骨のずいまで

@araki

第1話

「俺、この町が好きなんだ」

 照れくさそうにはにかむ守。町を見渡せる展望台、そこで風を受ける彼は何とも心地よさそうだった。

「なのに、出ていくの?」

 守の横には大きなスーツケース。前からこっそりと準備していたらしい。私にも隠れてというのがちょっと気に入らない。

「だからこそだよ。今離れないと一生留まりそうだから」

「それでいいじゃん。別に問題ないと思うけど」

 どちらかと言えば、私は楽をしたい方だ。安住の地を捨てて新天地を目指す、なんて考えにはこれっぽっちも共感できない。

「でも、君も町から離れるんだろ?」

「当然。ここで捕れるモノも特にないし」

 食料調達の効率はすでに基準値を下回っている。いずれまた湧いてくるだろうが、それも当分先のことだろう。

「元の根無し草の生活に戻るよ。正直、長く居付きすぎた」

「居心地良かった?」

「まあね」

 食うモノに困らず、雨風をしのげる屋根がある毎日。夢のような生活だった。

「商店街の人は寂しがるんじゃないかな。君、ここの守り神になってたから」

 グッズ展開もされてたんだし、と守は私を象ったキーホルダーをちらつかせる。うざったいことこの上ない。

「私は食いつなぐために狩りをしてただけ。感謝される謂われはないよ」

「それでも、君の行いはこの街のためになっていた。それは変わらない」

「知ったことじゃないね。それにみんな忘れるんだし」

 私が離れた後、私に関わる記憶は全てこの街から消え去る。昔からそういう取り決めになっている。後腐れなんて残りようがない。

 すると、守がくすりと笑った。

「それはどうかな」

「どういう意……あ」

 気づいた私は思わず顔をしかめる。

 一人だけいた。今日からこの街の住人でなくなる人間が。

「ひとつ提案」

「なにかな」

「一番手は私に譲――」

「いやだ」

 いつになく強い拒否。正直、びっくりした。

 何も言えず固まる私をよそに、守はしゃがみ込んだ。それから私と目線を合わせると、彼ははっきりと言った。

「君と一緒に出ていく。もう決めたんだ」

「付いてくるつもり?」

「いいや。ただ、偶然行先が同じになることはあるかもな」

 確信犯の犯行予告。加えてその意志は堅そうだった。

 私はため息をつく。

「余計な荷物は背負いたくないんだけど」

「厄介になる気はないよ。俺は勝手に動く。いつもの君のようにね」

「面倒だなぁ……」

 私は辟易した顔を見せる。そんな私を守は涼しげな表情で眺めている。憎たらしいほどにマイペース。彼はいつだってこうだ。

「まぁ、いいや」

「意外とすんなり受け入れたね」

「単に諦めただけ。どうなっても知らないから」

「望むところさ」

「阿呆だね」

「そうかな」

「そうだよ。ここで別れた方が損しなくてすむってのに」

 多分、守と私は生きる時間が違う。どうせ最後は後味が悪いことになるのだ。だったら、面倒は今のうちに済ませた方が楽。そうに決まっている。

 だというのに、

「かもしれない。だけど」

 守はまた笑う。そして、言ってのけるのだ。

「楽しめる余地があるなら余さず。その方がお得だ」

「……やっぱり阿呆だ」

 とりあえず、道中キャットフードを奢らせよう。私は心に決めた。

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