【序章】第十二話:決意

【ダンジョン】

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 1人の探索者が奴隷ダンジョンを走っていた



「はっ…はぁっ……はっ……ぐっ…………もっもう少しだ、彼処あそこまでたどり着けばっ」



 何かに追われ、逃げるように必死に走り続ける男は

振り返る余裕もなさそうで、広いダンジョンの何処から走ってきたのか、顔を青ざめさせ、それは恐怖によるのか、取り込む酸素が足りないせいか判断つかない



 ようやくダンジョンの出口を確認して速度を落としていき



 暗いダンジョンの向こうにある出口に人影が映り、一瞬男は立ち止まる



(……確か…見張り番は…ロビーだったか?……)



 男は荒い呼吸のまま覚束ない足取りでダンジョンを出ると、入り口を見張っていた兵隊風の男が心配そうに話しかけてきた、ダンジョンは奴隷が勝手に攻略しないように探索者が必ず同行する決まりになっている、奴隷が探索者無しで入るのを防ぐ為の見張りだ





「大丈夫か?リキッド…お前、奴隷はどうしたんだ?」



「ふぅぅ…はぁぁ……疲れた……ようロビー、ヘマこいたよ奴隷は全滅だ、途中まで問題なかったんだが、レアボスが13階層に出やがって…ついてなかったぜ」



 リキッドと呼ばれた見た目20代前半で、紫色の髪色で、紫色の瞳を持つ青年は無事に洞窟を出た事に安堵し、見張りのロビーという兵隊に管を巻くように話す



「それはついてなかったな…滅多に出ないんだけどな?レアな体験したもんだ」


「まだアレに勝てる程の実力は無いんでな……勿体なかったが、奴隷は全員足止めに使ったよ」


「命さえあれば何度でもやり直せるさ、奴隷は山ほど居るんだからな」





「………あぁ…その通りだな…」





「所で…王国までは1人で帰るのか?」


「…誰に言ってる?ここは人間の領地だぞ?帰るぐらい問題なんか有るかっ」



 見くびられた事に腹を立てたリキッドは少しムキになって言い返す



「わっ悪かったよ!そんなに怒るなよ……俺たちも今日の夕方には交代が来るから、王国に戻るんだ、馬車で帰るから、良かったら一緒にどうかな?って思ってな」



 ロビーはリキッドが中級の探索者の中でも、そこそこ有名な探索者だという事を知っている、だから機嫌を損ねないように気を使っていただけだったが、少し神経質になっていたリキッドは過剰に反応した



「そういう事なら……夕方までゆっくり休ませて貰うか」


「おお、馬車なら1日で着くからな…良かったらレアボスの話を聞かせてくれよ」


「……悪いな疲れてるんだ、また王国で飲んだ時の肴に取っといてくれ」



 リキッドは思い出したく無い事を暗に示して、ダンジョンの入り口に近い草原に身体を寝かせた



「そっか、邪魔して悪かった…ゆっくり休んでくれ」




 背中を向けて寝るリキッドは手を振りながら、寝たふりをするが、そんな余裕なんて無かった






【レーベル王国】

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 冒険者ギルド


 ロビー達と一緒に王国に戻ったリキッドは、門で引き継ぎをするというロビー達と分かれて

 街の中に入っていく



 街には一般的な王国民と貴族の従者や、亜人達もいて、喧騒に包まれていた

 街路の裏道に目を移すと楽しそうに子供達がはしゃいでいる



 この国が隆盛を極めていて、豊かな証拠だ

 幸せそうに微笑む住人達とは対照的に連れ添うように歩く奴隷達はみな一様に顔が暗く死んだ魚のように目が暗い



「………」

 リキッドは住人にも奴隷にも目を合わせず、街を進みギルドに向かっていく



 街の中心へと続く大通りを進んでいくと東西南北に大通りが交差する場所がある


 その交差する中心にあるヨーロッパのデカイ教会のような作りの建物が、レーベル王国で探索者・冒険者を一括で管理するギルドだった


 馬鹿でかい入り口に門はなく通路を進んで行くと中に門がある、

 そこを開けるとようやくギルドの内部へと入れる


 ギルドの内部に入って直ぐの階段を上って扉を開くと日本で言うフードコートの様になっていて

 ダンジョンから戻った探索者達が、酒や料理を楽しんでいた



「ようリキッド!調子はどうだ!」

 1人の髭面のドワーフが声を掛けてくる


「あぁ?景気は良くねーよ」

 話しかけるなと、睨みつけながら通り過ぎていくと


「なんだ?機嫌わりーな?」

 両手を上げて??とジェスチャーをするドワーフ


 ギルドのカウンターへと進むリキッドにはそんな余裕は無かった


 フードコートを抜けて奥に進み、更に階段を上ったフロアがギルドの正しいホームだ、奥に向かって歩き始めるリキッドにカウンターから女性が声を掛けてくる



「リキッドさ〜ん!こっち空いてますよ〜?」



「リリーか…」


 リキッドと同じくこの世界で一般的な紫色の髪色に紫色の瞳を持つリリーは

 町娘のような格好とは違って、白いシャツのような服に黒色のベストをつけて居る

 ストレートのショートヘアで瞳が大きく人気の高い受付嬢だった

 奴隷に対しては毒舌で語尾にゴミと付けるのが習慣になっているが、奴隷以外には普通に話している



「今回は早かったですねえ?」


訂正…奴隷以外と話す時は語尾のアクセントが疑問形になる


「あぁレアボスが出ちまってな…危うく殺られる所だった……」


「レアボスが?!……それはついていなかったですね……それじゃぁ奴隷達は?」


「あぁ全滅だ…登録の解除をしてくれ、……全員死亡だ」


「わかりました…結構有望な人も多かったんで残念ですねぇ?」


「まぁ……仕方ないな……」


「とにかく無事で何よりです、ちょっと待って下さいね?…………」


 受付嬢のリリーがそれぞれのカードを確認し、リキッドのパーティメンバーのリストを確認していく、どういう仕組みかは知らないが、奴隷の生死はカードで確認でき、生きていれば、主人である探索者が探しに行かなければならない



 鬼岩成美さん…死亡

 小口治さん…死亡

 (轟伊佐雄は登録して無い)



「……アレ?」

 リリーが不思議そうな顔をする



「どっどうした?」


「いや、鬼岩さんについてたunknownが無くなってますねぇ?」


「あっアンノウン?何だそれ?」



「ええ…奴隷のギルドカードは特別なんでスキルはギルドで大体把握してるんですよ、主にランクを決める為にですけどね?………鬼岩さんにいつの間にか付いてたんですよ、一応本人にそれとなく聞いてみた事あったんですが……何の事か分からないみたいだったのでスルーしたんですけどねぇ?」




「まぁ…もう死んじゃったし…確認のしようも無いんですけどね?

 はい、全員の死亡を確認しましたんで、登録の解除をしておきます、何か持ち帰って来れた物はありますか?」


 何でも無いように話すリリー、恐らく知っていても知らなくても大した問題じゃ無いんだろうと、この話はスルーする事にした



「あっあぁ……コレ頼む」



 そう言うとマジックバックを広げてダンジョンから得たアイテムを取り出し、

 カウンターの上に置いて行く



「はい、畏まりました、確認するので少しお待ち下さいね…………ところでリキッドさん?」

 少し頬を膨らませて機嫌の悪そうな顔をするリリー



「……何だよ?」

「今日は誘って来ないんですね?……もう私の事飽きちゃったんですか?」



 そういってテーブルに大きな胸を乗せて挑発するリリーは頬を膨らませていた




「……そんな事は無いんだけどな、今日は奴隷を全部無くしたんだ…少しくらいは感傷的になってるかもな」



「それもそうですね……すいません?」

 申し訳なさそうに姿勢を正して頭を下げるリリーに



「良いさ……所で次の休みは何時なんだ?」


 少しぐらいはフォローした方が良いだろう、そう思って挑発に乗ってやると


「うふふっ秘密でーす?」



 少し機嫌を直したリリーがアイテムを確認し終えて金貨をテーブルに乗せていく



「はい、全部合わせて…23枚ですね?」


「はぁ…奴隷の事を考えると大赤字だな」



 奴隷や、探索者にもそれぞれ意味は違うがランクが有る


 奴隷のランクは単純に売買の為の格付け、それ以上の意味は無い


 戦闘奴隷は最低でBランク、それは強さやスキルに応じて、決められていて滅多に売りに出ないが、価格も決められていた


 鬼岩成海はAランク、購入しようとすれば

 大金貨5枚(一枚100万円ぐらい)は下らない


 小口治はBランク、強さが足りないがそれでも不意打ち防止のスキルは高いので大金貨1枚ぐらいだった


 因みにSランクは売りに出た事が無いが…大金貨10枚以下は絶対無いと言われてる


「リキッドさんなら問題無いでしょう?王国で一番ゴールドに近いって言われてるんですから」


 探索者のランクは、奴隷とは意味が違う


 プラチナ

 ゴールド

 シルバー

 ブロンズ

 カッパー

 上から順に地位が高い


 探索者がゴールドになるには、Aランクの奴隷を10人見つけて、所有権を国(ギルド)に移譲すれば良い


 ゴールドになると領地を分けて貰い、領主となる事が出来る、この50年の間に余り働かなくなった貴族達が王都で遊んでいるせいだ


 領主になっても探索者である事には変わらず、貴族になれる訳じゃ無い(貴族と結婚すれば別だが)ダンジョンに潜り続ける者も居れば、領主として平和に過ごす者も居る、それだけAランクの奴隷は見つけ難い、リキッドはこれまで7人のAランクをギルドに所有権を移譲していた為、懐は全然寒く無い


「まぁな……それじゃあ今日は帰るよ」



「またお願いしますね〜〜?」



 よく分からない語尾を無視して、手を振るリリーを後ろに、ギルドを出て行くリキッド



 ギルドでのパーティー登録解除を確認する時がリキッドにとって一番の不安要素だったが、問題は無かった



 誰かに声をかけられた気もしたが全部無視した、一刻も早く1人になりたかったからだ



 真っ直ぐにいつも常宿としている宿屋に帰り1人だけの部屋に戻る


 かなり蓄えはあるが、掃除もしてくれるし、飯も直ぐ食える、いずれは領主となるつもりだったリキッドは王都では家を持っていなかった



 ようやく安全を確認できたリキッドの顔は憔悴仕切っている、



 柔らかいベッドに突っ込み、枕に顔を突っ込むと身体中が震えて汗が全身から吹き出してくる



「…う”っ…ぐっ……コバ…モヤシ……ごめん……ごめ”ん”………………無理だ…………俺には無理なんだっ………」



 リキッドから身体を乗っとる事に成功した、中身はキドだった



 口に出すと、溜まっていた感情が次が次へと溢れ出すのが止められない


 布団を被ってリキッドは咽び泣いた、誰にも見られては行けない姿だが、分かっていても堪えきれない時もある




 何もかもが上手く行けば犠牲者はナルミだけで済むはずだったのに、結局は全員が死んでしまった、自分が仕組んだ事が、こんな事なるなんて思っても見なかった、




 初撃であっさりと死んで空中でリキッドが死ぬのを待っていたが、リキッドは中々死なず


 即座に命令が解除されればコバもモヤシも逃げ切れていた筈だったのに…リキッドは死んでなかった


泣きべそをかきながらボスの前で剣を構えて吹き飛ばされていくコバの姿



 動けないリキッドを引っ張りながら、必死に逃げるモヤシが追いつかれ、上から振り下ろされた拳を一撃受けるたびにパリンパリンと割れていくシールドに声も出せずに絶望していくモヤシの顔



 その様子を見ている事しか出来なかったキドは諦めてモヤシに乗り移ろうとした瞬間にリキッドにオーラの前兆を感じとり、…………結果として【無理やり乗っ取った】

 リキッドの身体を奪う事には成功したが、リキッドの身体の上で命令を守り、死んでいったモヤシ、上半身しか無いコバを見たキドは、絶望に包まれそうになりながら、




 死にたくない




 その一心であの場所から逃げ出した、この世界で探索者となる事ができたキドは、もう危ない橋を渡らなくても生きて行ける、お金も有る、何にもしなくても奴隷が全部やってくれる、あんな怖い思いは二度としたく無いと、本気でそう考え始めたキドは、後ろめたい気持ちと、恐怖と、無事に戻ってこれた安心で訳が分からなくなっていた







 コンコン…コンコン






「……………誰だ?」



 疑心暗鬼に陥りそうになる自分を必死に抑え、グシャグシャになった顔を拭くと、武器を布団の中に隠し持って返事をした



「お食事をお持ちしました」



 その声は……キドともリキッドとも違う【別の記憶の中で】よく知っている声だ




「………入れ、扉を開けて良い」


「…失礼します…」



 扉が開かれた向こうに居たのは黒髪でアルビノの目を持つのナルミの子供




【鬼岩和美】だった




 6才の小さな子が、街で奉仕活動を義務付けられている、家に居る時はとても幸せそうだった和美は、奉仕先で何かやらかしたのか頬を少し腫らして死んだような瞳で部屋に入ってきた




「……その顔どうしたんだ?」

 キドの知る顔とは全く違うナルミの娘の様子に思わず声を掛けずには居られなかった






 一度も話しかけられた事が無い和美は驚いた、この宿に奉仕活動をする事になってからリキッドの顔は何度も見てる、最初は母親がわりである和穂の言いつけを守って元気に挨拶したが、「五月蝿え!話しかけんなっ」と怒鳴られ、それが怖くて泣いてしまったら宿の女将さんにまた引っ叩かれ、二度と挨拶しちゃいけないと幼心に決意するほど、和美にとっては苦手な相手だった


 それが聞いた事がない程、落ち着いた様子で話しかけてきた





「えと………あっあの…………こっころびました……」





 6才の小さい子供が、主人のせいにしてはいけないと気を使い、明かに叩かれた頬を隠し、震えながら誤魔化す姿に、胸が締め付けられる




「………そっか…俺は今、腹一杯だから、それはお前が食え」




 お客様用の食事は奴隷が普段食べる質素な物とは全く違う、栄養価しか考えない食事と違って、匂いも味も全く違う、それでも和穂が作る料理は工夫で美味しいが目の前の料理とは比べ物にならずに思わず喉を鳴らしてテーブルの上に置いた料理を見つめてしまう



「勿体無いだろ?覚める前に食っちまえ、時間かかるとまた怒られるぞ?」



「いっ良いの?でっですか?」



 慌てて言い直す和美に昨日の夜、ナルミに甘えた顔が思い浮び



「良いからさっさと食え………内緒にしとけよ?」



「はっはい!…頂きますっ………っ!ん〜〜〜っ!」



 小さな両手を合わせてからスープを口に運び、その瞳が大きく開いて嬉しそうに微笑む姿にキドは自分が何の為にあんな事をしたのか忘れていたと気がついた



(ナルミはもう死んだ………………俺のせいだ

 ……………………この子も………きっとそうなる……)



 ゴブリンの階層で死んでいった2人の若い奴隷の顔が思い浮かび、和美と重なってしまう



(……そんなの駄目に決まってるっ!)




 ナルミの記憶でも、リキッドの記憶でも、年若い戦闘奴隷ほど早く死んでいった、和美が戦闘奴隷として働きだすのは後4年先だが、8才になれば戦闘訓練が始まる、その戦闘訓練だって死人は滅多に無いがゼロじゃない



 ビリケンがこの世界を変える為には、探索者がダンジョンを攻略するしか無いと言っていた、



 このクソッたれな異世界を変えるには自分が動くしか無い



 (俺が動かなきゃ…コバもモヤシもナルミも無駄死にじゃ無いか………もう嫌だなんて……何考えてんだ俺はっ!)



 はむはむ…んぐ…もぐ…ずずず〜〜〜〜〜………ぷはあぁぁっ……げっぷ



 大事な事を思い出したリキッドの隣で貪るように食事を食べていた和美は呑気にゲップして、ホワァっとしていた、その顔が余りに可愛らしくて思わず頭を撫で付けてやると、顔を赤くして耐える和美に



「ほら……もう帰れ…そろそろ奉仕活動も終わりだろ?」



「はっはい!ありがとございましたっ!」



 死んだような瞳で部屋に入ってきた、小さい女の子は、人が変わったような笑顔でお辞儀して出て行った、そんな和穂をみて、少しだけ自己満足を得ながら見送るリキッドは、



 (……本当は怖くて仕方ない、1人じゃ無理なんだ……仲間が必要だ……強い仲間が……)



 探索者として、ダンジョンを攻略する為の行動を考え始めていた






【序章:完】

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