第44話 暗い予言

※残酷描写があります


 銃声のつらなりが、夜の森を引き裂いた。白煙がそれに続き、暗い視界をいっそう識別しづらくする。白煙のなかで刀身が鋭く光った。

 ニエミは剣戟けんげきをくりかえしながら、なんとか状況を把握しようとしていた。森のひらけた部分で休憩していた兵士たちは、突然の襲撃にも冷静だった。指揮官が撤退の指示を出したので、余裕を持ちつつ退却しようとしはじめている。

 対するこちらはハートレスの兵士が三人と、元竜騎手のニエミという組み合わせだった。ニエミ自身は、自分に向かってきた敵兵をいなすのに精いっぱいだが、ハートレスのシジュンとヴェスランはそれぞれが複数の敵を相手にしてもまったく問題ないように見えた。とくにシジュンは体格もよく若く、膂力りょりょくにすぐれているようで、巨大な戦斧バトルアックスを器用に取りまわし、鎧ごと兵士を叩き斬ったかと思えば返す刃で味方への攻撃をふせぐなど、常人ではないはたらきぶりだった。

 これでも、なお、新兵ルーキーあつかいされる集団とは……。ニエミは心底、ハートレスたちがおそろしくなった。



 怪人キャンピオンの盛りあがった背中には銃身がいくつも生成されていた。一発、発射するごとに銃身が溶けるように消え、また新たな銃身が生まれて、銃弾が放たれる。

 金属で覆われたその姿は、犰狳アルマジロにも似ていたがはるかに巨大で、人間の顔がついているところが不気味だった。ニエミ自身もデーグルモールとして、竜の心臓のみによって生かされている身ではあったが、その異様にはおもわず顔をそむけたくなるまがまがしさがあった。


 高く跳躍ちょうやくして斬りかかったフィルバートを、針山のごとき銃の群れから放たれた一斉の銃弾がおそった。――はなばなしい音と煙に、伝説の竜殺しもあわやと思われたが、銃弾はむなしく宙へ消えた。

 フィルは遡上そじょうするサケのように身をおどらせ、勢いよく銃弾をかわしていた。ニエミが次に目視したときには、装甲の節目に剣を突き立てて姿勢を安定させ、もう銃身のひとつをつかんで小山を登りはじめているところだった。銃にうとい彼から見ても、これではもう銃の利点は活かせない。そもそも、まっさきにこのを奥へ逃がし、安全な距離から銃撃させるべきだった。

(そうできないのが、狂人たるゆえんなのだろうか)とニエミは思う。


「ヒエェェイ、落ちろ、落ちろ竜殺し、触るんじゃない!」

 キャンピオンは狂乱し、耳障りな声でわめいた。自分の言葉どおり、蟹のようにゆさゆさと揺れながら退却しようとしている。


「走っても身体から銃が落ちないなんて、いいなぁ。無敵じゃないか?」

 フィルバートは突き出た銃身をうまく足場にして顔のほうに近づきながら、楽しそうに声をかけた。甲虫を見つけた子どもそっくりの表情で、好奇心に満ちた残虐性とでも呼べそうな感情を見せていた。

「でも、体の向きで狙いを定めるのが難しいな。そこが弱点かな」

 訓練教官でもつとめているかのように、ほがらかに指摘する。

 銃弾をするりとかわしたように見えたが、おそらく、そのせいで事前に弾道が読めていたのだろう。種がわかってみても超人技には違いないだろうが。


 フィルは片手で銃身をつかんだままもう片手でナイフを取りだし、ほとんど迷うことなく、むき出しになっていた肩に突き刺した。「ぎゃあああ」と恐ろしい悲鳴があがったが、傷口に向かって銃身がわさわさと押し寄せ、傷を埋めてしまう。無限とも思える再生能力は、デーグルモールにも似ている。だからこそ無力化することが難しく、ニエミはとどめを刺すよう、フィルバートに忠告しようかと思った。


 だが、老科学者の動きは予想と異なっていた。

「二度も! 二度もおまえに殺されてなるものかぁ!」

 キャンピオンはせまる死を前にして、がらりと声色を変えてすごんだ。おもむろに両腕をふりあげ、「うおおおぉ」と獣のように叫ぶ。

 ぼごん、ぼごんとくぐもった音が、男の体内から聞こえる。どういう理屈で体内から銃と弾とを組成しているのかわからないが、これがなのだろう。だとすれば、もっと大がかりな爆発も起こせるはずで――

 危機を察知したフィルは、膝に力をこめてからぐっと身体を伸ばし、キャンピオンの胸部を蹴る反動をつかって背後にとんぼ返りした。ついで、銃声とは比較にならない爆発音とともに、老科学者の異形の身体が爆発四散した。


「チッ。爆発しやがった」

 その声は、敵のものとも味方のものともつかなかった。どちらでもおかしくはなかった。「最後まで頭のおかしいじいさんだったぜ……」

 

 フィルは前向きに着地した。その離れた場所から煙がおさまるのを待って、足で肉片を払いよけながら老科学者の体に近づいた。といったほうが近いかもしれなかったが、それはまだ生きており、フィルに向かって呪詛じゅそをつぶやいた。


「竜殺し。おまえは銃ではなく、おまえ自身のまねく災禍さいかによって死ぬ。愛する者をうしなってから死ぬ。潰れたアマガエルのようにみじめに死ぬ。かならず死ぬ」

 キャンピオンの呪いに似た末期の言葉にも、フィルは衝撃を受けたようには見えなかった。うっすらと笑みを浮かべ、「だけど、今日はおまえの番みたいだな」と告げる。狂人はもう答えず、そのままこと切れた。



 兵が引きはじめ、ニエミにもようやく周囲を観察する余裕ができた。敵方に二名、負傷者がいる。引きとめ役だろう兵の背中にすばやく回ったシジュンが、斧の柄で首を打って倒し、片手に持ちかえる。と、腰まわりから投擲とうてき用の小さな斧を抜き、森の奥へと軽く放った。「ぐおっ」という叫びとともに、指揮官らしき兵士が倒れふした。

「危ない危ない、隊長にどやされるとこだったぁ」

 シジュンののんびりした声が、戦闘の終わりをあきらかにしていた。



 ♢♦♢  ――デイミオン――


 時間は多少巻きもどる。


 フィルとハートレスたちが出撃すると、デイミオンはようやく妻と向きあうことができた。

 こほん、と無駄に咳ばらいをして、目の前に立つ。「……無事でよかった」


 自分の怒りは正当なものだったし、妻のほうから許しをうべきだとも思っていた。が、当のリアナを目の前にすると、そんな思惑は消えてしまった。力ある雄竜はつがいを守るもので、癇癪かんしゃくをおこして雌竜をおびえさせたりはしない。あのアーダルでさえ、今ではすっかりレーデルルの後ろをついてまわっているじゃないか。


「反省しているな?」

 大股に近づいて抱きしめる。腕のなかで、妻はためらいがちに身をよじったようだった。二日ぶりに会うリアナは見知らぬ場所の匂いがして、せつなくなる。これ以上、自分の目のとどかない場所で夜を過ごさせたくない。妻に甘いと馬鹿にされようが、重要なのは夫婦の仲で、氏族たちを気にしてプライドを守ることではないはずだ。


「デイミオン」リアナは目を閉じたまま呟いた。 

「おまえも悪かったし、俺も悪かった。それでいいな?」

 ふだんのちょっとした口ゲンカのあとのように、デイミオンは不器用な歩み寄りで二人の溝を埋めようとした。

 デイミオンにも負けず嫌いの自覚はあるが、リアナのほうも相当なものだ。長い結婚生活、たまには彼女のほうが悪いこともあったはずだが、たいていの場合はデイミオンが折れることになった。

 どちらも背負って立つ氏族や部下があり、簡単に妥協だきょうするわけにはいかないことも多かった。だがケンカが長びくと、どちらもだいたいおなじようなタイミングでさみしくなり、時には対立をうやむやにしておずおずと仲直りするのが常だった。気まずさを見せないように抱擁して、もごもごと謝罪にも言いわけにも似たセリフを並べる。そうすると、リアナも「わかってる、わたしも言いすぎたわ」と返す。お決まりの流れだった。


 だから、今回もおなじようにした。「俺に不満があるなら、帰ってからちゃんと聞く。戻ってくるな?」


 そう念を押したのに、妻から返ってきたのは、いつもとは違う答えだった。

「いいえ、今度ばかりはわたしが悪いの。あなたは悪くないわ、デイミオン」


 リアナは顔をあげ、迷いながら言った。「でも、あなたのもとには帰れない。フィルといっしょに行くわ」

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