第148話終結

 




 俺が二人を呼ぶと彼女達は一瞬泣きそうな表情を浮かべるが、すぐに真剣な態度でハイローグと帝国軍に警戒を向けた。


「今すぐ君の身体を抱き締めてボクの愛を余す事なく伝えたいけど、どうやら今はそういう場合じゃないみたいだ」

「積もる話も沢山ありますけど、まずは目の前にいる雑魚共を蹴散らしましょうか」


 好戦的な表情を帝国側に向ける二人に、俺は慌てて口を開いた。


「待ってくれ、いくらお前達でもこの数相手じゃ無理だ!そこにいるマリアを連れて逃げてくれ!!」


 助けに来てくれたのは素直に嬉しい。

 だけど、幾らスキルを持った佐倉や麗華でも相手の数が多過ぎる。勝てる可能性は低いだろう。

 それに、二人にはこの戦争に加担して欲しくなかった。ダンジョンで戦ったモンスターとは訳が違う。相手は同じ人間だ。二人には人殺しになって欲しくなかった。


 そう懸念して告げたのだが、佐倉と麗華は「わかってねぇな」と言っているような表情でため息を吐くと、


「影山、君は二つ勘違いをしている。一つ、ボク達はあの頃より強くなった。ただの人間相手に遅れを取る訳がない」

「二つ、晃はわたくし達に人を殺して欲しくないみたいですけど、それはもう無理な話しですわ」

「まさか……」


 俺が言葉を出せないでいると、佐倉はなんて事ないさと言いたげな顔で、


「君を探す為に様々な道を歩いてきた。そして、多くの経験を積んだ。だから安心してくれよ」

「私達はこの日を待ち望んでいましたの。だから貴方は何も心配せず見ていて下さいまし」

「ボク達は」

「私達は」




「「影山(晃)に逢う為にここまできた(んですもの)」」




(……ああっ)


 ……何だか今、凄く泣きたい気分だ。

 水分を出し尽くして無かったら、きっと涙は止まらなかっただろう。


『まさかこの二人がここに来て現れるとはオレ様も驚いたぜ。だがなァ、アキラよ』

(何だよ……)

『あの女共が命を顧みずこの戦場ばしょにやって来たのは、お前なンだぜ。そうさせるだけの理由を、これまでアキラが二人にしてきたからだ』

(……そう、なのか)

『アア。だからテメェは、申し訳ねえとか下らねぇ事思ってんじゃねえぞ。少しばかり感謝して、助けて当たり前だクソ野郎とでも思っておけ』


 おいベルゼブブ、最後のは余計だろ。折角珍しくお前が真面目な話しをしてると思ったら、最後の最後で照れやがって。

 でも、そうだな。

 何だが今の二人は凄く頼もしく見える。無様に喚くのはやめて、佐倉と麗華に託してみよう。


「おいおい……また訳分からねぇ奴が出てきやがったと思ったら、人間の女二人かよ。獣王軍団はいつから人間の力を借りるようになったんだ?」


 ハイローグがやれやれと頭を振って挑発する。


「女が二人で何が出来る。勝負は着いてんだ、さっさとその寝ているガキを殺させ「黙れ殺すぞでくの坊」


 ブワッと、周囲の温度が一気に下がった。誰もが顔を青ざめさせ、離れるように一歩下がる。

 それは寒さとかではなく、佐倉が放つ冷たい殺気を感じてそうなっているのだ。

 重くて冷たい、心臓を刺すような殺気を。


「数だけで威張り散らす豚共め。まだ“ボクの”影山を殺すとか巫山戯た事をぬかしているのか。いいだろう、今すぐその調子に乗った口を開けなくさせてやる」


 あれ……佐倉ってこんな野蛮な喋り方してたっけ?

 この人本当に佐倉さん?佐倉の皮を被った悪魔とかではない?


フリーズれ」


 一瞬だった。

 佐倉が杖を掲げながら言葉を発した刹那、彼女の頭上に巨大な氷塊が現れる。


クラッシュけて、ダウンちろ」


 氷塊は粉々に砕け、呆然と見上げていた帝国軍に容赦無く降り注ぐ。


「ぎぃああああああ!!」

「ぁぁがぁあああっ!!」


 肉体を氷塊に潰され悲痛な絶叫を上げる帝国兵士達。今の一撃で数十人は死んだと思われる。そんな攻撃を糸も容易く行えてしまった佐倉を言い知れぬ感情で見上げていると、隣にいる麗華が静かに唇を開いた。


「わたくしも負けていられませんわね、クロ」

「ガル」


 麗華が命令を下すと、ブラックウルフキングの足下から闇が波紋のように広がっていく。その空間から、ズズズ……と三体の凶悪な存在が現れた。


「ガァアアア」

「フフフ……」

「ふむ、久方ぶりに陽に出ましたな」


 黄色の怪鳥。

 姿が女性の木の精霊。

 執事服を纏い、モノクルを掛けた老人。


 そのどれもがダンジョンの階層主に劣らない強さを有していると直感を抱いて戦慄していると、麗華の口からゾッとするような冷え冷えとした声音が発せられた。


「よくも“わたくしの”の晃をここまでイタぶってくれましたわね。この代償は高くつきますわよ。キロ、ルイ、セバスチャン、遠慮は要りませんわ、蹂躙しなさい」

「グワァ!!」

「シカタナイワネ」

「レイカ様の命令とあらば」


 麗華が命令を下すと、三匹の怪物達は速やかに行動を開始した。


 怪鳥は空を舞い、体内に帯電した雷を撃ち落とし。

 木の精霊は地面から草や蔓を生やして操り、帝国兵士を締め上げ薙ぎ払い。

 執事の老人は戦場に流れる大量の血を操り、殺傷力の高い刺や刃に変化させて斬り殺していく。


 帝国軍が優勢だった戦場は瞬く間に阿鼻叫喚となり、三体の化物が暴れるその光景は麗華が告げたように正に蹂躙と言えた。


 佐倉と麗華の反撃を見て安堵し、俺はふっと肩の力が抜けてしまい急激に意識が遠くなる。

 まるで、ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたみたいに。


「影山、後はボク達に任せて休むといい。君はもう、十分過ぎる程頑張ったよ」

「何も心配しなくていいですわ。わたくし達が、貴方の大事なモノを守りますから」

「二人共……ありがとう」


 その優しい声を聞き遂げたのを最後に、俺の意識は完全に落ちたのだった。





 ◇




「嘘だろ……何で死なないんだ」

「何本弓矢が刺さってんだよ、何回剣撃を浴びてんだよ、何でそれで倒れねぇんだよ……」

「キングは……不死身なのか?」

「フゥーー、フゥーー」


 帝国兵士達は戦々恐々としていた。

 目の前に聳え立つ死に体当然のキングが、幾つもの攻撃をその身に受けても未だに立っていられる事に。

 何度矢を放っただろう、何度斬っただろう。

 胸に穴が空いて、全身傷だらけで、生きていられる筈がないのに、それでも尚堂々と地に足をついている。

 不死身と思われても仕方ない。それだけ、獣王キングが立っていられる理由が浮かばなかった。


「キングゥゥウウウウウ!!」

「グハハハ……後ろが騒がしくなってきたな、風向きが変わったみたいだぜ、ヴォルフ」


 怨嗟の声で叫びながらヴォルフがキングを睥睨していると、獣王はニヤリと口角を上げる。

 ヴォルフも佐倉と麗華の存在には気がついていた。その二人から、強者の臭いがする事も。このままでは完全勝利する筈だった銀狼騎士団が喰われかねないと危惧している。


 軍を率いる団長の脳裏には、撤退の二文字も浮かび上がっていた。

 ヴォルフは深くため息を吐くと、キングに問いかける。


「……一つ聞かせろ、あのガキは本当に王になると思うか?」

「ああ……オレ様が保証……す……」

「……」


 何かを察したヴォルフは瞳を閉じて数秒沈黙すると、踵を返しキングに背を向けて兵士に命令する。


いくさは終わりだ、引き上げるぞ」

「えっ!?ですが、まだ例の少年を斬っていませんし、キングもまだ……」

「ガキの事はもういい、俺の命令ミスだ。これ以上こちらの命を無駄に落とす必要はねぇ。それに……」


 ヴォルフは最後にもう一度振り返り、キングの姿を一瞥すると、


「あいつはもう、死んだよ」

「……え?」











 獣王軍団と銀狼騎士団の大戦争は、銀狼騎士団が勝利し終結を迎えた。


 銀狼騎士団は十万の兵士の内、約四万人が死亡。三万人の重軽傷者。

 その内の隊長格。

 一番隊隊長ビート、意識不明の重体。

 二番隊隊長ハイローグ、各部骨折の重体。

 三番隊隊長ローザ、各部骨折の重体。

 団長ヴォルフ、左腕欠損、各部骨折の重体であった。


 戦争には勝利したものの被害は甚大であり、銀狼騎士団は今後魔王軍との戦争に参加する事は困難となってしまった。


 一方、大敗を喫した獣王軍団。

 五万の兵士の内、約三万人が死亡。約一万人の重軽傷者。

 その内の隊長格。

『王爪』のシュナイダー、各部骨折、翼の損傷。

『王牙』のクロダール、戦死。

『王脚』のセス、各部骨折の重体。

『獣王』キング、立ったまま戦死。


 大敗し、多くの同士が戦死。

 中でも彼等の支えであった獣王の戦死に獣人達は嘆き悲しみ失意のドン底に陥った。


 ……だが、獣人達には希望があった。

 一度死んだ筈のキングが、復活してまで生き残らせたかった、一人の人間。


 獣人を助け、鼓舞し、命を懸けて戦ってくれた人間。


 獣人達の未来は、その人間に託されたのだった。

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