第23話目的

 





 この世界に転生してから、ざっと数えて三回は死にそうな目に合ってる。

 八体のゴブリン、アーマードグリズリー、そしてブラックオークキング。どれもヤバい修羅場だったが、今回ばかりはマジで終わったと思った。

 ベルゼブブに見捨てられていたら、今頃ブラックオークキングの腹の中だっただろう。


 ベルゼブブがブラックオークキングを倒した後、俺は佐倉と委員長に起こされた。何故か喰われた右腕が元通りになっていたが、委員長のスキルではないらしいから恐らくベルゼブブの仕業だろう。どうやって喰い取られた腕を再生したのかは不明だが、治ってる分に問題は無いので気にしなかった。

 それから眠っている女子二人を運び、皆んなで王宮に帰還した。


 そう言えば、結局兵士は助けに来なかった。先に逃げた女子達が助けを求めなかったのではなく、求めた上で断られたらしい。

 ダンジョンに関しては俺達転生者に全てを任しているから、王宮側は不干渉を貫くらしい。融通が利かない奴等だ。


 そして今は、あの事件から一日経ち。

 俺は今自分の部屋にいる。

 いる筈なのに、何故か佐倉と委員長もいる。解せぬ。


「何だよ、二人して押し寄せてきて」

「君には聞きたいことがある」

「後、お礼も言いたかったの」


 朝っぱらから訪ねてきた佐倉、順に委員長が口を開く。

 やっぱりベルゼブブの事だよなぁ。

 俺はどう答えたもんかなと思考を巡らしながら、先を促した。


「まずはお礼を言わせて。影山君、助けに来てくれて本当にありがとう。貴方が来てくれなかったら、私達全員死んでた」

「ボクも……ありがとう。流石に駄目だと思ったが、君のお陰で助かったよ」

「お、おう……」


 二人の口から伝えられる真摯なお礼に、たじたじになる俺。

 何だろう……こうしてお礼を言われた事が余り無いので困るというか、ちょっと恥ずかしいな。


「私ね、怖かったの……。自分が死ぬのもそうだったんだけど、私の選択で皆んなを死なせてしまう事が何よりも怖かった」

「委員長は責任感が強すぎるんだよ」

「ううん、臆病なだけ。人の顔色を窺ってばかりだもん」

「それだけ他人を大事にしてるって事だろ」


 そう伝えれば、委員長は困ったように微笑んだ。


「影山君は優しいね」


 俺が?

 優しかったらぼっちにならないと思うんだが。


「秋津君の時もそう……本当は委員長の私が止めなきゃいけなかったんだけど、九頭原君が恐くて止められなかった」

「委員長、誤解してるぞ。アレは秋津を助けようとしたんじゃなくて、俺が気に食わないから九頭原に突っかかっただけだ」

「ふふっ、影山君はそういう人だよね」

「……」


 これ以上何を弁明しても無駄だと感じたので、俺は口を閉じた。

 だから俺は委員長が苦手なんだ。大人目線というか、どうも見透かされている気がしてならない。

 先生を助けたり、困っている生徒に手を貸したり、転生した今回も不安そうな女子パーティーを纏めたりと彼女の行動は立派だと讃えつつも、俺は学校でも彼女に近づかなかった。

 困っていると、佐倉が助け船を出してくれる。


「委員長、そろそろボクが話を聞いても?」

「う、うん!ごめんね!」

「じゃあ影山、単刀直入に尋ねる。昨日のアレは何だ?」

「それは……」


 返答に詰まる。

 果たしてベルゼブブの事を話してもいいのだろうか。本人に聞いてみるのが一番早いな。


(喋っていいか?)

『構わねえさ。それとも、オレ様が言ってやろうか』


 は?

 何言ってんだこいつ……と疑問を浮かべていたら、突然俺の右肩からニョキッとベルゼブブの頭が出てきた。


「「ひっ……」」

「お前、勝手に出てくんなよ」

『よぉ、お嬢さン方』


 蝿みたいな醜悪な顔のベルゼブブを目にして引き攣った声を漏らす佐倉と委員長。

 その反応は至極当然だ。俺だって初対面した時は情け無い悲鳴を上げてたし。

 それに比べて二人はまだマシというか、余り動揺していない……。


「ボク等はダンジョンで一度この顔を見たからね」

「うん、影山君が黒い巨人になってたの」


 そう告げられて腑に落ちる。

 そう言えば二人はベルゼブブ化した俺を目撃しているんだったな。

 なら話は早い。

 俺はベルゼブブについて知っていることを掻い摘んで説明し、所々をベルゼブブが補足した。


「この顔は“意思があるスキル”で、影山の【共存】スキルにしか寄生できない」

「それでブラックオークキングと戦ったのは、影山君の身体を借りたベルゼブブ……さんって事だよね?」

「ああ、大体それで合ってる」


 首肯すれば、顎に手を当てる佐倉が理解できないといった表情で唇を開く。


「君は“暴食”を司る、七つの大罪スキルの一つ。ならば君みたいなスキルがあと六つ、この世界にいるんだね?」

『ああ、いるぜ。目覚めているかは知らねえが』

「でも君達は遥か昔から存在している。宿主が死んでは、次の宿主に寄生して」

『ああ』


 佐倉の質問責めに、ベルゼブブは丁寧に答えていく。俺と委員長は成り行きを大人しく見守っていた。


「では何故、【共存】スキルをアウローラ王国が知らないんだ?あれだけの力があるなら、【共存】スキルを把握していない筈が無いと思うんだが」

『この国の事情は知らねーが、理由は恐らく二つの内のどれかだろ』

「二つ?」

『この国が建国してから現在まで【共存】スキル者が存在しなかった、又は出会わなかったパターン。もう一つは、知っていて敢えて無干渉を決め込ンでいるかだ』

「……何故無干渉でいる必要が?」

『そこまでは知らねえ。アキラのおかげで、オレ様も最近目覚めたばかりだからな。国の事情なんざ知るかよ』


 二人の話を聞いていて、やっぱり佐倉は頭が良いなって感心する。

 俺にとってベルゼブブは力を貸してくれるけど口五月蝿い寄生虫でしかないからな。こいつって何なんだろ……と思ったことはあるが、余り深くは考えなかった。こうして代わりに質問してくれると助かる。


「ベルゼブブ君」


 君ってお前、笑っちゃうだろ。


「君の、大罪スキルの目的はなんだ。なんの為に存在している」

『オレ様もどうして自分が生まれたかは知らねえよ。神って奴が勝手にスキルを作ったんンだからな。聞きたいなら神に直接聞いてくれ。目的も様々だ、オレ様達にはそれぞれ意思があるからな、目覚めた現世で何をするかはソイツ次第だろ』

「“君の”目的は言ってないぞ。影山に寄生して、一体何をするつもりだ」

『……』


 その質問に、ベルゼブブは初めて押し黙った。

 以前、俺も同じような質問をしたことがある。その時ははぐらかされてしまったが、今回はどうするのだろうか。

 静寂が部屋を包む中、ベルゼブブは口を開いた。


『さあて、何をしてやろうか』

「……」


 やっぱりはぐらかしたか。まぁ誰にでも言いたく無い事情ってあるしな。言いたくなった時に言えばいいだろ。


『アキラは能天気だな』


 ベルゼブブが直接頭に語りかけてくる。

 能天気というか、単純にそれ程お前に興味がない。


『ヒハハ、そンな事を言った宿主はアキラが初めてだ』


 まあ突然こんな化物に寄生されたら心配で堪らないよな。俺も最初はどうしよう……って困惑したが、いつの間にか気にしなくなった。

 これ以上尋ねても無駄だと悟ったのか、佐倉は短いため息を零すと、今度は俺に提案してくる。


「影山……これは委員長とも相談したんだが、私達のパーティーに入ってくれないか?もう影山のスキルは役立たずでないのは証明されたし、君がいてくれると戦力的にも非常に助かる」

「他の人達には私が説得したから……影山君さえ良ければ……」


 二人に頼まれて、ハーレム万歳!……と邪な考えが僅かに浮かんだが、即座に改める。

 いや、それは駄目だろ。


「その提案は魅力的だし凄く嬉しいんたが、断るよ」

「何が問題なんだい?」

「俺といると危険だからだ。さっきの話では言ってなかったけど、ベルゼブブ曰く【共存】スキル者は困難な試練に付き纏われる運命らしい。実際、この世界に来てから数ヶ月で三回も死にそうになってるからな」

「そ、そうだったのか……」

「だから俺は一人で頑張るよ。勿論、何か困ったことがあれば力になるから。その時は何でも言ってくれ」


 そう言えば、佐倉と委員長は仕方なさそうに頷く。

 それから三人で食堂に向かい、朝飯を取った。


『ブラックオークキングの上肉』は、べらぼうに旨かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る