第30話 虚像

 

 私が壇上の中央に立ってからしばらく経ったが、会場の拍手がなかなか鳴り止まない。これでは話し出すタイミングもなく、ゆっくりと右手を挙げて、会場を制した。


「ただ今、ご紹介をいただきました理事長の花城でございます。今日は遠路はるばるお集まり頂きまして申し訳ありませんでした。お集まりいただきました皆さんに問いたいことがあります。この財団法人は、先ほどの説明があったとおり、絶対君主制ということになっております。つまり、この財団法人の決定権は、すべて私にあると言うことになります。私をこの財団法人の長として、そして、絶対君主として認めてくださる方は、お手数をかけますが、ご起立をお願いできますか? 」


 会場の1,000名全員が、一斉に立ち上がった。壇上にいる幹部たちも、同様に立ち上がった。その異様な光景は、一糸乱れぬ帝国主義国家の軍隊そのものだ。


 なぜ、こんな多くの人の前に、私は立っているのだろうか?ちょっと昔の私ならば、こんな表舞台に立つことなど考えられなかった。面と向かって戦うどころか、困難なことから一目散に逃げてしまう。そういう男だったはずだ。


「ありがとうございます。皆さまの意思表示を持って、私をこの財団法人の理事長として認められたと受け止めます。先ほど申し上げたとおり、この財団法人の意思決定は、私がすべてを決める。なにがあったとしても、私の指示に従って頂けると受け取ってもよろしいのでしょうか? 」


 横にいる赤海が、思いがけない私の言葉を聞いて興奮している。自分の傀儡が思う通りに動いて嬉しいのだろうか。満面の笑みで、大袈裟に会場の拍手を先導した。


 先ほどの拍手を上回る盛大な拍手の波が、私のところへ押し寄せてきた。軍国主義の民が、独裁者を受け入れた瞬間だった。


 もう逃げるわけにはいかない。この会場に集まった人のためにも、自分のためにも。


「みなさま、ご賛同をいただき、ありがとうございました。ご着席をお願いします。」


 会員たちは一斉に着席し、再び、静寂が訪れた。皆、我が主人がなにを話すかを待っている。暗闇の中で、会員たちの表情は読み取れないが、期待に胸を膨らませているのだろう。少しでも早く、会場に集まったみんなの洗脳を解かなければならない。たとえ、私一人が悪者になったとしても。ここで、全てを断ち切らなければならない。


「みなさまに、質問をさせていただきたいことがあります。今日、何故皆さんはこの財団法人の名の下に集まったのでしょう? 北陸支部長、お答えください。」


 急に回答を求められた北陸支部長は、飛び上がるように立ち上がった。なぜ、このような質問をしたのかと言うと、少しでも自助努力でこの矛盾点に気付いて欲しかったからだ。支部長は、事務局からマイクを渡され、暫く考えた上でこう答えた。


「そ、それは庄の民の再結集です!!私たちは、同じ一族なのですから。それに、花城理事長が、一族で集まろうと呼びかけたからです。だから、私たちはこうして。。」


「そうですか。私が皆さんに呼びかけたからですね。申し訳ない気持ちでいっぱいです。それでは、我々は一族で再結集して何をするのですか? 」


「なにをするのかと言われましても。後から来たものへの復讐です。我々の祖先からすべてを奪った民族への復讐。この不条理な世の中への革命です。そして、我々の祖先の誇りを取り返すことです!!」


 赤海から洗脳されていることを、やはり、なんの疑問もなく、はっきりと大きな声で答えた。このように、何の関係もない人が、何も疑問を持たずにこのようなことをいうのは、心が痛む。


「よく、言った!その通りだ。こんな腐った世の中を立て直すのだ。人は争ってはいけない。武器も軍隊も放棄しろ。我々は聖なる一族だ。」


 誰かが、暗闇の中から叫んだ。この発言に賛同した人たちが、あちこちから拍手が鳴り響く。会場に集まった人のほとんどが、そう思い込んでいるのだろう。究極の民族主義、平和主義だ。それが、幻想だと言うことは気付いているはずなのに。こんなことに巻き込んで、改めて申し訳なく思った。


「お答えいただき、ありがとうございます。しかしながら、あとから来たもの、現代国家、異民族へのの復讐なんて意味がありません。考えてみてください。どの民族もアフリカを起源として、様々な旅をして進化をしていったと言われています。その間、民族同士で争いを続けてもきましたが、一方で融合も続けてきました。現代では、国境も民族をも超えて、ボーダレスの世界になってきています。どの民族に所属しているかなどを議論しても意味はないでしょう。何千年も昔の話を蒸し返して、誰かに復讐をしたとして、そこには何があるのでしょうか? 」


「理事長、よくおっしゃっていることがよくわかりません。それならば、我々の庄の国とは?この財団法人の目的は?私たちは何のために集結したのでしょうか。理事長がみんなに集まれと言ったのではないですか。私は分からなくなってしまいました。教えてください。」


 北陸支部長は、困惑と不安の表情を浮かべて問うた。先ほどまで役職を与えられて、誇らしげだった前列の彼らも、戸惑いを隠せない。いや、全国から集まった1,000人が、私の言っている真意が分からず、困惑している。


「その通りです。この財団法人の集まる目的など、どこにもないのです。前回の総会で、我が民族を結集させよう、我が民族の誇りを取り戻そうと私は言ってしまいました。すべてが間違いです。みなさんに謝らなくてはいけないのです。申し訳ありませんでした。」


 私は、30秒ほど頭を下げ続けた。会場が、私の様子を見て、ただ事ではないとざわつき始めた。覚悟は出来ている。楪葉と木枯とで出した結論をここで言うことに決めた。


「私が出した結論を申し上げます。この財団法人は、私の権限をもって、今日この場で、解散することとします!!」


「えっ!?どういうことだ。」


 会場に集められた全員が、呆気にとられ、言葉が出ない。暫くの静寂の時間のあと、我に返って会場のあちこちが騒然としてきた。人々が葦の葉のようにざわめいている。


 ある男が、私の立つ壇上まで上がってきた。もちろん、赤海だ。会場を背にして、私の耳元で怒りに満ちた声で囁いた。


「花城。貴様、なにを言っているのか分かってんのか? 気でも狂ったのか?お前、どうなるか覚悟しとけよ。めちゃくちゃにしやがって。絶対に許さんからな。もう、お前はなにも喋るな。ここから、黙って消えろ。」


 赤海は、事務局の司会席までいき、作り笑いをして、会場に語りかけた。


「皆様、申し訳ございません。花城理事長はなにか勘違いをしているようで。庄の国も、この財団法人も解散するわけがありません。突然なことで驚かれたと思います。大丈夫です。改めて皆様にご説明させていただこうと思います。今日の総会は、これで終わりにしたいと……」


 その柔らかな言葉とは裏腹に、傀儡のおもちゃが暴走し始め、赤海は狼狽している。赤海が、手でなにかしらの指示を出したところで、舞台の脇にいた裏方が、総会を終わらせようと動き出した。


「だまれ!! この財団法人は、私が絶対君主なんだろ。私には、ここにいる会場の皆さんに、すべてを説明をする義務があるのだ。私の邪魔をするな。そこで、黙って座ってろ!!」


 私は、壇上で赤海を一喝した。


 引き裂くようなマイクのハウリングが響き渡った。こんな声が、腹の底に眠っていたのだろうか。こんな気持ちが乗り移った声が出るとは、私自身が一番驚いた。会場のざわつきも一瞬にして、鳴り止んだ。



「申し訳ありません。大きな声を出してしまって。それも、内部で見苦しいところをお見せしました。皆さんに謝らなければならないことが、二つあります。一つは、皆様が受けられた遺伝子検査の内容は、正しいものではない可能性があります。この財団法人の前提条件であるY染色体。みなさんは、必ずしもUタイプではないと言うことです。つまり、皆さんをこの財団法人の会員とするために、事務局が解析結果を偽造したということです。二つ目は、収支報告書をご覧ください。財団法人の口座にあるお金のなかに、不正行為により蓄えた資金が混じっていることが判明しました。このお金の一部は、表向きは寄付行為によるものですが、人の弱みにつけこみ、脅迫することにより手に入れたものが含まれていることが、分かったのです。」


 会場はなにが起きたのか飲み込めず、一瞬のうちに、水を打ったような静寂に包まれた。


「おい、お前、何言ってんだ? 花城、や、やめろ!いますぐ、壇上からおりろ。なにもいうな。」


 壇上の私からマイクを取り上げようと、赤海は駆け寄って、胸ぐらをつかんだ。怒りを通り越して、我を忘れて、殴り掛かろうとしてきた。


「もう少しなんだ。もう少しで、私の夢が叶うんだ。お前なんかに邪魔をされてたまるか?私がこのくだらない世の中を変えてやるんだ。お前など、きえろ。消え失せろ。」


 そのとき、会場の暗闇からペットボトルが投げ込まれた。私と赤海の横を矢のように横切った。財団法人で配った庄の国の水だ。ペットボトルの口が開いており、床に叩きつけられた音と同時に、四方八方に水が出てばら撒かれた。


「おい、遺伝子検査が違うってどういうことだ!わたしらを騙したのか?それも、わざわざ、こんなところまで呼び出しやがって。ふざけるな。」


「なんだ、不正行為をやっていたというのは。詐欺師集団め!!」


「我々は、なぜここに集められたんだ!!おかしいだろう。誰が責任をとるんだ。」


 先ほどのようなざわつきのような甘いものではない。騙された民が、怒りの渦となり、激しい怒声を浴びせてくる。暗闇の奥から、次々と投げ込まれたペットボトルが私の肩に当たった。その衝撃にじんわりと痛みを感じた。


「その通りです。みなさん、待ってください。私にもっと説明する責任があります。もう少し話をさせて下さい。よろしくお願いします。」


 まずい。


 完全に私のミスだ。私の説明が、明らかにもの足りなかったため、会場の人たちが暴走し始めた。この内容で終わらせようとは思っていなかったが、甘かった。会場の暴動と怒りは、まったくおさまりそうにない。ニュースで流れる荒れ狂う成人式のようだ。何度、話を聞いてくれと叫んでも、誰も聞いてくれそうもない。

 

 事態を収拾できず、途方に暮れていると、意外な男が立ち上がった。壇上の私を押しのけて、私からマイクを奪い、ゆっくりと話し始めた。


「みんな、一旦、落ち着いてもらえないだろうか? いまは、なにがあったのか、何故ここに集められたのかを知りたいとは思わないか? いま、皆さんに真実を伝えることができるのは、この花城という男だけだ。私は断言する。この花城という男は、騙されていたので何も悪くない。それを自分で責任を取ろうとしているんだ。この男の話を最後まで聞いてやってくれ!! この通りだ。頼む!!」


 意外な男と言うのは、畦地だった。私はなにが起きたのか、全く分からなかった。この男は敵だと思っていたのに。野太い、割れ鐘のような声でそういうと、畦地は頭を深く下げ続けた。さすがに、政治家が頭をさげたとなれば、会場は一旦は静まるしかなかった。


「畦地、お前、まさか裏切るのか!!私が、貴様にどれだけ協力したのか忘れたのか?貴様のために、どれだけの金を使ったのかわかっているのか。もし、我々のやっていたことが表に出れば、あんたもただでは済まないんだぞ。」


 赤海は、畦地のところへ大声をあげながら、詰め寄った。ただ、歳には勝てず、壇上へあがるときに倒れかかったところを、私は赤海の小さな体を取り押さえた。皆が恐れていた男はこんなにも、細くて小さいものなんだと思った。


「は、花城!!貴様、絶対に許さんぞ!!はなせ。ぶっ殺してやる。」


 私に取り押さえられた赤海は、瞳の中の赤い血管まではっきり見えるほどに、私を睨みつけた。畦地は、その痛々しい姿をみて、憐れみながらこう言った。


「赤海さん、もう、あんたの負けだ。もちろん、表に出れば、わしもただでは済まないことは分かってる。ただ、花城が一人で立ち向かう姿を見てな。なにか、全てが馬鹿馬鹿しく思えてきたんだ。これから、花城がこの庄の国をどうやって滅ぼすのかを見たいんだ。いや、庄の国ではないな。あんたのくだらない欲望を滅ぼすのかを。だから、あんたは邪魔だ。この見苦しい老人を誰か抑えておけ!!」


 財団法人の職員が、赤海を引きづりながら、自分の席に着席させて押し込んだ。


「ありがとうございます。畦地さん。なんと言っていいのか……。私は全てをぶちまけますよ。畦地さんにも、泥を被ってもらうかもしれない。だが、こんなくだらないこと、すべてを終わらせませんか?やっぱり、おかしいものはおかしい。」


「わかった。花城、すべてを知ったようだな……。わしも、覚悟はできた。それに、なんだか疲れた。ゆっくりと休みたい気分だ。花城、俺に対しても、許すことができない気持ちでいっぱいだろう。今更、許されるとも思っていない。ただ、ひとつだけ言わせてくれ。最初にあった時から、お前は変わったよ。自分の意思で戦う男になった。あとはお前の思う通りにやればいい。俺ができることはここまでだ。この財団法人の理事長はお前なんだから、好きにしろ!」


 そういうと、私の肩を叩いて、自分の席に着いた。なおも、財団法人の職員に肩を押さえられている赤海は、畦地を睨みつけて、なにかを言っている。


「や、やめろ。私の夢を潰すな。」


 畦地のことは、今でも許すことができない。ただ、そこまで嫌うこともできない男だ。その畦地が、私に最後の道を作ってくれた……。


 私は大きく息を吐き出して、すべてを明らかにしようと覚悟を決めた。会場も、私がなにを話すのかと、再び視線が集まってきた。そのとき、役員席に座っていた楪葉が椅子を荒々しく鳴らして、立ち上がった。


「ま、待ってください。これ以上、花城さんだけを悪者にするわけにはいかない。庄の国の話には、私に責任がある。皆様に、直接お詫びをしなくてはいけない。この件については、私に説明させて下さい。なんとか、よろしくお願いします。」


 赤海は、次から次へと起こる予測不能の展開に、なにが起きたのか分からず、呆然としている。あんなに気弱で、脅せば逃げ出す楪葉が、なにをしてるのだと。ただ、楪葉が壇上に上がるのを見つめている。


「楪葉、貴様まで。お前、なにをいうつもりだ。今までの恩を忘れたのか?俺が、お前を拾ってやったのを忘れたのか?」


「赤海さん。確かに、あなたに拾ってもらった恩はあるのかもしれない。だが、あなたは私を騙し、利用した。許せないのは、私の命である庄の国を汚した。もう、あなたが作った「偽の庄の国」は今日をもっておしまいなんです。いや、我々で終わらせてみせる。」


 楪葉が、事務局に押さえつけられている赤海を睨みつけてから、壇上に上がってきた。いつも、冷静な男ではあるが、顔を覗くと目は泳ぎ、足が震えており、明らかに怯えているのが垣間見えた。


「楪葉さん、大丈夫ですか?」


「大丈夫です。私の撒いた嘘の種は、自分で摘み取ります。偽物の庄の国は、ここで必ず滅ぼす。」


 マイクに声が入らないように、楪葉の耳元で囁いたところ、力強くうなづきながらそう答えた。今の彼ならば大丈夫だ。


「わかりました。それでは、楪葉さんに任せます。よろしくお願いします。」


 そう言って、私はマイクを楪葉に渡して、壇上から降りた。


「庄の国の提唱者として、私からもお詫びをしなければなりません……みなさま、本当に申し訳ございませんでした。」


 楪葉は、10秒くらい頭を下げ続けた。


「私は、幼い頃から庄の国の研究を進めてまいりました。私の実家には、本当に代々受け継がれた古文書があります。ある日、ここにいる赤海は、財団法人の勢力を拡大する道具として、私の研究資料を利用させて欲しいと求めてきました。庄の国への研究資金提供をするという彼の甘い言葉に乗せられて、私は安易に認めてしまいました。その後、財団法人の会員数を増やすために、赤海は皆様の遺伝子検査の解析結果を偽造するという暴挙に走りました。つまり、赤海が利用価値のある者をUタイプの遺伝子を持っているとして、財団法人の会員としたのです。そして、今日ここに集められた。結論を言いますと、皆さんの遺伝子検査結果がどこまで正しいのかさえもわからない状況なのです。そのことを知りながら、私は自分の研究を優先させて、見て見ぬフリをし、皆様を巻き込んでしまいました……」


 会場は、先ほどの暴動が嘘かのように静かに、楪葉の言葉に耳を傾けて傾けている。


「私は庄の民がいたと、今でも信じています。先程、皆様に見ていただいた舞台のとおり、彼らは、争うことが嫌いで、武器をすべて放棄しました。それは素晴らしいことです。だけど、彼らは正しいものを守るために戦う勇気さえも棄ててしまったのかもしれません。私はその弱虫の一族の末裔です。赤海の甘い誘惑に乗ってしまった私は、ただの弱い男です。実際には大学教授でもなんでもありません。ただの大学講師なのです。私は皆さんを騙しながら、現実から目を背けて、逃げ続けていました。しかしながら、正しいものを守る為に、戦う勇気を教えてくれたのが、この花城さんなのです。皆様をこんなことに巻き込んでしまいました。許されることではないのかもしれませんが、本当に申し訳ありませんでした。」


 楪葉は、自分の弱さと過ちを素直に認めて、謝罪した。その様は潔く立派で、私の心配は全くの見当違いだった。その楪葉が、木枯に壇上に上がるように促した。顔が緊張で強張って蒼ざめており、足が震えている。これでは、とても話すこともできないだろう。しょうがない。私が代わりに説明するしかないと思った。そのとき、楪葉が私の行先を制した。


「花城さん、木枯を信用して頂けないですか。彼も必死に戦おうとしているのです。今までの自分を変えようとしているんです。お願いします。一人でできるよな。」


そう言って、木枯を諭すように言った。木枯は顔つきが急に変わって、強くうなづいた。


「大丈夫です。私もあなたたちと同じ血を引いてます。心から誇りに思います。私だけ逃げるわけにはいけませんから。」


 木枯は、これまで見たことのない笑顔をみせた。これまで、取り憑かれた悪霊が去ったかのように落ち着いた表情だった。そのまま、楪葉にかわり、壇上に上がった。


「私はこの財団法人の経理をしております木枯と申します。この度は、皆様にご迷惑をかける結果となりまして、誠に申し訳ございませんでした。……私は経理担当者として、わかる範囲のことをすべて申し上げます。この遺伝子検査の解析結果を偽造したことは、楪葉が申し上げたとおりです。それに加えて、財団法人の役員である赤海は裏のビジネスをやっておりました。具体的には、遺伝子結果を偽造し、弁護士とともに恐喝紛いのことをやっておりました。表面上は寄付行為とはなっておりますが、人の弱みに付け込んで搾取した金が財団法人の資金のなかに入り混じっていることを、この場でお話しします。経理を預かるものとして、それを知りながら、私は見て見ぬ振りをしました。私も同罪です……」


 木枯は怖かったのだろう。彼は赤海を相当怖がっていた。私と同様に、あの男に脅され、洗脳されていたのだ。だが、木枯は見事に乗り越えた。木枯は、蹲るように頭をさげながら、涙を流している。その様子をみて、私にも胸に込み上げてくるものがあった。


 泣きながら頭を下げ続ける木枯の背中をさすって、私は再びをマイクを持った。隣には、すっきりとした表情の楪葉がいる。


「皆さまをこのような事に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。私ら三人は相談した結果、責任を取らなければならないことは、責任を全うし、必要ならば罰を受ける覚悟はできております。この財団法人は、ここで解散させます。この財団法人で溜め込んだお金は、違法性の高い返還すべきものは、わかる範囲で返還の手続きをすでにとっております。不明金の残り全額をアフリカの恵まれない子供たちに寄付することにします。それでよろしいでしょうか? 」


「な、なにを言ってるだ。あれは、俺が貯めた金だ。や、やめてくれ!俺がどれだけ苦労して、金を集めたのか分かっているのか?勝手にやりやがって。木枯、金をさっさと取り戻せ。」


 赤海は老体もちぎれるような、叫び声をあげた。その叫びは、赤海の金への執念と怨念が入り混じっているかのようだった。


「いいじゃないか。この組織は、寄付団体だ。もともとは、人類はアフリカで生まれたんだ。そこに戻すのは当たり前のことだ。おれは、賛成だ!!」


 畦地が豪快な笑い声をあげて、拍手をした。


 その大声に釣られるように会場からも、わずかだが拍手が続いた。その拍手を聞きながら、少しは許されたような気がして、幾分か気分が軽くなった。


「や、やめてくれ。俺の金を返してくれ。もう、金のない人生に戻るのは嫌だ。花城、高性能水処理システムも俺に返してくれ。この泥棒野郎。」


 赤海の断末魔のような叫び声が鳴り響いた。なぜ、この場で高性能水処理システムが出てくるんだろう。気でも触れたか。この男が、どのような人生を歩んできたかは知らない。なぜ、ここまで金に執念するのだろうか。哀れに思ってくる。


「ただいま、アフリカの寄付金口座への振込手続きを完了しました!!」


 パソコンのネットバンキングを操作した木枯が叫んだ。


「木枯さん、ありがとう。みなさま、アフリカへの恵まれない人達への寄付は終わりました。これで、財団法人は解散させます。皆様を巻き込んで、本当に申し訳ありませんでした。」


 これで終わった。偽の国家であった『庄の国』は滅んだ。私はマイクを置いて、頭を下げた。


 会員たちが、席を立ち、帰路につこうとした。最後の会員が会場から出て行くまで、私は頭を下げ続けようと思った。楪葉も木枯も同じ気持ちのようだった。


 そのとき、会場の天井から、一枚の桜の花びらがひらひらと舞い降りてきた。本物の桜ではない。匂いも何もないデジタルの桜だ。


「あ、綺麗。サクラだ!!」


 子供達が歓声をあげた。いくつものピンクの花びらが舞い降りて、花吹雪のように綺麗に舞っている。


 そういえば、映像プロデューサーに合図を出すのを忘れていた。彼が気を利かせて、散り時を悟って、このデジタルの桜を降らしてくれたのだろう。


 このデジタルの桜も遺伝子も、実像が見えないという事では同じだ。


 虚像の庄の国は、こうして滅びた。

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