第3話 月と星と太陽と

 美月は、病院を訪ねては、黄月のリハビリを手伝った。

「神尾さん、いつも忙しいのに付き合っていただいてすみません。」

「いいのよ。戸根宮君が早く元気にならないと、みんなも気が入らないのよ。私が好きでやっているんだから気にしないで。」

「ありがとうございます。でも、こうして神尾さんが居てくれると、僕、何だかこのまま病院通い続けたくなっちゃいますよ。」

黄月が、頭をポリポリと掻いて、照れながら、美月にお礼を言った。


 そんな美月の献身の甲斐あってか、黄月の部活復帰も順調に進んだ。そして、美月と黄月の仲も深まっていった。みんなは、美月と黄月の仲を噂するようになった。暁月にもそんな二人の噂話が聞こえてきた。

「菊名、月組は解散したのか?お前振られちゃったのかい?」

「僕は、月組と呼ばれるのが好きじゃなかったんだ。僕は、星になるのさ。」

「星か・・・、スターじゃないか。そうだな、お前はスタープレイヤーだからな。」

しかし、ラグビー部の中に少なからず不協和音が流れた。黄月もレギュラーメンバーに復帰したが、昔のような実力は出せないでいた。


 そんな状況が続いて、試合でもあまりよい成績が出なかった。それを見兼ねてキャプテンの石田が美月に意見した。

「私生活をどうこう言うつもりはないが、お前はマネージャーなんだから、部活では平等にみんなの世話をしなくちゃダメじゃないか。」

「私は、戸根宮さんが一日でも早くメンバー復帰できるように尽くしてきたつもりです。それがみんなに悪影響を及ぼしたというならすみません。でも、彼と特別な関係というわけじゃないんです。」

「そうか、みんなが少し誤解していたのかも知れないな。お前のお蔭で戸根宮も無事復帰したわけだし、これからはみんなと公平に接してくれないか。ラグビーはチームプレーが大事だ。ONE TEAMで行こうや。」

「わかりました。これから気を付けます。」


 そんなことがあってから、美月は黄月と普通の先輩後輩の仲を保つよう心掛けた。お互いが嫌いになったわけではなかったが、少なくとも学校生活では平然を装った。美月はあるとき思った。

「二つの月はおかしいのね。地球には一つの月が似合うのよ。私は、みんなを照らす太陽じゃないといけないんだわ。ラグビー部もいっしょね。」

そう思うと、美月は何だか心が強くなったような気がした。これまで疎かだったみんなのデータ収集と分析を強化した。そして、必要なときにみんなに見せられるようにした。試合前には、相手チームの選手データも必ずまとめ上げた。そのデータを使って、みんなが作戦を練るようになった。試合の成績も自ずと向上し、県大会で準優勝を収めることができ、チームも俄然活気づいてきた。そして、キャプテンや顧問も、美月に一目置くようになった。


 ある時、暁月が、美月にさりげなく言った。

「神尾さんのお蔭だよ。僕たちは華やかな道を歩き始めたんだね。みんなやればできるって感じているんじゃないかな。」

「いいえ、私は、自分にできることをやったまでよ。みんな、自分の置かれた立場で何がやれるか考えたら、自ずと道は開けると思うの。キャプテンが言ってたわ。ONE TEAMだって。」

「僕は、もっと足腰を鍛えて、得点王を目指すよ。以前に『月』が嫌いだって言ったよね。でもね、月だって星の一つさ。僕は太陽の光を沢山浴びて輝く星を目指すよ。」

「いいじゃない。それなら、私だって、みんなが輝けるように太陽を目指すわ。」


 ラグビー部は、美月の輝きと共に、みんなの気持ちが一つになり、好成績を上げて行った。美月の提示するデータを基に、各自が基礎体力の向上に努めることはもちろん、みんなで研究しては、新しい攻撃や防御のパターンを練習法に取り入れ、多彩な戦術を生み出していった。そして、好成績を上げては世間での評判が高まり、優秀な人材も集まるようになり、好循環が生まれていたのである。


 しかし、いつまでも好いことばかりは続かないのが世の常である。美月が三年生になってしばらくすると、自ら生み出す美月の輝きも徐々に色褪せて行った。新しいマネージャーとレギュラー選手への世代交代によるチームプレーの綻びと、他校からの研究の対象となって戦術を見抜かれては相手のトライを許してしまうという場面が増え、徐々に成績が落ちて行った。それに、三年生は大学受験なども控え、部活に打ち込む時間も少なくなっていたのだ。


 美月は、ある時、後輩のマネージャーのひかるに声を掛けた。

「ラグビー部には、太陽が必要なのよ。あなたが太陽にならなくちゃ。かつては、私が太陽を目指したわ。それで、少なからずラグビー部は一つになり、好成績を収めることができたのよ。でも、今は見ての通り。」

「ちょっと待ってください。私はまだラグビーのルールも詳しくないのに、ラグビー部の太陽なんて無理ですよ。」

「大丈夫。あなたにはみんなを明るく笑顔にする魅力が備わっているわ。それがまず大事なのよ。ルールやデータの取り方などは、これから私がじっくり引き継いであげるから、心配しないで。」

「ありがとうございます。そう言っていただけると、私、少し頑張れるような気がしてきました。」


 美月は、できるだけ時間を割いては、自分のノウハウをひかるに伝えた。ひかるは徐々にではあるが、みんなの心を掴んで行った。美月は、それが嬉しくもあり、一方では去りゆく寂しさをも感じた。


 ラグビー部は、その年の秋、県大会で優勝し、全国大会の舞台『花園』へ、2回戦で敗退したものの、高校始まって以来の快挙を成し遂げた。


 しかし、美月には実はラグビーとは別に目指しているものがあった。大学で日本の古典文学を勉強して作家になりたいと思っていたのだ。しばらく受験勉強に没頭する日々が続いたが、その甲斐あって、何とか志望校に合格することができたのである。


 そして、いよいよ高校を去る日がやって来た。なごり雪の舞う校庭で、美月はラグビー部のみんなに別れを告げた。そこには、美月への思慕の念に揺れ動く心情に戸惑いながらも、自信に満ちた、黄月や暁月の笑顔があった。ひかるも涙しながら、美月にお礼を言って見送った。

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