つれづれカムイ話

結佳

モシリに産まれた”面白いモノ”~コタンカラカムイの人間創造~

昔昔の話です。

コタンカラカムイが、海の上にモシリを作り、様々な草木や鳥獣を作り終えてからの事でした。


(何か足りない気がする…)


生き物の息吹に満ち始めたモシリの上で、コタンカラカムイは腕を組んで考えました。面白がって作り始めたこの世界に、何か「もっと面白いこと」が足りない気がするのです。


そこへ、カムイモシリから一人の男神が、コタンカラカムイの隣に降りてきました。


誰だろうと思ってコタンカラカムイが見ると、それは幼馴染のクンネチュプカムイでした。

すらっと背の高く、しっかりした顎と口ひげを蓄えた強面の彼ですが、その顔に合わず、とても心優しい心を持っています。


「やあ、クンネ。カムイモシリから何かことづてでも?」


天地創造は基本的にコタンカラカムイのやりたいようにやっている事です。


が、カムイモシリに住んでいるのは、面白い事が好きなカムイたちばかりなのです。

たまに、カムイモシリにいる神々からこうして欲しい、という注文が付くことがありました。


またそういったことなのか、と問うコタンカラカムイ。しかし、幼馴染は顔を横に振ります。そうして、少し苦笑いを浮かべました。


「いいや。可愛い我が妹のチュプカムイが、モシリの夜を見張るという話しだったろう?」

「ああ、それで君が昼を見張る、という話しだったよな。それがどうした?」

「妹が、夜の暗い中で一人、空の船に乗って見張りをするのは嫌だ、怖いと言い始めたんだ。なので、私が夜を担当して妹が昼を担当することになったのだが、それでも良いだろうか、と聞きにきたんだが、どうだろう?」


心優しい兄の顔で、クンネチュプは言います。

彼ら兄妹は、カントカムイ達の中でもモシリにとって重要な仕事を任されていたのです。

それは昼と夜、それぞれの空の上を船で漕ぎながら大地を見守る、という仕事でした。


クンネチュプが昼を、チュプが夜を担当する、という取り決めにもなっていて、妹も最初はそれを了承していました。

けれど、コタンカラカムイの作ったモシリの夜が思っていた以上に暗くて怖いもののように見えたらしいのです。


優しい兄に、どうか自分に昼を任せて欲しい、とお願いしました。心優しく妹思いの兄は、二つ返事で引き受けてきた、という訳なのです。


「そんな事か。別にどっちがどっちでも構いやしないよ」


自分の国造りに関係することでないのなら、別になんだっていい彼です。幼馴染の言葉に興味なさそうに頷きました。


(どっちが昼の日の神になろうと、夜の月の神になろうと、特別何かが変わるわけでもないし。…それより何より、何が足りないのか、が問題なんだよな)


ぐるぐる考えていたコタンカラカムイ。そこでふと、良い事を思いつきました。


「そうか、それなら良かった。では、カムイモシリに帰って準備をして」

「待った。どっちでも良いと言ったが、一つ条件がある」


話しの済んだ幼馴染の言葉をやっぱり、と彼は遮りました。にやりと、なんとも悪い企みの笑顔を浮かべている幼馴染に、クンネチュプは何か悪い予感を感じました。


「条件?私でもできることだろうか?」

「ああ、できるできる。むしろ、君にしかできない事だ」


コタンカラカムイは、大仰な様子で、うんうん。と何度も頷きます。


「このモシリに、何か足りない気がするんだ。が、それが何か判らない…。そこで!」


ぽん、とコタンカラカムイは幼馴染の肩に手を置きました。愛想の良い顔をしている時には、何か良くない事を言い出す時だ、とは思っているクンネチュプです。


「何か作ってきてよ」


ざっくり。カンナカムイがたまに怒りまかせに落とす雷より、クンネチュプには衝撃的でした。

自分が不器用だと、彼はよくよく知っているのです。


「それは私には不向きなのではないかな?他の事だったら」

「じゃあ、昼は君に任せた」


にこやかな顔のまま、コタンカラカムイは幼馴染の申し出を切り捨てます。幼馴染の妹が、自分の思うようにならないと兄にひどい八つ当たりをする、というのを知っているくせに、です。


心優しいクンネチュプは、なんて無茶ぶりをするんだろう、と内心思います。かといって、お願いって言ったじゃない!と妹を怒らせる訳にもいきません。


「仕方ない、考えてみよう」


大きな溜息を吐いて、難しい顔をしたまま、クンネチュプはカムイモシリに帰って行きました。


さて、悩みをおしつける事に成功したコタンカラカムイです。引き続き大地の形作りをする作業を楽しんで始めました。



一方、天にあるカムイモシリにある自分の家に帰って来たクンネチュプです。

コタンカラカムイから、モシリに足りないものを作ってくれ、と言われています。


なので、家の中には入らずに、下界が見える場所から、モシリを見下ろすことにしました。


コタンカラカムイの仕事で海の上に作られた島には、おおまかな山があり、川があります。

モシリでカムイが仮初めの生を楽しむための、鳥や獣などの器も仕上がっているようです。


気の早いレラカムイがモシリの上を走るのを見ていると、揺れ動くものもあるので木々や草木もできているのでしょう。カムイモシリにある大体のものはもう、出来ていました。


(一体、何が足りないというのか)


倒れた木の上に座りこんで、クンネチュプは考えます。足元には、遊びに向いた柔らかさの土がありました。その土をつまさきでいじりながら、ああでもないこうでもないと考えますが、何も思いつきません。


(そもそも、発想力のあるコタンカラでも思いつけないものなら、自分にも無理だろう)


うーむ。


悩み続けるクンネチュプは、カムイモシリの中を見回しました。

地に広がるモシリには、幼馴染がよく似たものをたくさん作っています。


そのどれもが、とても綺麗に作られているのです。美意識も技量もあるあの男を納得させられるようなものなど、果たして作れるのでしょうか。


(どうしたらいいものか…)


足元を見たクンネチュプは、無意識に自分の足が土をいじっていたのに気が付きました。土に触れていれば、何か思いつくかも知れない。クンネチュプは屈みこんで、土をいじり始めました。


作っては壊し、壊しては作りってはモシリを眺める、というのを何度もくりかえし、ようやくクンネチュプは気が付くものがありました。


(そうだ!アレが無いのか)


一旦気が付くと頭は冴えてくるものです。

立ち上がって柳のしっかりした枝を取ると、こねていた土の中に埋め込みました。足元に生えてきた葉もつけて、土をいじり続けます。


夢中になっていたクンネチュプは気付いていませんでしたが、すでに晩御飯の時間になっていました。

いつまでたってもモシリのコタンカラカムイの所にいった兄が帰って来ない事を心配した妹のチュプが探しに来た時。兄は楽しそうな顔で土遊びをしていました。


「…兄上?」


土遊びなんて随分前に卒業していたはずなのに…。それとも自分が知らないだけで、兄はこっそりと童心に戻る遊びをしていたのだろうか。

チュプは恐る恐る、兄に話しかけました。


「丁度良いところに来た!チュプよ、これをどう思う?」


頬に泥をつけて、手も泥だらけにした兄が、満面の笑みで妹に問います。

兄上は一体何を作ったのやら…。兄の手の中を覗き込んだ妹はそこに泥人形を見つけました。

柔らかな土で作られたそれは、まるで兄の姿を模倣するような形で土の上に寝かせられています。髪などがある所には、草で代用されてはいるものの、中々リアルな出来です。


「兄上…、ずっとこれを?」


どうして泥人形なんか…。兄のしていることが理解できない妹。言えたのも、それくらいでしたが、兄はそれを前向きな反応として捉えたようです。


「そうだ!コタンカラにモシリに何か面白いものを、と言われて考えたのだ。ちゃんと背骨の所に柳の枝を使っているから、よりそれらしいのだぞ」


兄が何を言っているのか判らない妹でしたが、兄は懐からいつも持ち歩いている宝物を取り出しました。それは、アユギという名前の扇子で、兄がいつも大事に使っているものなのでした。


「それ、よく見ていろ!」


アユギで一扇ぎ。アユギの風を土人形にかけてやったところ、どうでしょう。それはたちまち自分たちカムイのような姿になったではありませんか。それも、小さな頃の兄によく似た男の姿をしています。


びっくりしている妹に、兄はようやく自分のしていた事を教えました。

妹は、なるほど、と頷きました。


「モシリに住まわせる者を作っていたのですね。兄上が男を作るのなら…」


面白く思った妹は、兄の作っていたのを真似て、土人形の中に柳の枝を入れ、草の髪をつけてやりました。

そうして、自分によく似せたそれを兄のアユギで扇いでやると、それも妹の小さな頃によく似た女の姿をしたものになりました。


そうして、それらを何体か作った二人は、それらと共にコタンカラカムイの所へ降りてゆきました。




モシリで遊んでいたコタンカラカムイは、未だに何が足りないのか考えていました。それでも、やはり何も出て来ません。

どうしたもんか、と思案しながら湖を作っていた時でした。先程カムイモシリに見送ったはずのクンネチュプが、妹を引きつれてやってくるではありませんか。


この短時間で何か思いつけるはずがない、と考えるコタンカラカムイです。

もしかしてクンネチュプは降参したのではないかと考えました。そして、妹に全部話してこの条件を無かった事にしようとやってきたのではないか、とも。


「さっきの条件は、何があっても変えられないよ」


何か面白いものを作らなくては気が済まなくなっていたコタンカラカムイは、二人にぴしゃりと言い放ちましたが、二人はにやにや笑うだけです。


「なんだ、そんなににやにや笑って、気持ち悪い」


コタンカラカムイは自分の意見をはっきり言うタイプでした。


「君の言っていた面白いものを作ってきたのさ」

「私も手伝ったのよ」


自信ありげに言う兄妹に、そんなに言うのならどんなものか見せてみろ、と偉そうな態度のコタンカラカムイです。二人は幼馴染に、自分達が作ってきたものを見せてやりました。


二人の腕から零れるように大地に降りた数体の小さなそれに、コタンカラカムイは嘆息を吐きました。


「なるほどな、それは良い案だ」


言って、コタンカラカムは膝をつくと、小さなそれらと同じくらいの目線になるようにしました。見た目は、純粋無垢な子供のカムイそっくりです。その目を覗き込んでいたコタンカラカムイは、ふっと笑いました。


「これは良い。クンネチュプ、更にそれらしくさせてもらおう」

「お好きにどうぞ」


ひとまずは、幼馴染の意に沿う事ができたと満足するクンネチュプは、後は委ねると頷きます。あくまで、モシリに関する最終決定権はコタンカラカムイにあるのですから。

クンネチュプの肯定を得たコタンカラカムイは、掌の上に12の小さな玉を出現させました。その顔は、真摯な創造神のそれです。


「これは食べたい、眠たい、生きたい、楽しいことがしたい、たくさんのことを知りたい、笑いたい、泣きたい、などの“欲”だ。今から、君達はこれを抱えて生きてゆくと良い」


言って、コタンカラカムイは自分から一番近くにいたそれに、その玉を一つずつ丁寧に埋め込みました。それらは連動しているようで、埋め込まれていく度、皆が同じような反応をしています。


コタンカラカムイは全て埋め込み終わると、満足そうに立ち上がりました。


「君達が、このモシリを“もっと良くしたい”という欲も中に入っている。…どうか、この島を私が生みだした今以上に、素晴らしいものにしていってくれ。私たちは、それを楽しみにしているよ」


言われたそれらは、生みの親とコタンカラカムイとを見て、それぞれ笑ったり泣いたり怒ったりし始めました。産まれてまもない事に、とまどっているようでもありました。


それらを満足して眺めていたコタンカラカムイは、さすがにいつまでもそれら、と呼ぶのは可哀想だと思ったので名前を付けてやることにしました。


この地に生きる者、人間、という意味を持ったその名前を。

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