第54話俺達の勝ちだ

 




「おいベルゼブブ、俺は一体どうなったんだ。この姿はなんだ。お前が何かしたんじゃないのか」


 力を欲した。

 何者にも負けない、絶対的な力を。

 そう望んだ瞬間、身体の奥底から言い知れぬパワーが漲ってきたんだ。


『勘違いすンじゃねぇ。その力はお前自身のものだぜ、アキラ』

「俺の……?」

『アア、そうだ。スキルが成長し、昇華され、解放されたンだ』


 スキルの解放……だと?


『スキルの本来ある力の一部が解放されたンだ。解放能力はスキル全てに備わっている』

「何でそんなもんが都合よく突然発生するんだよ、漫画じゃあるまいし」

『兆しはあったさ、アキラが気付いてないだけでな。お前はあらゆるモンスターと戦い、喰らい、強くなっている。そしてオレ様の力も随分使い熟せるようになった。いつ解放されてもおかしくはなかったぜ』

「じゃあ何で今何だよ」


 文句を告げると、ベルゼブブは『知るかよ』とぶっきらぼうに答えるが、続けて、


『だがオレ様は知っている。人間って生き物が、一つのキッカケか、逆境を乗り越えるか、高い壁を登った瞬間。つい笑っちまう程の成長を遂げることをな』

「……」

『話は終わりだ、蜥蜴野郎が来るぜ、集中しろ』

「……分かった」

「ゴォォォォアアアア!!」


 咆哮するアースドラゴンが、右腕を振り下ろしてくる。やけにスローに見えるソレを、俺はその場から移動することで難無く回避した。



 身体が軽い。

 想像より疾く動ける。

 世界が遅れて見える。

 力が湧いてくる。何だこの全能感は。


「ぉぉぉぉおおおお!!」

「ギィァァアアアア!!」


 鋭い爪が生えた両手で、アースドラゴンの竜鱗をいとも容易く切り裂く。

 力も以前より数倍は上がっている。まるで自分の力じゃないみたいだ。


 だが一番驚きなのは、俺の戦い方である。

 俺は今、いつものように蜘蛛糸やナイフといった魔王の力を使わず、純粋な肉弾戦で戦っている。それも、時に獣の如く四足歩行の動きで、狼の爪で攻撃していた。

 なのに、全く違和感を感じないのは何故だ?

 この姿と関係しているのか。


『その姿はお前の深層心理が創造したもンだぜ』

「深層心理?」

『アア。アキラが“喰らう者”と意識した姿に変貌する。狼の鎧から察するに、お前はきっとウルフキングを想像イメージしたンだな』

「……そうかもしれない」


 俺はウルフキングと戦い、そしてアイツが戦う光景を間近で見てきた。

 疾風の如く動き、鋭爪えいそうで弱らせ、牙で喰らう。威風堂々で王者のように獲物を狩る姿に、俺は強く憧憬を抱いていたんだ。あんな風になりたい、と。


『その思いが、解放されたその姿に反映されたンだな』

「ああ、だからこんなにもしっくりくるんだな」

『だがアキラ、チンタラ戦ってられねぇぞ。解放したばかりのその力はエネルギーの消費が激しい。持続出来るのは5分て所だぜ』


 5分?

 十分だぜベルゼブブ。

 今の俺なら、3分で倒せる!!


「ゴァァァアアアア!!」

「うぉぉぉおおおお!!」


 地竜は巨大な尻尾を振るってくる。

 尻尾があるのはお前だけじゃねぇんだよ。

 俺は腰から生えた4本の尻尾を一つに束ね、アースドラゴンの尻尾にぶつける。


 激突するが、弾き飛ばされる事なく拮抗。全く力負けはしていない。

 尻尾なんて初めて使ったのに、どうしてか意のままに操れる。触手フィーラーを使う感覚に近いかもしれない。


「スゥゥウウウウウウ――」


 アースドラゴンが大きく息を吸う。ブレスを放つ動作だ。次こそは完璧に避け切ってみせる。

 と意気込んでいたら、突然ベルゼブブが脳内に語りかけてきた。


『逃げる必要はねぇ』

「どういう意味だ」

『前に言ったろ。魔王の力は付属品に過ぎねぇってな。力の本質は本来ある魔王の特性であり、そしてオレ様の大罪は暴食。海を、大地を、空を喰らったオレ様の力が地竜の吐息を喰えねぇ道理はねぇよ』

「……今の俺に使えるのか?」

『アア』


 ベルゼブブが断言してるんだ。

 俺はそれを信じて行動するだけ。

 アースドラゴンの真正面に立ち、構える。

 さぁ来い。お前の一撃、全て喰らってやる。



「ゴァァァアアアアアアアア!!」


 口腔から放たれるドラゴンブレス。

 対し俺は両腕を掲げ、手の形を獣の口に似せ、黒スライムを纏い狼の顔を顕現する。

 爆音を轟かせながら迫り来る衝撃波を、狼の口で受け止めた。


「ぉ――ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


 咆哮を上げながら衝撃に耐え、ドラゴンブレスのエネルギーを“喰う”。


 そう。

 俺は確かにドラゴンブレスを喰っていた。そして喰ったエネルギーが吸収され全身に渡って行き、腹の奥底からエネルギーが湧き上がってくる。


「……はぁ……はぁ、はぁ……ハハ」

「ゴ……ゴォォ……」


 そして遂に俺は、ドラゴンブレスを喰い切った。

 呆然とするアースドラゴンの面を拝むと、つい笑みが溢れてしまう。

 ははっ、ザマーみやがれ。テメエご自慢のブレスを喰ってやったぜ。次は俺の番だ。


「蜘蛛糸」


 高く跳躍し、空中からアースドラゴンの額に黒糸を付着させる。両手を大きく広げ、喰ったドラゴンブレスのエネルギーを腕に充填。漆黒のオーラを纏い、十指に力を込め、伸縮移動で接近し、そして――


狼王ウルフェン咀嚼バイト!!」

「――ッッ!!?」


 挟み込むように、アースドラゴンの頭部を喰い千切った。

 そのまま地面に着地し、振り返る。

 30階の階層主は死に絶え、粒子となって消えていく。残っているのはドロップアイテムである『アースドラゴンの大牙』と『アースドラゴンの上肉』の二つ。


 その二つを拾うと、俺は自然とこの言葉を零していた。


「俺の勝ちだ」


 勝利の余韻を味わいつつ、狼の黒鎧を解除した刹那――


「うぐっ!?」


 途轍も無い披露に襲われ、全身から汗が噴き出てきた。堪らず地面に両手をつき、呼吸を整える。


「はぁ……はぁ……何だこの怠さ。全身が鉛のように重てえぞ」

『スキルを解放した反動だな』


 やっぱり、そういうのがあるのか。

 まぁ一瞬であれだけパワーが上がったからな。反動ぐらいあるか。

 俺はぐっと足に力を入れて、何とか立ち上がる。


「西園寺、平気か」

「……ええ、なんとか生きてますわ」


 重傷のウルフキングに寄り添っている西園寺に歩み寄り声をかける。

 彼女の全身は傷だらけだったが、命に別状は無さそうだった。


しもべ達が守ってくれましたから」

「西園寺、その……すまない。お前の忠告通り、アースドラゴンにブレスを撃たせなければこんな状況にはならなかったかもしれない」

「過ぎた事を言うのも不毛ですので構いません。その代わり、帰りはおぶって下さると助かりますわ。情け無いですけど、身体に力が入らなくて立てないんですの」

「……お安い御用だ」


 俺と西園寺はアイテムポーチから少ない回復アイテムを使ってウルフキングを治療した後、王宮への帰還を目指した。

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