第134話一番勇敢な戦士だった
「
「フング……ッ!!」
魔剣グラムの能力によって重量が加算された、文字通り“重い”一撃がクロダールに強襲する。
しかし鰐獣人の彼は回避を選択せず真っ向から迎え撃った。己の得物である巨大な戦斧を振り上げ、大剣を受け止める。
――重い。
なんて重さ、なんて衝撃。刃を合わせる度に身体が軋み、筋肉が悲鳴を叫ぶ。
それでもクロダールは力勝負を挑んだ。純粋なパワーで、負ける訳にはいかなかった。
何故なら自分は、王の牙だから。
「フンガァァアアアア!!」
(この鰐野郎、どんだけ馬鹿力なんだよ!?)
退く事をせず立ち向かってくるクロダールに、二番隊隊長は困惑を覚えた。10トンはハイローグが出せる最高重量。それ以上乗せれば、今度は己の腕がもたない。
人間が10トンの重さの大剣を振れること事態が以上であるが、それに打ち合うクロダールの膂力も尋常では無かった。
状況はハイローグが有利だ。
クロダールの両腕からは鮮血が噴き出し、いつ戦斧を離してもおかしくはない。
だがそれでも……。
「グハハハハハハ!!」
傷付いているのにも関わらず、高笑いをしているクロダールが倒れ伏すイメージを抱けなかった。
「お前は強ぇよ、鰐野郎。俺の出せる最重量でも倒れねーんだからな。流石獣王の牙と言った所か」
「グハハハ!褒めても何も出んぞ!」
「けどこのままじゃ埒があかねぇ。そろそろ決着つけようぜ」
「ハッ、いいだろう!楽しくはあったが、そろそろ飽きてきた頃だったからな」
二人は獰猛な笑みを浮かべる。
本気を出していた。全力を出していた。
しかし、真の力を発揮している訳では無かった。
その考えは互いに感じている。目の前にいる宿敵は、まだ底を見せていないと。
ならば――、
「「……」」
肉体に潜むエネルギーを引っ張り出し、全身に巡らせる。
その際隙が生まれるが、卑怯な真似はしない。目の前にいる宿敵とは、正々堂々闘いたいから。
そして彼等は、示し合わせる訳でもなく同時に力を解き放った。
「闘神招来――【
「原獣隔世――【真鰐】」
――刹那、二人の姿が一変する。
ハイローグの全身を漆黒の鎧が包み込む。変化したのはそれだけではなく、彼の体長であった。人間サイズの肉体が、3メートル近いクロダールに迫る程巨大化したのだ。
その姿はまるで、
巨人の戦士と呼べるものだった。
クロダールもまた一目で分かる程変化していた。3メートルあった肉体は更に膨れ上がり、7メートルを優に超えている。
手足が細くなり、頭部が肥大化し、人の形は消え失せて。
その姿はまるで、
……いや、地竜よりも遥かに凶暴な外見であり。
生態系の覇者と呼べる風貌だった。
言うなれば、凶竜。
「ふぅぅぅ」
「グルルル」
真の力を発揮した戦士達。
彼等は様変わりした宿敵を睨め付け、雄叫びと共に一歩を踏み出した。
「ぉぉぉぉおおおおおおおお!!」
「ガァァァアアアアアアアア!!」
ハイローグが魔剣グラムを振り上げる。
クロダールが巨大な牙を振り下ろす。
魔剣と牙が衝突した瞬間、ズゥゥゥゥン!!と地響きが轟く。その重音は、衝撃に耐えきれず陥没した足場の悲鳴だった。
漆黒の巨人はその巨躯で高く跳躍し、クロダールの頭部に魔剣を叩きつけるが弾かれてしまう。
硬い。恐ろしく硬い。全力で放った斬撃は、凶竜の鱗に傷一つ残せなかった。斬撃では彼奴を倒せない。ならば、やはり重さを上げるしかないだろう。
「グラァァア!!」
「うごっ!!」
空中にいたハイローグを、クロダールの長い尻尾が強襲。彼はその巨大な肉体を旋回し、回転の勢いを上乗せしてハイローグを吹っ飛ばした。その動きは、図体の割りに機敏で、ハイローグは反応に遅れてしまったのだ。
「おおおおっ!!」
すぐに立ち上がり、鎧を纏った巨人は再び駆けだす。今度は魔剣を更に重くした。
「
「フング――ガァァァアア!!」
繰り出される攻撃は重く鋭いと理解しているのにも関わらず、クロダールは真正面から迎え撃って出た。横一閃の斬撃を大きな口で受け止める。が、想像以上の衝撃に耐えきれず今度はクロダールの巨躯が宙を舞った。
ズシン……と、クロダールは地面に叩きつけらるが、すぐに立ち上がり戦闘態勢を維持する。効いているには効いているが、堪えている様子は見受けられない。なんという生命力だろうか。
今度はこちらの番だ。
そう言わんばかりにクロダールは大きく息を吸い込み、そして吐き出した。
「ゴアァァァァアアアアアアアアッ!!」
「――ッ!?」
それはただの咆哮だ。だがクロダールから放たれた咆哮は、岩をも薙ぎ倒す衝撃波も同然。回避が間に合わないと判断したハイローグは、魔剣を盾替わりにして咆哮をやり過ごす。魔剣と鎧が無かったら、ハイローグの身体は木端微塵に消し飛んでしまっていたかもしれない。
ズン、ズン、ズン。
大きな足音を立てながらクロダールが迫ってくる。やはり速く、距離はあっという間に詰められてしまった。彼は頭を低くし、そのまま突っ込んでくる。
獣に於いて原初の攻撃方法。もしあの突進に轢かれたら、それこそ四肢は弾け飛んでしまうだろう。
――が、やはりハイローグも一歩も引かなかった。
「加重――70トン!!」
足を大きく開き、右足に力を溜め込む。流麗な肉体動作で溜め込んだ力を腕に集約し、魔剣グラムを思い切り振り下ろした。
「「――――ッ!!」」
力と力の衝突。二人を中心に音が爆発し、豪風が吹き荒れた。
ハイローグの鎧の隙間から血が噴き出し、クロダールの頭蓋骨に罅が入る。
両者が放った渾身の一撃は、互いに痛み分けの形となった。
時が止まったのは数秒。ほんの一瞬意識を持ってかれた二人は、すぐ様鼻先にいる敵に仕掛ける。
至近距離での殴打の応酬。避けることは一切頭に浮かばず、どれだけ早く目の前にいる強敵を打ちのめすしか考えていない。
血反吐を垂らそうが、骨が折れようが構わない。ただ、ここから一歩でも後ろに引いた方が負けだと互いの本能が叫んでいた。
「うぉぉぉおおおおおおおおお!!!」
「グラァァアアアアアアアアア!!!」
二人の叫び声が戦場に反響する。
雄々しい雄たけびに感化された戦士達も呼応し、瞬く間に戦場に広がっていく。その声はまるで、この戦場一帯が一匹の化物によって放たれた叫び声のようだった。
(左腕はもう駄目だ、力が入らねぇ……これ以上負荷をかけたらマジで身体がもたねぇな。けど、馬鹿強ぇこいつを倒すにはもうこれしか方法が無ぇ!)
(オレは今何をしている? ダメだ、意識が半分無い。驚いたぜ、まさか原獣隔世したオレの力に正面からぶつかってくるとはな)
両者の肉体は既に半壊している。
満身創痍な現状で未だに攻撃出来るのは、生存本能と、戦士としての矜持である。激闘の最中、彼等は同じようにこう思っていた。
――目の前にいる誇り高き戦士に、どうしても勝ちたい、と。
だから二人は、示し合わせる訳でも無く一だけ攻撃を止めた。それは、最大火力の一撃を放つ為の準備。その一撃で己の肉体がぶっ壊れる事を承知して、ハイローグとクロダールは全身全霊の一撃を放った。
「
「
――刹那、音が消え。
――爆発した。
砂煙が吹き荒れ、戦士達は動きを止める。
やがて収まると、爆発の中心に立っているものは一人だけだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
頭部からは大量の血が流れ、左腕は使い物にならなくなり、全身の至る所が折れている。
それでも最後まで立っていたのは――二番隊隊長ハイローグだった。
「『
目の前で倒れ伏す戦士に敬意を表し、ハイローグは魔剣を掲げる。
「俺の勝ちだ」
その台詞のすぐ、帝国兵が勝鬨を上げたのだった。
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