記憶は失いました
頭をぶつけ、気絶をしてしまった少年は再び目を覚ます。
「ここ、どこだ?」
起き上がって周りを見渡すと、どうやらここは木造建築の家の一部屋のようだ。彼から見るとそこは少々田舎臭いという印象を受ける。物はあまり置かれておらず、あまり飾りっ気がしない部屋だ。
それらは記憶にない。だが、どこか見覚えがあるような気がした。
「……とりあえず、誰かと会って話すか」
ベッドに寝ていた事を確認した彼は、どうしてこんな所にいるのか。その疑問を解消させるだめ、行動を起こそうと思った瞬間だった。
「へぇ、意外に起きるのが早かったわね」
隣に置かれてある椅子に一人の少女が座っていた事に、彼は気がつく。その彼女は少年が気絶する前に出会った少女と同じで、見た目は一端に言ってしまえば綺麗と表されるだろう。凛とした立ち振る舞いにどこか幼さを残しながら顔であり、彼よりも年下か。
黒みがかった青の髪を肩まで伸ばしており、それがさらに彼女の魅力を引き立てる。
しかし、彼の目を引いたのは、彼女がつけている花の髪飾りだ。
「で、目が覚めたばかりで悪いんだけど……」
そう言うと少女は近くの机をバンッと力強く叩き、少年を威圧する。
「あんなところで何してた訳? どうして裸だったのかしら?」
その覇気に似た何かに、少年は肌は凍りつき、心臓を鷲掴みされたような感覚に陥る。幼い顔つきながらも、人を萎縮させるような迫力に、一種の恐怖すら覚える。
「し、知らない。気がついたらここにいた」
「嘘は言わないで。貴方がさっき、似たような言葉でごまかそうとしてた事、覚えてるのよ」
ずい、と彼女は顔を近づけ、さらにその表情を険しくさせる。それに比例し、覇気も一気に強くなる。
もしかしたら殺されるかもしれないと思わせるほどまで。
「ほ、本当なんだよ! 寝る前の記憶がないんだ!」
「だから、そんなの信じられるわけ……いえ、ちょっと待って」
彼女は何に気がついたのか、少年に向けていた威圧を解き、考え込む。
「そういえば倒れて頭を打ってたわね。その時に記憶がなくなった? なら、彼の言う事も信じられるかしら……さっきも似たような事言ってたしまさか……」
「あ……あのー?」
「貴方、名前は?」
「へ?」
「名前よ、な・ま・え」
そう言われて少年は、名前を思い出そうとする。しかし、その結果彼は何も思い出す事はなかった。
「……分からない」
「どこにいたのかも?」
「分からない。さっきも言ったけど、さっき寝る前からの記憶はない」
「……嘘を言ってる様子はない、か。いいわ、その言葉信じる。多分、さっきの時も嘘はいってないのよね」
「あ、ありがとう」
「礼を言われることなんかしてないわ。まあ、強いて言うなら外で裸にならないことね」
「裸……?」
「……嘘、やっぱさっきのは忘れて。思い出すのもいやだから」
彼女は頭を振り、悩ましい顔をする。どうやら、さっきの出来事は軽くトラウマになっているようだ。
「なあ……ええっと、お前名前は?」
「私? そういえばまだ名前言ってなかったわね。
私の名はルディア、性はルフェンよ」
「ルディア……か。じゃあルディア、ここはどこなんだ?」
「ここはカントリ村……といっても記憶がないなら忘れてるか」
少年は彼女、ルディアと名乗った少女が口にした村の名前を、脳で探しだそうとする。しかし似たような単語はあっても村の名前としては、記憶にない。
「ああ、知らないな」
「でしょうね。まあ、一応言っておくわ。ここはニュールド領にあるカントリ村、そしてこの家は私のよ」
説明はしてくれるものの、彼からしてみればやっぱり記憶にない名前ばかりだ。
何も思い出せないことに少し彼は肩を落とす。
「……少し待ってなさい」
そんな彼の心情を知ってか知らずか、彼女は何かしらの案を実行しようと、部屋から出ていく。
そして、十分後。
「悪いわね。最近使ってなかったから、探すのに時間がかかったの」
謝りながらも部屋に入り、少女が渡した物は直径二十センチほどの楕円形の鏡だった。
「鏡……?」
「自分の顔でも見れば何か思い出すと思ってね。できる限りのことはしてみないと」
そうは言うものの、鏡は所々くすんでおり自身の顔は見えにくい。とてもではないが、身だしなみに気を使う女性が持つ物ではない。
「……まあ、俺が気にすることでもないか」
色々と思うところはあるが、彼はそんな事を気にせず鏡を覗き込む、
そこに映っていたのは、もちろん少年の顔だ。なんともまあ、締まりのない顔というか、寝ぼけたかのような顔というか。やる気のない半目に、肩まで伸びた黒の髪。どう見てもだらけている者の顔だ。
だが、それ以外にも気になる点が一つ。
——前髪、少し違和感が……
顔の中央に、鼻先まで伸びた一束の前髪。記憶のないはずの彼が、唯一自身の顔に疑問を持った部分だ。
しかも、唯一それはうっとおしいと思っていた。
「どう、何か思い出した?」
「……いいや。ただこの前髪だけは、どうにも違和感がある」
一際伸びた前髪を摘みながら、彼の意識はそこへと集中する。
「ふぅん、変わってるわね。……人の事言えないけど」
ルディアは微笑みそうになったが、何に気づいたのかその可愛らしい顔は、すぐに物憂げそうな表情に変わってしまう。しかし、最後の方の言葉は少年には聞こえなかったので、嫌味を言われただけだと思い拗ねてしまう。
「悪かったな、変わってて」
「悪いだなんて、そんな事ないわよ。変わってるからこそできる事もある」
何か意味深な言葉を苦笑いに似た表情で言うが、少年は『そうか?』と、興味なさそうに返す。それには、彼女の信念が隠されていたのだが。
しかし、彼女の『さて』という言葉から皮切りに、話は本題へと戻る。
「貴方、これからどうしてするの?」
「どうって、急に言われてもなあ。別に記憶を取り戻す、なんて面倒くさいし、そっちは何かのきっかけがあったらぐらいに考えてる。
ただ、衣食住に関しては否が応でも何とかしていかなくちゃならない。まあ、その当たりは自分でなんとか……」
「だったらここに住めば良いじゃない」
それは死角からの渡りに船だ。そう言わんばかりに、少年は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
少年としてはこれ以上の迷惑をかけられないと考え、野宿するしかないと視野がかなり狭まっており、まさか住む場所を貸してくれるとは思ってもみなかった。
「それ……本当に良いのか?」
「私は構わないと思ってる。まあ、ほかに当てがなかったらだけどね。
でも、条件が一つ。ここにいる間は私の畑仕事を手伝うこと」
「それだけか?」
「それだけよ。けど貴方、見たところあんまり筋肉なさそうだし、最初は筋肉痛になるから覚悟しといた方がいいわ」
「あんまり脅すなよ。そんな畑仕事ぐらいで、筋肉痛になるわけがないだろ」
この口調からも分かる通り、少年は畑仕事というものを舐めきっていた。しかし、田植えから収穫までの仕事は、かなりの重労働だ。少年のだらけた体では、畑仕事を行った夜には悲鳴を上げているかもしれない。
「はいはい、そう思って——」
そう思っておきなさい、ルディアがそう言い切ろうとした直前だった。
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