鬱蒼とした青
雪之都鳥
第1話
鬱蒼とした波が打ち際に迫っては退くを繰り返し、ざわめく水の流れは彼方先の暗鈍とした地平線に呑み込まれては消えて行く。陶器のようなさめざめとした月は雲に覆われて、どこか僕のわからない所で呻き声をたてていた。灯台の光が孤独にも海に浮かんでいる。
僕の中に意思はなかった。そこに棒立ちになったままで、瞬きもせずに見ていた。闇に紛れたその塔は、鋭い光に時折浮き彫りにされる。
突然、炎のような淡い灯火が顔を出してまた引っ込んだ。息を呑んだのを拍子に、周りの景色が現実味を帯びる。
声が聞こえた。さっきまで遠くの存在だった塔が聳えていた。その小さな窓から見てくる瞳は、閑静、そして青かった。
「危ないです!ただちに迂回してください! 」
大海に包囲されている僕は逃げる場所はない。「無理だ! 」
雨雲が雷を落とす。彼女の白い肌が、か細い腕が、美しい顔が暗闇に映えた。
「・・・・・・お言葉に甘えて」
目の前の珈琲は焦げたような匂いがしたが、飲むとこの焦げ臭い匂いがまるで良いものに変わってくる。湯気がランタンに照らされて天井に昇っている。
灯台の中は僕たちが入り、やっとのこと座ることができる窮屈さだった。少女は取り乱すこともなく小窓から外を物憂く見ている。小窓からは確かに海が見えた。
ここでようやく自分がなぜこの場所に存在するのかという疑念が頭に浮かんだ。
「・・・・・・どうして、僕はあそこに居たのだろう」
そう問い掛けにも似たどうしようもない疑問を少女にぶつけると、少女は無機質な表情で口を動かした。
「海鳴りにでも誘われたのでしょう」
「・・・・・海鳴り、か」
海鳴りとはこの地域のものの例えで、厄介者の肩書きを背負っている。また、海鳴りの声を聞けば誰でも正気を無くして魂が抜ける、といった脅し文句にもよく使われる。僕は全く信じてはいなかったのだが。
「何か、悲しいことでもあったのですか」
未だ状況を飲み込めていない僕はすぐには返事ができなかった。
「・・・・・可愛がってきた猫が、昨夜空に昇った」
彼女は何も言わずに珈琲にミルクを注いで、また僕に渡した。優しい匂いが、胸の中に溶けていくようだった。
「そうですか・・・・・・」
その言葉には彼女も哀れみの気持ちがあるのだと胸をなでおろした。
冷たいザラザラとした石の階段をおりて行く。途中、ブルーハワイ色の屋根をした小さな家、だったり。海辺の前で佇む、白いシャツの少年の写真が飾られていた。
軋む木戸を開け、僕は下りる。踏みしてたのは暗い野草だった。
振り返ると、少女は地面を見つめていた。足は痙攣している。「大丈夫だよ」と言ってみても、少女は何が怖いのか一向に下りる気配がない。「どうしたの? 」少女は何かをのみこむように言った。
「もしも、私がこのままその冷たい地面を踏めば」
僕は頷く。
「私の中で何かが変わってしまう・・・・・・」
「・・・・・・それはいけないことなの? 」
少女は靄を払うように首を振った。いけないことではない。そう呪いのように口ずさんだ。その小さな手はかたく結ばれていた。彼女の足は、とても小さかった。
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