っている本人達が一番よく理解していた。
攻める事はできず、回避もできず、守りに徹しようと崩されてしまう。遠距離の攻撃手段があればまだマシであっただろうが、魔法は使えず、武器を投げたとしても一回きり。弓矢か、もしくは投げても帰ってくる武器でもあれば……
「……いや、何にしても、アイツに操られて終わり、か。そもそも魔法なんて使いたくないしな」
色々と考えてみたものの、全て考え損だという結論に至ってしまう。
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