ないしょばなし

夜川青湖

第1話 これはないしょのおはなし

 ねえねえ、聞いて。これはないしょのお話。

 ないしょなのにどうして君に言うかって?


 それはそう、どうしても誰かに聞いて欲しいからさ。

 ないしょの話。

 とっておきのヒミツ。


 言わずにはいられないじゃないか。

 でも、誰にも彼にも言うわけにいかないからね。


 口の固い、君にだけささやくのさ。


 ん? 早く言えって? まあ待ちなよ。

 案外、君はせっかちなんだね。


 あれは一昨日、僕が七番道路と九番道路の交差点あたりを歩いていた時さ。

 あそこは君も知っている通り、細い路地どうしで見通しが悪い。常々僕はあの交差点にミラーがないことが不思議でならないよ。近くのパン屋にどうしてかって聞いてもわからないらしいんだ。

 まあ、そのことはいい。とにかく僕は一昨日、そこに行ったんだ。

 そしたら、路地裏に何か見えてね。なんとはなしにちょっとこっそり見に行ってみたら、大きな男が倒れていてね。

 びっくりして声をあげそうになったんだけど、その男の身なりがとても良くてね。ちょっとした出来心でそこに落ちていたタイピンを頂いたのさ。

 それがこれさ。素晴らしいだろ? こんなに細かい細工がされたタイピンなんて、僕は初めてみたよ。

 これはおそらくルビーだね。本物に違いない。君もそう思うだろ?


 え? その倒れた男はどうしたかって?

 そりゃ交番の警官に伝えたさ。その後どうなったのかは知らないけどね。


 今からこれを質屋に持って行こうと思うんだ。いくらになるか楽しみだな。

 これが本物だったら、君にも何か御馳走するよ。

 

 え? なんだって? もっとよく見せて欲しい? いいよ、見るだけだからね。

 ふーん、君もこう言うものに興味があったなんて、意外だな。君はどちらかと言うとこう言うアクセサリにはこだわりがない方じゃないか。


 他の誰かにこの話をしたかって? するわけがないだろう! 君だけに特別さ。


 ん? いや、そう言えば先月の晩餐会に、君は素晴らしいタイピンをつけてきていたね。あれは奥方からのプレゼントかい?

 いやいや、つけていたよ。ちょうどこんなふうにルビーが印象的な……っ!


「口は災いの元だよ、君」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ないしょばなし 夜川青湖 @aoko-y

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ