第52話死闘
「ナイフ、蜘蛛糸」
右腕にナイフを纏いながら、腰から射出された黒糸の伸縮移動でアースドラゴンの側面に移動する。
あの図体だ、機敏に動くのは難しいだろう。
「はぁぁああああ!!」
裂帛の気合いと共にナイフを一閃。
鮮血が迸る。
西園寺の【支配者】スキルによって強化された一撃は竜鱗を斬り裂けたが、ダメージは軽微だ。
だが攻撃は通っている。その事実だけでも勝つ確率は上がった筈だ。
「ゴァァ!」
「ちっ」
アースドラゴンが煩わしそうに前足を払う。
それだけの行動で、ブォンッと大気が唸った。
攻撃を察知して事前に回避していた俺は、軽く舌を打つ。
腕を振り払っただけで、当たったらお陀仏になりそうじゃねえか!
(でも、当たらなければ問題はない)
「グルァ!!」
「ゴァ!?」
疾駆するウルフキングが、俺の反対方面から攻撃を仕掛ける。鋭い爪で、アースドラゴンの竜鱗を斬り裂いていった。
『ボーッとするなアキラ、尻尾が来るぞ』
「くっ――!!」
ベルゼブブから注意を受けた俺は、左から迫ってくる尻尾を蜘蛛糸によって紙一重で躱す。
『動きを止めるなアキラ。あの蜥蜴は隙あらば狙ってくるぞ』
「どうしたんだよベルゼブブ、らしくじゃないか!俺に助言してくれるなんてよ!!」
『ウルセー、口じゃなく手を動かしやがれ』
「言われなくてもやってるっての!!」
蜘蛛糸で移動しながら、長弓を纏う。岩石を装填して側面からアースドラゴンの顔を……瞳を狙い定め――放つ。
「喰らってろ!!」
「ゴォォォ」
俺の狙いを読んでいたアースドラゴンは、頭の位置をズラして額で岩石を受ける。
あの野郎、知能も高ぇのかよ!!
『正面、来るぞ』
「ゴァァ!!」
「蜘蛛糸ォォ!」
俺を喰らおうと口を大きく開けたアースドラゴンが突っ込んで来る。腰から黒糸を放ち、背後へと下がって噛みつきを紙一重で回避した。
意外と疾ぇ。躱せるけど動き出しが遅かったらアウトだぞ。
「ゴァァァァ!!」
「はっ?」
雄叫びを上げた地竜は、巨大な手で地面を掘り返し土を掬うと、ブンッと俺に向かって投合してきた。
飛来する土の範囲は広く、そして俺のアローと同じくらい速度がある。
あんな攻撃があるとは思わず、完全に虚を突かれてしまった。
つまり、今から躱すのは不可能だった。
『
土のシャワーが直撃する寸前、俺の意識外で背中から触手が生え、土を振り払っていく。
だが全てを振り払えず、衝撃によって俺は吹っ飛ばされてしまった。
「うぐ……くっそ」
地面に叩きつけられた俺は、すぐさま立ち上がる。咄嗟に黒スライムを纏って防御したお陰で目立った傷はない。身体は痛ぇけど。
『アキラ』
肩からベルゼブブの顔が生え、声をかけてくる。
ベルゼブブの不気味で悍ましい蟲の顔を見るのは、随分と久しぶりだった。
「今の触手、お前の仕業だろ。ありがとな、マジで助かった」
『ンなこたぁどうだっていい。それよりアキラ、もっと死ぬ気で集中しろ』
「何言ってんだ、これでも限界まで集中してるっての」
『こンなもンじゃねえだろ。なぁアキラ、あの犬公や黒豚と戦った時もそうだったが、お前は読みが浅過ぎる。もっと言やぁ、油断が多い』
俺が……油断?
蜘蛛糸で絶えず動き回りながら、ベルゼブブの話に耳を傾ける。
『そうだ。今のもそうだが、“こンな攻撃をしてくるとは思わなかった”。そンなお前の浅はかな考えでいつもやられている。それじゃ駄目だ、もっと先を読めアキラ。集中を高め、神経を研ぎ澄ませ。蜥蜴の攻撃を予測しろ。それが出来なきゃ、お前はここで本当に死ぬぞ。さっきのように、次はねぇと思え』
「……分かったよ、やってやる。やりゃいいんだろ!!俺だってこんな所で死ねないんだ。やってやるよ!!」
『その意気だぜ、アキラ』
ベルゼブブに喝を入れられた俺は、気合いを入れ直して再びアースドラゴンに接近する。
確かに俺は、アースドラゴンのプレッシャーに押し潰されまいと気迫と勢いで戦っていた気がする。
そうではなく、もっと奴を観察しなければならなかったのだ。
攻撃を、表情を、弱点を、挙動を。
きっと無意識の内に避けてたんだ……俺は。
だから目を逸らすな、奴の一挙手一投足を見極めろ。
「グルァ!!」
「ゴァァ!!」
ウルフキングも地竜の反撃を躱し続けながらしつこく攻撃を繰り出している。アースドラゴンが鬱陶しそうにしているのは明らかだ。
なら俺も、ウルフキングの動きに合わせて攻撃を繰り出す。
「蜘蛛糸、ナイフ」
幾つもの蜘蛛糸を張り巡らせ、進行方向の的を絞らせない。その上で何度も軌道を変えながら肉薄し、ナイフによる斬撃を浴びせた。
「ゴォォォ……」
アースドラゴンも、西園寺のスキルによって強化されたウルフキングの攻撃を無視できない。かといって素早い狼王を強引に追えば、俺に隙を与えてしまう。
お前のそのジレンマが僅かだが伝わってきてるぜ。
迷え、焦ろ。
その間に、お前の命を刈り取ってやる!!
「うぉぉ」
「グルゥ」
回転して威力を加えながら、斬る。
先程受けてしまった土払いによる攻撃を、攻撃する前の動作を読んで射程範囲から離れた。
「うぉぉおおおおおおお!」
「グルァアアアアアアア!」
蜘蛛糸で移動しながら斬り裂き、時にはウルフキングと位置を交換し、呼吸を合わせながら連撃を繰り出していく。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「グルァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
咆哮を上げながら、俺と狼王が地竜の竜鱗を蹂躙していった。
「ゴァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
堪らずアースドラゴンが悲痛な絶叫を迸らせた。
行ける、倒せる。
奴だって生物だ、倒せないことはない。血を流せば、肉が裂けば死ぬんだ。
と、いつもなら喜んでいただろう。
だがベルゼブブに忠告された俺は、一縷の油断も生まない。
知っているからだ、手負いのモンスターが予想だにしない攻撃をしてくることを。
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