第41話「メディカルスピリットマシン」

「そうか……君には見えるのか……どうやら私の推測に間違いないようだな」


「間違いないとは……?」


「おそらくだが……クレア様の容態が悪化したのは呪術系の紋章コ-ドが原因だと思われる」


「えぇ……おそらくは……しかもこの赤い跡から言って呪術系統のスピリットの部類の紋章コ-ドです。呪術系の紋章士はかなり珍しいので私も実際に見たのは初めてです……。しかも赤い跡がかなり大きい……」


「呪術……スピリット系……?」


僕はリドさんが何を言っているのかよくわからなかったのできょとんとしてしまった……。


「呪術の紋章コ-ドと言っても一緒くたには出来なくて実は複数の種類があるんだ。今言ったスピリット系は主に相手の精神に異常をきたさせる紋章コ-ドのことなんだ。他には相手の体の状態から異常をきたすステータス系など実は複数種類があるんだよ」


リドさんは僕の聞いた質問に丁寧に答えてくれた。


「実はそこにいる子、ノエル君というのだが……彼にも実はその赤い傷が見えていたというのでね。確かめたくて紋章士を呼んだのだよ。私のような普通の人間には普通の怪我は見えても紋章コ-ドを受けた跡は目には見えないからね」


「なるほど……そうだったんですか。ノエル君、君は紋章士なのかい?」


「いえ……僕は……違います」


「ふむ……稀に紋章士としての素質を持っているにも関わらず、それに対して長く気付かない人間もいるが……」


「僕に紋章士としての力が……?」


「断言は出来ないが、おそらくこの赤い跡が見えるということは君には素質があるのだろう……」


「はぁ……」


紋章士としての素質。どうやら僕にはあるようだがリドさんに言われてもいまいちピンと来なかった。紋章士の素質や適正があるものは物凄い低い確率でしか生まれないと言うことは何となくだがじいちゃんから聞いたことがある。中には生まれた時は素質がなくても途中で紋章士としての力に目覚めるものもいるらしい。いわゆる選ばれた人間だ。その選ばれた人間に今この場で素質がありますと急に言われてもリアクションに困るというものだ。


「しかし、これが紋章コ-ドによるものとなれば……医者の私にはどうすることも出来ない……」


「はい……しかもこれは呪術系の紋章コ-ド。原因はおそらくクレア様の心の中にあると思われます……。それと、この首の赤い跡の大きさから言うとかなり強力な紋章コ-ドがかけられてます……」


「リド君……もしもだが……この紋章コ-ドを解くことは出来るかね?」


「残念ながら……現在呪術系の紋章コ-ドを完全に解くという技術が確率されていないので無理な注文ですね……解くにはクレア様本人の精神力に頼るとしか言いようがないです……」


「すまない……。知ってはいたのだが、もしかしたらと思ってな……」


「いえ……こちらこそ力不足で申し訳ないです……しかしここまで深く精神にダメージをあたえる呪術系の紋章コ-ドは使用者にも相当の負担があるはずなのですが……しかもかけた相手は相当の使い手だ」


「僕らはじゃあ……どうすれば良いんですか……?」


「先ほども言ったように呪術系の紋章コ-ドはまだ未知な部分が多く、未だに解明されていない部分もかなり多い。なのでそれを治すという技術も確立されてないということだ……。つまり我々が特に何か出来るということはないんだ。クレア様がご自身でこれを打ち破るしかない……ということになるな」


「そんな……何かあるんじゃ……ちゃんと調べれば!」


「残念ながら事実なんだ……。紋章コ-ドはゲ-ムに出てくる魔法じゃない。だからかけられた紋章コ-ドに対してそれを解く便利なものなんてあるとは限らないんだ……」


その現実に僕は絶望感を覚えた……。クレア先輩がこんなに苦しんでいるのに何も出来ないという非力な自分に嫌気すらさした……。


「くっ……」


あまりの悔しさに拳を強く握り……涙すらこぼれそうだった。そして僕がこうやって悔しい思いをしている最中もクレア先輩は苦しそうに横で意識を失いながらベッドで横になっている。


「とりあえず部屋を出ましょう……」


「あぁ……」


「クレア先輩……」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


白い部屋には虚しく心電計の電子音が響くだけであった。呼吸器をつけ苦しそうに横になっているクレア先輩を横目に僕達は部屋を出て行った……。


「どうですか?」


部屋を出るや否や僕らにクレア先輩の容態を聞いてくる執事。


「えぇわかりましたよ……原因は呪術系の紋章コ-ドです」


「じゅ……呪術……ですか?」


しかし不思議なことに執事の人は戸惑いはしたものの、驚いた表情をしているようには僕には見えなかった。


「えぇ……どうりでクレア様の病気の原因がわからなかったはずです……」


「しかし、クレア様ともあろう物があれだけ苦しむほどの呪術……。昨晩、暗殺者に狙われたとおっしゃいましたね?その暗殺者はもしや呪術を使う紋章士……ですかな?」


「えぇ……お察しの通り」


(呪術を使う……紋章士……)


先ほどから引っかかっていた呪術を使う紋章士……。もしやと僕は思った。そう……脳裏に浮かんだのはあの時僕を拉致したヴィオラルと一緒にいた紋章士だ……。だが……あの紋章士はビルの下敷きになっあの時死んだはずだと思う。生きているわけがない……そんなわけがない……。


「その暗殺を仕掛けてきた紋章士はクレア様が確かに倒したのですよね……?」


「えぇ……そうです。いや……正確に言うと最後は勝手に倒れました……」


「勝手に倒れた……?どういうことでしょうか……?」


「えぇ……私もよくはわからないのですが……突然倒れまして」


するとリドはその言葉を聞くと表情をさらに険しくした……。


「もしや……執事さん……失礼ながら、クレア様の服を脱がさせても良いでしょうか?」


「え……?」


リドの急なお願いに対して執事も困惑する……。しかしその真剣な声のトーンと眼差しから冗談ではないというのは僕にもわかった。


「わ、わかりました……」


「皆さんも一緒に来てください」


リドさんがそう言うと全員でクレア先輩が寝ている部屋に再び入った。


「失礼します……」


そう言うとリドさんは服を脱がせクレア先輩が下着姿になった……。


(うわ……)


その姿に僕も少し戸惑いを隠せなかった……。


「こ、これは……やはり」


眉間にシワを寄せクレア先輩の背中を見つめるリド。一体何だと言うのか……。


「背中に大きい十字架の紋章……しかもこんなにも大きく……!」


「えっ……!」


僕はその言葉を聞くとクレア先輩の背中を見るため後ろに回った。そして、見てみるとそこにはびっしりと赤い十字架のような紋章が大きく浮かび上がっていた。


「こ……これ……!」


「ん……何か見えるのか?」


そうか……みんなにはクレア先輩の赤い傷の時と同様背中の十字架のような模様が見えないのか……!


「まずいな……こんなに大きくなっている……ノエル君は見えるのか?この十字架の模様が……」


「はい……はっきりと……」


「ん……どういうことかね?」


「皆様には見えてないので私から説明しますが……今クレア様の背中には相手の紋章コ-ドにより背中に大きな十字架の紋章が浮かび上がっております……。これはつまりどういうことかというと、相手の紋章士は身命を賭して相手に術をかけたということです。そして……この十字架が体中に広がった時……」


「広がった時……?」


「……クレア様は死にます」


「そんな……」


「かなり危険な状態です……と言わざる得ないのが本当の所です……このままでは……」


「ど、どうすれば……!どうすればよろしいのですか!」


クレア先輩の執事が少し取り乱している。無理もない……。仕えていた王族の1人が今現在命が危険な状態と言われれば普通は正常ではいられなくなる。


「お、落ち着きましょう……」


「え、えぇすいません……説明をお願いします」


「えぇ……相手の紋章士は自分の命を犠牲にして……おそらく最後は死んだのではなく……その時に呪術をかけたのでしょう。そして、クレア様の心に非常に強力な術をかけた……。呪術の紋章コードは犠牲にするものが大事なものほどその紋章コ-ドも強力になるという特性があると言われています……。つまり相手の紋章士は自分の命と引き換えに呪術でクレア様を精神の内部から殺そうとしている……」


「では……僕らはどうすれば?」


「クレア様は今おそらく自分の心の中で相手の紋章士と戦っている……。我々に出来るのは……クレア様の精神力を信じるだけ……ですね」


やはり根本的にはクレア先輩の精神力を信じるしかないということだった……。


「だが……背中の十字架が少しずつだが確実に広がっている……。どうやら旗色が悪いようだ」


確かに言われて見れば先ほどより十字架の模様が肩のほうまで迫ってきている……。大きくなっているのは明白だった……。


「もし……」


リドさんが口を静かに開いた……


「もし……?何です?」


「もしクレア様の心の中に入る術があれば……なと思って……。無理な話というものだ……」


「心の中に入る……?」


僕はその心の中に入るというワードに少し引っかかりを感じた。そう言えば少し前にじいちゃんが医療機器メーカーと共同開発していたっていう……大きい機械がじいちゃんの部屋にあったのを思い出した。もしかしたらあの機械を使えば……!


「ん……どうしたんだい?」


僕の顔を見てリドさんが不思議そうにそう言った。そして僕は……


「出来るかもしれません……その……心の中に入るということが!」

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