7-13.ヴィーナシアンの花嫁

 そんなラブラブな俺達にあてられたのか、美奈ちゃんが言った。


「いいわねぇ、私も結婚したいな~!」

 

 それを聞いたマーカスは、美奈ちゃんにそっと近寄ると、ヒョイっと持ち上げてお姫様抱っこをした。


「うわぁぁ!」

 美奈ちゃんが驚いて声を上げる。

 

『え? ちょっとマーカス何やってんの!?』


 金星人ヴィーナシアン持ち上げるのはさすがにマズいだろう。

 俺が青くなっていると、マーカスは笑顔で美奈ちゃんをじっと見ながら言った。

 

「Will you marry me?(僕と結婚してくれるかい?)」


 いきなりのプロポーズである。

 みんないきなりの出来事に唖然としている。

 

 美奈ちゃんは最初は何が起こったのか、気が動転していたようだったが


「ちょっと! 降ろしなさいよ!」 そう言って、扇子をくるくるっと回す。


 が……何も起こらない。


 焦る美奈ちゃんを、微笑みながら真っすぐ見つめるマーカス。

 

 美奈ちゃんは今度は扇子を少し開いて、パチンと音を立てて閉じた。

 でも、何も起こらない。


「え? なんで???」


 美奈ちゃんは、驚いてマーカスを見る。


 執事も儀仗隊の皆さんも、一体何が起こったのかと驚き、成り行きを見つめている。彼らの知る限り、理論上最強の美奈ちゃんのイマジナリーが、キャンセルされた事など、今まで一度もなかったのだ。

 

 マーカスは依然として余裕の微笑みで、美奈ちゃんをじっと見つめる……。


 そしてゆっくりと言った。


「I am a Mercury, the manager of Venus.(私は水星人マーキュリー金星ヴィーナスを管理する管理者アドミニストレーターだ。)」

 

『はぁ!?』


 その場のみんなが凍り付く。


「Take a look!(見てごらん)」

 そう言ってマーカスは透明な壁の方へ移動すると、いきなり激しい波しぶきが、チャペルの向こう側からぶつかってきた。


「うわぁ!」

 驚く美奈ちゃん。


「Don't worry.(大丈夫) 」

 そう言って、マーカスは優しく美奈ちゃんに微笑んだ。


 チャペル全体が波に洗われ、徐々に水没していく。

 一体何が起こっているのか、俺たちは唖然としながら推移を見守った。


 波しぶきが去っていくと、チャペルはサンゴ礁の海の中にいた。

 鮮やかな熱帯魚たちがチャペルの周りを包む。

 全面透明なチャペルは、まるでダイビングをしている時のように、海中をぐるりと見渡せる。

 上には青い海水越しに燦燦さんさんと輝く太陽があり、波で陽射しが揺らめいていて心地よい。


「もしかして……ここは水星マーキュリーなのかな?」

 ひそひそ声で、由香ちゃんが俺に聞いてくる。


「そう……みたいだよね。僕たちの地球から見た水星マーキュリーは、灼熱で水のない星だけど、マーカスの水星マーキュリーは水の星なのかもしれないね」

 

 チャペルは徐々に沖の方へ移動し、海中深く潜っていく。


 すると、10mはあろうかという巨大なエイがやってきて、チャペルの上で一回転をし、チャペル内にどよめきが起きた。まるで俺たちを歓迎してるみたいだ。


 続いて2mはあろうかという細長い魚、バラクーダの群れがやってきてチャペルを包んだ。1000匹以上いるのではないだろうか、チャペルは異様な雰囲気に包まれる。


「あはは、すごいわね!」

 美奈ちゃんは喜んでいるようだ。

 そんな美奈ちゃんを、優しく見つめるマーカス。


 チャペルはさらに沖に行く。

 すでに深度は100mはありそうだ、もはや暗闇である。

 すると向こうの方から、ぼんやりと明かりが近づいてきた。


 PINGピーン


 いきなり大きな音がチャペルに響く。

 みんなに緊張が走る。


「え? なんなのこれ?」

 由香ちゃんが聞いてくる。


「これは……潜水艦の探信音……じゃないかな?」

「じゃぁ、あの明かりは潜水艦かしら?」

「うーん、そうかも知れないね……」


 明かりは徐々に近づきながら、チャペルのそばをゆっくりと移動していく。

 目を凝らしてよく見ると、なんとそれは、高層ビル群だった。

 

 いきなり海中から現れたのは、ガラスで覆われた巨大な潜水都市だったのである。

 そこには高層ビル群があり、宮殿があり、庭園があり、森があり、森の上には雲すらかかっていた。


 俺たちは唖然とした。なぜ、海中に都市があるのか? それも潜水艦の様に動き回るとはどういうことなのか……。


 マーカスは

「It's 『Heracleion』, my home town!(ここが僕の故郷『ヘラクレイオン』さ)」

 そう言って、得意げに美奈ちゃんに紹介した。

 美奈ちゃんは大きく目を見開きながら言った、

「Incredible!(すごい!)」


 金星人ヴィーナシアンもビックリですよ。


 チャペルがさらにヘラクレイオンに近づいていくと、全貌が見え始めた。

 高層ビル群には明かりが灯り、多くの人が活動しているようだ。

 宮殿は3階建ての豪奢な建物で、水色の壁面が印象的。ちょうど大きな白い鳥の群れが宮殿の上空を飛んでいるのが見える。

 美しく、文化豊かで機能的に見える都市だ。ただ、なぜそれを潜水艦の中に作ったのだろうか?

 水星人マーキュリーの考えることは、よくわからない。


 マーカスが優しい笑顔で言う。

「Why don't we live together in this palace?(この宮殿で一緒に暮らそうよ)」


 美奈ちゃんは、マーカスの目をじっと見つめる。

 マーカスもじっと見つめ返す。


 二人の世界が展開される。


 神様の神様と、そのさらに神様の、神話に出てくるようなシーンだ。俺たちは静かに見守る。


 やがて美奈ちゃんは笑顔となり、マーカスの首に両手を回す。

 

 そして、マーカスにキスをした。


 熱く情熱的なキスだった。


 やがて離れ、美奈ちゃんはマーカスの目をじっと見て言った、


「Of course, YES!(もちろん、いいわ!)」

 

「うおぉぉぉ!」「キャ──────!!」「congratulations!!!(おめでとう)」「congrats!!!(おめでとう)」


 ジャーン♪ ジャージャ♪ ジャン♪ ジャン♪ ジャン♪ ジャン♪


 儀仗隊の皆さんによる祝いの演奏が、高らかに始まった。

 

 なんだよ、おめでたい事が連鎖してしまった。


 すると、100人くらいの人魚が現れてチャペルを囲んだ。みんなこちらに手を振っている。

 そしてシンクロナイズド・スイミングの様なダンスを始めた。


「わー! 素敵!」

 由香ちゃんが思わず声を上げ、キラキラした瞳でダンスを楽しむ。

 人魚たちのダンスは整然として、でも情熱的で、祝福の温かい想いが伝わってくるようだ。


 見とれていた由香ちゃんが、いきなりポンと手を叩いて言った。

「分かった! これって竜宮城なのね!」

「竜宮城?」

「海中に宮殿があって、『タイやヒラメの舞い踊り』なんでしょ?」

「あー、言われたら同じニュアンスだね」

「って事は……」

「地球に帰ったら100年くらい経ってるって事……?」 

「それは……困るわ……」

 思わず青くなる由香ちゃん。


 すると、横で聞いていたマーカスが笑って言った。

「ダイジョブ! スキナ ジダイニ オクッテ アゲル!」

 俺は驚いた。

 好きな時代って……過去でも未来でもって事……? なんだよね?

 さすが水星人マーキュリー、とんでもない技術力だ。


「えっ、そしたら織田信長の時代に……」

 と、とんでもない事を言い出す由香ちゃん。いくら歴女でもそれはない。


「ダメ! ダメダメ! 戦国時代で新婚生活は無理!」

 俺は必死に否定する。

 マーカスも美奈ちゃんも、そんなやり取りを見て笑っている。


「えー、新婚旅行に安土城とか、最高だと思ったのに……」

 残念がる由香ちゃんだが、例え旅行でも現代人が戦国時代をフラフラしてたら、簡単に殺されちゃう。やっぱり現代がいいよ。



         ◇



 それにしても、この仮想現実空間の入れ子の連鎖は、どうなっているのか?


 マーカスが金星ヴィーナス管理者アドミニストレーターって事は、金星ヴィーナスで見聞きしたものは全て、水星マーキュリーの上にあるコンピューターが作ってる仮想現実の産物、という事になる。

 

 金星ヴィーナスの存在にすら驚かされたのに、まだ先があったのか……

 

 世界は


 水星マーキュリー

  ↓

 金星ヴィーナス

  ↓

 海王星ネプチューン

  ↓

 地球


 と、入れ子構造になって創造され、管理されてきたという事らしい。

 

 つまり150万年ほど前に作られた水星マーキュリー上のコンピューターで作られたのが金星ヴィーナス

 そして100万年ほど前に金星ヴィーナス上のコンピューターで作られたのが海王星ネプチューン

 さらに60万年ほど前に海王星ネプチューン上で作られたのが地球……

 

 なぜ、こんな事になってしまっているのか……。

 

 地球から見たらマーカスは神様の神様の神様……すごく偉い。

 そんな偉い超神様が、うちの地球でエンジニアやってるとは、想像もしなかった。


「なぜ地球に来たの?」

 俺はマーカスに聞いてみる。


「ミナチャン ニ アウ タメ」

 そう言って笑う。


「Really? (本当?)」

 美奈ちゃんは、マーカスの腕の中でそう言って、嬉しそうに笑い、マーカスに軽くキスをする。


「ソレト カセイジン ト ハナス チャンス ホシイネ」


『火星人!?』

 水星が終わりではなく、さらに上があるらしい。


 マーカスによると、こうやってお祭り騒ぎをすると、見てくれるらしいのだ。仮想現実空間は無限に作れる訳ではない。動かすエネルギーの総量は決まっているので、その割り振りを上位階層の人に認めてもらう事が、死活問題だそうだ。

 エネルギーを割り振るメリットがある、と思ってもらえないと、いつの間にか消されてしまうらしい。

 なるほど、それは深刻だ。


 それにしても火星人か……。どこでどうやって、見ているのだろうか……。


 いや……、ちょっと待てよ――――


 俺は、何かが心に引っかかった。


 火星人は……Martianだったよな? Martian……。

 マーティンはMartin……まさか……


 俺はそーっとマーティンを見ると……こっち見てウィンクしてる!


『え!? まさか、本当に?』


 マーティンが指をパチンと鳴らすと、たくさんの光る花びらが宙から降り注ぎ、俺達を包んだ。

 水星マーキュリーでイマジナリーを使えるのは、水星マーキュリー以上の階層の神様だけ。

 という事はやはりマーティンは火星人マーシャンの神様!?


 冴えない、赤毛がボサボサのハッカーが、少なくとも100兆人(100000000000000人)規模の、膨大な人たちの頂点に立つ神様だったとは……。きっと彼の指先一つで、100兆人をこの世から瞬時に消し去る事も可能だろう。


 とんでもない、神様の神様の神様の神様がこんな身近にいたとは、全く想像もできなかった。


 マーカス、君の友人が、君の探し求めてる火星人だったよ……。うちのチームに神様が4柱もいたよ……。


 圧倒されてる俺の隣で、由香ちゃんが無邪気に喜ぶ。


「うわぁ、綺麗!」


 真紅、クリーム、オレンジの薄い花びらの嵐が、光を纏いながら俺達を包み、チャペルの中は芳醇なダマスクローズの香りに満ちた。

 儀仗隊の演奏も最高潮に達している。


 マーカスはなぜ花びらが舞っているのか分からず、上を向いて困惑した表情を浮かべ、マーティンは、そっと唇のところに人差し指を立て、俺にウィンクした。『秘密だよ』って事だろう。マーカスが鈍いのか、マーティンが巧みなのか……。


 それにしても火星マーズがあるとしたら、さらに上の階層も幾らでもあるのではないだろうか? 一体この連鎖はどこまで続いているのか?

 俺は舞い散る花びらの中、まるでマトリョーシカの様な宇宙の構造にめまいを覚えた。

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