第4話 自らに向けられる視線の意味が大きく変わったことを感じた日 Part2

排気口に吹き付ける強い風の音と、上階から聞こえてくるかすかなタイピング音と話し声を聞きながら、自宅のリビングで今日の出来事を反芻しながら言語化を試みている。



「在宅勤務の今後の方針について、来週の定例ミーティングで他のメンバーも含めて話し合いたい。他にもすでに週に複数回在宅勤務をしている人がいるので、コミュニケーションのあり方や在宅勤務申請のルール、評価の仕方などを整備したいので」


そんな内容のメールが、上長から私に送られてきたのが今日の午後のこと。


胸がざわついた。


このメールを見た時、一瞬で様々な思考が脳内を去来した記憶がある。その時の状況を一言で表現すると、「胸がざわついた」になるような気がする。


昨日、一度は上長に認められた在宅勤務。自分がHSPであるということにも、HSPという”説”そのものにも、未だに確信を持つことができないではいるものの、自分はHSPである可能性が高いという感覚は大きくなりつつある。


そして、第3話でも述べたように、もし私がHSPなのだとしたら自宅で働く方が刺激を減らすことができ、メンタル面の安定につながる。そのため、自宅で仕事をする頻度を増やせば、ストレスが軽減され、不眠も治るかもしれない。昨日、上長に在宅勤務を認められた時にはそんな風に少しばかり明るい未来を描いていた。


しかし、件のメールによってそれが少々怪しくなってきた。


だから焦った。


(もしかすると、在宅勤務ができなくなってしまうかもしれない…。あるいは、仮に在宅勤務を認められるとしても、何か今よりも厳しいルールが設けられてしまうかもしれない…)


そんな考えが脳内を駆け巡ったからだ。


それよりも何よりも、昨日のやり取りを経て件のメールを受け取るに至って、上長が在宅勤務に対して”やはり”肯定的ではないという”事実”を図らずも再確認してしまったことが大きい。今こうやって今日の出来事を脳内で反芻する中で、それが自分にとって一番の気がかりであることを再認識したと言える。


上長は在宅勤務を、少なくとも肯定的には捉えていない。当然だ。部下が自宅で仕事をするとなれば、オフィスで仕事をしているときよりも目が届かなくなる。それが、現実的にどうかはあまり関係がない。上長自身が心理的にそう感じるかどうかが問題だ。そして、そのように感じた結果、「サボっているんじゃないか?」「本当は隠れて副業をしているんじゃないか?」「本当はもっと効率的に仕事ができるんじゃないか?」といった懸念を抱くのは至極自然なことだ。だからルールで縛らなければならない。評価制度を厳しくしてサボらないようにしなければならない。Web会議を常時接続して監視できる状態にしておかなければならない。当然だ。管理者として当然の考えだ。


そして、私は私のなかでこのような”事実”に考え至ったことで、在宅勤務をすることによって私に向けられる上長の視線がこれまでとは異なったものになるであろうということを感じた。いや、むしろ在宅勤務をしたいという希望を伝えた時点において、すでに異なったものになってしまったのだろう。


より厳しく。より厳密に。今以上の結果を。なぜなら、在宅勤務という希望を通してあげるのだから。オフィス勤務という一般的、常識的なルールを逸脱して働くのだから。


当然、上長から件のメールがきたということ以外は、すべて私の想像だ。”事実”と表現したものの、それは私が”事実”として認識してしまったという意味であって、実際には想像の産物でしかない。


しかし、件のメールを受け取ってから私の脳内では思考の波が止まらなくなってしまった。

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