雪帝、エンプト・スノーガ
彼らが進んだ先には今までの階層のような広間があった。比較すると多少なりとも威厳さが感じられる氷の装飾などが施されている。
「さ、寒っ!」
しかも先ほどまでの部屋は、まだ人間が活動できる範囲の温度であったが、ここは外と変わらないほどの冷気が充満している。
そして、この部屋の中央で二人がすでに戦闘を繰り広げていた。
「氷塊よ、我が手足となり敵に降り注げ。
「クッ……どれだけ疲れ知らずなのよ!」
それは槍を携えた人型の男魔物と、それに押され気味なルディアの姿であった。
魔物の容姿は人型と言ったが、今までの魔物と同じく青白い肌を持ち、しかも頭から二本の角が生えている。体は長身、さらに筋肉隆々で、リルと比べれば二回りほど大きい。髪は白髪で全てかきあげており、服は軍服に少しアレンジを加えたか物のようだ。
そして、今までの魔物とは一線を画すような力。
その魔物は何十もの氷塊を操り、ルディアに攻撃をしている。しかも、ただ飛ばすだけではない。まるで自分の手足のように一つ一つを操り、正面はもちろんのこと、左や右そして真上からも攻撃させている。
彼女はそれらを直剣で全て弾いているが、一向に反撃できる気配はない。
「これは初めてだ、人の子よ。私と三十分も戦って未だに立っているとは」
「奇遇ね、私もよ! アイツ以外に苦戦させられたのはね!
というか、アンタ魔物の範疇を超えてるわ! どっかの魔族なんじゃないの!」
敵は冷静に喋り無表情にも見える余裕を持ち、ルディアの方はかすり傷以外は受けていないものの、疲労が溜まっている。
「嘘……だろ……」
魔術、それを戦闘で使われていることにリルは驚愕した。彼女が三十分間も戦い続けているのにもそうだが、氷という物が宙に浮き、敵の指先一つで自由に動かされている事が、正に彼の常識を超えていた。
「そ、ソフィ! こんなのどうすれば……! あれ?」
あまりに予想外の光景から、リルはソフィに助けを求めたが、すでに彼女の姿はそこになく、
「うおりゃァァァ!」
魔物へと接近し、攻撃を仕掛けていた。
大振りで重く叩きつけるような斬撃。本来であれば分かりやすく、さらには戦っている彼女らに比べればスピードが遅く、対処できるような攻撃である。しかし、それは後ろからの奇襲。敵は存在すらも認識できていないはずで、避けるなんて無理だろう。しかし、
「っ……!」
魔物はソフィを視認する。ただ、それだけならばまだ良いだろう。彼女は声を上げながら大剣を振り下ろしたのだ。直前であろうと、気づかないわけがない。
しかし問題はその後、彼女の奇襲が即座に生み出された氷の壁によって阻まれてしまった。
「反応早すぎだろ!」
悪態をつきながらも彼女は、氷塊による反撃を避けるため後ろに下がる。
ソフィの言った通り、敵の反応はあまりにも早すぎる。魔術の発動がどれだけのスピードかはさておき、攻撃を見てから壁を作るまでが、普通の人が反射で防ぐよりも圧倒的に速すぎる。
これでは真正面から当たるかどうか。
「ふむ、外が少し騒がしいと思っていたが、二人目の侵入者か」
「侵入者じゃねぇ! 私はソフィ! お前をぶっ倒しに来た!」
初撃を余裕で防がれてしまったにも関わらず、彼女は高らかに威張る。その自信はどこから来るのかと訊きたい。
「名を名乗るぐらいの礼儀は備えているか。ならば、そこの彼女には二度目になるが、私の名も教えよう。
エンプト・スノーガ、それが私に与えられた称号だ」
その名乗りを誰も止めることはなかった。
第一印象で感じられた冷徹、しかし戦いの中でも忘れぬことのない礼儀、そして何よりも全てをひれ伏させれるその威厳。
まさに長の風格を、彼は持ち合わせていた。
「そこの」
その一挙一動に見惚れたかのように釘付けにされ、同時に自身へと矛先は向かないようにと願っていたリル。だが、それは一蹴されるようにエンプトと名乗る魔物と、目が合ってしまう。
「は、はい……? 俺……なのか?」
「ああ、そうだ。
そこの戦っていた彼女からもは名を聞いた。だから、お前の名も聞いておこう」
「俺は……」
——下手すれば殺される……!
彼は戦慄していた。
殺気などという、第六感が鋭くなければ感じ取れないものを脳が理解していたわけではない。けれど、エンプトの力はリルを一瞬にして死に至らしめるという事だけは、理解していた。
そして、彼の顔はあまりにも無表情すぎる。だから、何が彼の超えてはならない一線か、彼の求める答えは何かというのが全く分からない。
言葉は慎重に。それが今の現状に必要であることは確かだ。だが、
「ふっ……!」
ソフィによる背後からの二度目の奇襲によって、話は打ち切られる。しかしまたもや氷の壁に防がれてしまい、先ほどの再現のようになってしまう。
「ちっ……声は抑えたつもりなんだがな!」
彼女なりに気配を最小限に抑えていたつもりではあるが、こういう技術を要する事は苦手なようで、エンプトには気づかれていた。
「礼儀をわきまえているとは言え、やはり、少々元気な子みたいだな」
「はあ!? お前、それケナしてんのか? それとも褒めてんのか!?」
戦闘中に意表な言葉を突かれ、動転してしまうソフィであるが、当の本人であるエンプトはキョトンとした顔で、何かしましたかと言わんばかりに首をかしげる。
「何を言っている? 私はただ純粋な評価をしたまでだ」
「嘘つけ! どこが純粋な……」
「そこ!」
反論をしようとする彼女だが、その言葉の途中で三度目の奇襲が成される。
しかも、今度はルディアが短剣で刺しに来ていた。その動きは大雑把なソフィとは違い、無駄がない洗練されたモノ。真っ直ぐ、そして最速で的確に急所を狙いにいく刺突だ。さらには直前まで気配を悟らせず、音を全く出さずに接近していた。
並みの相手どころか、鍛え抜かれた強者でさえ反応できるかどうか。まるで熟練の暗殺者かのよう。
「っ……! これも防ぐか!」
それでも攻撃は届かず、氷壁に刺さるだけとなる。
「気配を消しても無駄だ。貴様自体の動きは読み取れなくとも、私は周りにある冷気の動きで把握できる」
「説明どうも!」
しかし、彼女の攻撃をはまだ終わりではなかった。
壁に突き刺さった短剣を貫通させるように柄を殴り押し込む。その結果、刃先が反対側にほんの少し出ただけだが、彼女にしてみれば充分である。
「何を……?」
「極限まで圧縮されし水は岩をも貫く——」
魔法を使うための前準備、彼女の詠唱は今から起こる現象を予言する。
そして、
「
貫通した短剣を介して水流のレーザーが放たれる。
「むっ!」
それは、真の意味で裏を突いた攻撃だった。短剣という近接でしか攻撃できない武器という先入観を逆手に取り、魔法という射程を伸ばした攻撃を行う。杖という魔法に向いた武器ではないので威力は数段落ちるものの、それでも致命傷になるかもしれないほどの威力だ。
だから、エンプトはもちろん避ける。頰スレスレに掠らせながらも。
しかし、ここで彼に隙ができる。しかも反射で体を傾けた事から、体制が崩れてしまった。
「貰った!」
その隙を見逃さないように、ソフィが攻撃を仕掛ける。
大剣での斬撃、というよりかは大剣の腹での打撃だ。
「うぐっ!」
それをエンプトはモロに受けてしまう。だが、ここで問題があった。
「ちょっと、私が……!」
その直線上に、氷壁を挟んだ形ではあるがルディアがいた。しかし、そんなものは御構い無しと、エンプトを大剣ごしに抱えたまま走り、
「だァァァりゃぁぁぁ!」
氷壁へと叩きつける。
「ごはっ……!」
その衝撃でエンプトは青い血を吐き、そしてこの戦闘において初めてのダメージを負うことになった。それはソフィの手柄ではあるが、
「っ……!」
エンプトが叩きつけられたと同時に氷壁は砕け散り、ルディアへと襲いかかる。
一つ一つは小さく、大きなダメージではないが、広範囲であるがゆえに避けようがなく、複数であるから総合すると厄介になる。それを彼女はなんとか頭だけは腕で守り、体の方は傷だらけになってしまう。
「もういっちょ!」
それらをわかった上で、ソフィは蹴りによる追撃を加える。
エンプトはそれをまたもやマトモにくらってしまい、吹っ飛んでいく。しかも、ソフィを巻き込みながら。
「うぐっ……!」
エンプトとソフィ、互いに敵同士の存在が一緒に転がっていく。
それが十数メートル続いたぐらいで、二人は体制を立て直す。
「いつっ……ソフィ! アンタ何してくれてんのよ!」
彼女としてはソフィは助けに来たのだと思っていた。リルを連れてきた理由は分からないが、それでも
「もちろん敵に攻撃してんだ」
ルディアの怒りに、ソフィはただ当然の事をしたまでだという風に答える。
「その余波がたまたまお前に当たってるだけだ。
言っとくけどな、ルディア。私はお前に手を貸したりはしない。お前は倒すべき相手だ。死なれちゃ困るが、ここで死んだらそれまでの奴って事で切り捨てる!」
それが彼女の本心だ。
若干のツンデレが見え隠れしないでもないが、要は攻撃が当たっても知らないと言うことだろう。そしてこの戦いは実質的な三つ巴だという事が共通認識となる。
「つーわけで、戦闘再開だ!」
その言葉とともに、彼女は一歩を踏み出そうとする。しかし、
「む……な、なんだ?」
彼女の大剣は氷によって地面と接着されていた。それだけではない。いつのまにか足も凍らされて身動きが取れない状態となる。
「くそ、いつの間に……!」
「
氷はどんどんと広がり、手足はほとんど使い物にならず、わずかに胴体と顔が動かせるだけで、それ以外の彼女の体を凍らせる。
「んにゃろう! セコイ手を使いやがって!」
「奇襲した者が言うセリフか?」
「それは良いんだよ!」
何が良いのかさっぱりだ。彼女の基準では奇襲はオーケーラインに入っているようだが、エンプトはそれを無視し、標的を変える。
「くっ……!」
彼の視線は横で膝をついているルディアに集まる。
「疲れで動けなくなったか」
もう彼女の体は立ち上がることすら出来ないくらい、疲労が溜まっていた。もちろん、さっきのソフィから食らった傷もあるだろう。しかし、最大の原因は目の前にいる男との激闘の末に作られた疲れだ。
「はぁはぁ……一応、聞いておく。何する……つもり?」
「安心しろ。命までは取らん。少しの間大人しくしてもらうだけだ」
どうやら、殺しはしないらしい。それでも彼女は安心はしない。彼らの目的が何であるか、理解できないからだ。
「ど、どうすれば?」
そのかたわらで遠目に二人が話しているところを見る者、リルは焦り、迷っていた。
彼女らの話は聞こえていないため、リルはこのままではルディアが殺されると思っている。
ならば、今から助けに行くか? いや、彼にはそんな力はない。リル自身もそれはよく分かっている。この部屋の前では奇跡的な回避を見せたが、ただの一度でしかなく、次も上手くいくとは限らない。
「だからと言って見殺しにするのか?
そんな事をすれば、俺はまた……また……!」
もう、彼に考える余裕はなくなって来ている。時間を無駄にすればするほど、殺されるまでの猶予がなくなるし、そもそも不安という感情のせいで、冷静な思考ができなくなっていく。
「どうする、どうする……? どうしたら、俺は……!」
そして次の瞬間、彼の頭を真っ白にする事が起こる。
「ではな、守り人よ」
エンプトが今まで使っていなかった背中の槍を手に持ち、彼女に向ける。エンプトは気絶させるために当てる場所を考えてはいたが、リルからすればそうは見えない。そう、言うなれば
——確実に殺される……!
ーーーーー
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