最強の章 ~本選~

Data.167 弓おじさん、本選開始

『それでは本選の詳しいルールを説明するにょん!』


 トーナメント開始前にチャリンが再登場する。

 こんな直前まで詳しいルールが説明されてないとは流石だ。


「それもまた面白い……!」


 と、強者っぽい独りごとを言っておこう。


『といっても、複雑なルールは一切ないにょん! 勝利条件は相手パーティの全滅! 制限時間は30分! 30分以内にどちらのパーティも全滅しなかった場合は、生き残っている人数が多い方が勝利だにょん! 同数の場合はサドンデス! 誰かがキルされるまで戦いは続くにょん!』


「ほぉ、これはなかなかテンポよく試合が進みそうだな」


 サドンデスに突入した場合はマップの使用が可能になり、そこに敵と味方の位置が表示されるらしい。

 逃げ回ったり隠れたりして試合を遅延することは難しそうだ。

 なお、スキルなどの効果で姿を隠している場合はマップに表示されないらしいので、隠密戦術が役に立たなくなるわけではない。

 また、分身やダミーはマップにプレイヤーとして表示されるため、マップのせいで偽物と見抜かれることはない。

 むしろ、相手をより混乱させることが可能だ。


 とはいえ、俺たちの場合はサドンデスに突入する前に敵を倒すのが好ましい。

 俺は長射程スナイパーだし、常に位置がバレていたらおちおち狙撃も出来ない。

 頑丈な前衛職がアンヌしかいない以上、敵との正面衝突は不利だ。


 反撃を食らわない位置から倒す。

 または位置を悟られないうちに倒す。

 基本戦術はここでも変わらないな。


『戦闘を行うフィールドは複数存在して、試合ごとにランダムで決定されるにょん! 森林とか水辺とか岩山とか、古風な街とか近未来的な都市までいろいろあるにょん! でも、どれも戦局を大きく左右するほど特殊なギミックはないから安心してほしいにょん! トラップとかモンスターは当然存在しないにょん!』


 試合ごとに戦うフィールドが変わる……か。

 それに加えて、バトルのスタート位置も毎回変わるらしい。

 パーティ全員が近くに配置されることもあれば、散った状態で配置されることもあるとか。

 どちらにせよ相手パーティとはある程度距離をとって配置されるみたいだが、場合によっては味方と合流する前のソロの状態で敵と戦うことになりそうだ。


 これは運要素が大きく絡むし、不公平じゃないか……という意見もあるだろう。

 俺からすれば、むしろこれが公平だと思える。

 例えばフィールドが1種類で、そのフィールドが平原だとしよう。

 障害物が少ないので隠れることが出来ないし、奇襲は難しくなる。

 俺の狙撃も高台がなければ完全な力を発揮しないだろう。


 逆に有利なのは正面衝突を得意とするパーティだ。

 高火力や高防御のゴリ押しが非常にやりやすい。

 決勝まで同じフィールドだと、こういうパーティがずっと優遇されることになる。

 だから、ランダムで毎回フィールドが変わるシステムは公平なんだ。


 スタート位置が毎回変わることにも同じことが言える。

 常に同じ場所から戦闘が開始されるならば、スタートと同時にそこを攻撃出来るプレイヤーが有利過ぎる。

 例えば、やたら射程を伸ばしてるプレイヤーとか……な。


 そう、これは俺の狙撃対策なんだ……!

 敵の位置さえわかれば【浮雲の群れ】で空に陣取って攻撃が出来るし、逃げられてもその移動ルートを監視できる。

 俺にとってあまりにも有利過ぎる!


 まあ、俺のためだけにこのルールを作ったと考えるのはうぬぼれかもしれない。

 でも、このルールのせいで少し俺の動きが抑えられていることは確かだ。


『最後に! 試合で使用したアイテムや、奥義やミラクルエフェクトのクールタイムは試合ごとにリセットされるにょん! だから、先を見据えて温存する必要はまったくないにょん! 1つ1つの試合を全力で戦うにょん!』


 それはありがたいな。

 戦闘中にずっと先のことを考えられるほど俺は要領が良くない。

 目の前のことに全力! それがちょうど良い。


『ではでは! 本選トーナメント1回戦第1試合! 『Gamingゲーミング Crocksクロックス』VS『VRHARヴァルハラ』! 選ばれたフィールドは……神聖なる森!』


 観戦用のモニターに神々しい光が差し込む森が映る。

 デッカイ鹿とか精霊が出てきそうな森だ……!


『両パーティをバトルフィールドへ!』


 モニターがさらに増え、それぞれのプレイヤーを個別に映す。

 これなら全員のプレイングを観戦することが出来る。

 この試合……ボーっと見ているわけにはいかない。

 少しでも『VRHARヴァルハラ』の情報を手に入れるんだ……!




 ◆ ◆ ◆




 思い返してみれば、開始前から結果はわかっていたのかもしれない。

 俺はなんとか『VRHARヴァルハラ』の情報を手に入れようと意気込んでいた。

 つまり、『Gamingゲーミング Crocksクロックス』はここで敗北すると無意識に思っていたんだ。


「8分か……」


 結果はVRHARヴァルハラの勝ち。試合時間は8分。

 VRHARヴァルハラ側は全プレイヤーが生き残った状態での勝利だった。


 さらに言えば、VRHARヴァルハラ側で戦闘を行ったのはノルドのみ。

 他のプレイヤーは武器すら出さずにフィールドをうろうろしているだけだった。

 唯一、グリムカンビという仲間だけは音の鳴らない横笛をひたすら吹き続けていたが、それが攻撃になっているようには見えなかった。


「攻撃ではないけど、あの笛が何らかの情報をノルドに伝えて、戦闘をサポートしている可能性はあるな……」


 悪くない推測だと思う。でも、証拠が足りない。

 たった1試合で情報を探り切れるとは思っていなかったが、ここまで謎とは……。

 連れているユニゾンの姿すら確認できなかった。

 だが、これでめげずに『VRHARヴァルハラ』の試合は欠かさず観戦しよう。


 いや、出来ればすべてのパーティの試合を見よう。

 これから戦う可能性がある相手の情報は何でも手に入れておきたいからな。


 こうして、俺たちは情報収集のために試合を見始めた。

 でも……これがとっても面白い!

 圧勝もあれば、手に汗握るギリギリの戦いもある。

 いつしか当初の目的を忘れ、純粋にバトルを楽しむ観客になっていた。

 それこそ、自分が選手だということを忘れそうなくらいに……。


 でも、俺は思ったよりも選手の心構えが出来ていたようだ。

 出番が迫ると、自然とそちらに意識が集中し始めた。


「みんな、準備はいいか?」


 共に頂点を目指す仲間たちは静かにうなずいた。

 いよいよ、始まる。

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