その2 探偵はキノコに舌鼓を打つ

 ここは殺人事件にはおあつらえ向きとも言える、山奥のペンションだ。

 私、六原ろくはら無類むるいのキノコ好きであり、この山にしか生えないとうわさのナナウマダケの料理を求めてこのペンションへやってきたのだった。


 ペンションのある八宝田山はっぽうださんふもとまでは、一日に九本出ているバスに乗ってやってきた。

 そこからは、もちろん徒歩である。


 楽な道のりではないが、稀少きしょうなキノコのためならば山登りなどでもない。

 しかもペンションに着けば、自動的に夕食にはナナウマダケが並ぶのである。

 自分でキノコを採集する必要がない。最高だ。


 前に山でキノコを探していた時は、山の斜面に埋められていた白骨死体を掘り出してしまい大変なことになった。

 その点、今回は安心だ。私は地面を掘らずともキノコにありつけるのだから。

 余計なモノを掘り当ててしまう心配はない。


 しばらく山道を歩いていると、初めの休憩所きゅうけいじょで二宮に出会った。

 彼女は麦わら帽子に登山用リュック、ブラウスにショートパンツといった可愛らしい出で立ちで、ピンクの水筒から水分補給しながら大きな岩に座って休んでいた。

 私が会釈えしゃくするとにこりと笑顔を返してくれて、普段ウラ若き女性と接していない私は年甲斐としがいもなくドキドキしてしまったのだった。


 年甲斐もなくと言っても、まだ三十代半ばであるということをここに宣言しておく。おっさん扱いされると地味に傷付く、繊細せんさいな年頃である。おっさんだけど。


 次の休憩所には、山登りには適さない格好をしたイケイケの女性がいた。

 四之山である。

 身体のラインがよく分かるワンピースに、それなりにヒールのある靴。

 何故こんなところに?と思わないでもなかったが、キノコ好きには色々な人がいる。キノコ好きはお互いを認め合うべきなのだ。

 私は彼女にも一礼し、どんどんと山道を登っていった。


 ペンションが見えてくると、その前でタバコを吸う男性も目に入る。五味である。

 五味は既にチェックアウトを済ませたのか、Tシャツにチノパン姿でタバコを吸っていた。

 私を見ると、短くなったタバコの火を消して携帯灰皿に突っ込みつつペンション内は全面禁煙なのだということを教えてくれた。

 私は吸わないので大丈夫ですと応えると、うやうやしくペンションの扉を開けて中へとエスコートしてくれた。

 五味は男の私から見てもイケメンの部類であったから、もし私の恋愛対象が男性であったならばキュンとしていたかもしれない。


 ペンションの玄関には下駄箱げたばこがあり、スリッパが並んでいる。スリッパには可愛らしいフォントで数字がきざまれており、自分専用のスリッパに出来るようだった。もちろん、6と書かれたスリッパをく。

 五味は5のスリッパを履き、私に手を振るとラウンジの奥に見える階段を上っていった。


 私は受付カウンターでにこにこと私を待つ管理人、三田に名前を告げてチェックインをした。

 今日は私を含め五人の宿泊客がいるとの説明を受ける。

 一人、まだ会っていない人がいるなと思っていると、どうにも不安になるリズムで階段を下りてくる足音が聞こえた。


 すでに酒に酔って赤ら顔の一木がラウンジに現れ、覚束無おぼつかない足取りでラウンジのソファに寝転んだ。

 部屋で寝ていると食事に気付かないかもしれないからここで休ませてくれと言うと、三田が何か返事をする前に眠りに落ちてしまった。

 ラウンジには他にも一人掛けのソファがいくつかと、角テーブルがあり、所々にキノコの置物が置いてあった。最高だ。


 そこに二宮と四之山が一緒にペンションへと入ってきた。

 2と4のスリッパを履き、ラウンジへと進むと視線は自然とソファでイビキをかく一木の方へ向く。

 二宮は眉間にシワを寄せ、四之山は「何このおっさんヤダ〜!」である。

 そのセリフ、言われなくてよかった……。


 私は彼女らと共に一通り説明を受けると、部屋のかぎを受け取り自室へ向かった。こじんまりとしたペンションに相応しい、可愛らしい部屋だった。

 シングルベッドにクローゼット(その中にはハンガーが二つと寝間着が一式)、それに鏡台きょうだい

 シャワールームとトイレは一体型で、タオルが二枚置かれていた。

 シャンプーとリンスがキノコ印の限定品で、私はこのペンションがさらに大好きになった。


 夕食の時間までシャワーを浴びたり読書をして過ごした。

 特筆するようなことは特になかったと思う。


 夕食にはお目当てのキノコ料理が並び、舌鼓したつづみを打った。

 キノコ料理についての所見をべても良いのだが、それをすると恐らくこの回想は明日の夜明けまで続くだろうから止めておく。

 真のキノコ好きは、他者にそれを押し付けないのである。えへん。


 一木は夕食の時もビールをしこたま飲んでいた。酔っ払いゆえのなれなれしさか、二宮たちの方に向かってしゃくをしろと叫び、四之山ににらまれていたっけ。

 しかし一木はやけに二宮へとしつこく絡んでいた。

 二宮は顔色を悪くしながらも、四之山の助けもあってなんとか逃げられたようだった。


 一木は二宮の名前を呼んでいたようだったが、受付でチェックインした際に三田が名前を呼んだのを聞いていたのだろうか?


 食事が終わり、一木が自室に戻ると言って食堂を出たのは確か七時過ぎだったか。


 それから二宮と四之山も自室へ戻った。

 五味はタバコを吸いにペンションの外へと向かう。


 私はといえばラウンジに居座り、相当のキノコ好きとお見受けした三田とキノコ談義に花を咲かせていた。

 私の見立ては正しく、三田は最高の同志だった。


 そこへ四之山が部屋に虫が出ると三田へ言いに来て、三田は殺虫剤を取りに受付カウンターの方へと向かった。


 五味が玄関から室内へ戻ってくるのとほとんど同じくらいのタイミングで、寒いのかブラウスの上にカーディガンを羽織った二宮が、何か温かな飲み物をと食堂にやってきたところで一木の悲鳴が……って、全員にアリバイがあるじゃないか。


 どういうことだ。

 

「まさか、外部犯……?」

「え?」

「だって、全員にアリバイが……」

「確かに。マスター、ペンションから出るには窓から出るか、ラウンジを通らなければいけませんよね?」

「ええ……そうです」


 それから私たちは全員で全部の部屋の施錠せじょうを確認しに行った。

 全ての扉の鍵は、閉まっていた。


「犯人は、どこに消えたんだ……?」

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