Data.154 弓おじさん、あの頃のように

 朝……。

 身支度を整えた俺は、緊張の面持ちでPCを立ち上げた。

 ついに『第1回NSO最強パーティ決定戦』の詳細が発表される日が来たのだ。


 時刻は午前7時……のちょっと前!

 生放送は7時ジャストに始まる。

 『黄道十二迷宮』が発表された時もこの時間だったな。

 俺は健康的なゲーマーだから無理せず起きることが出来たが、徹夜ゲーマーや昼夜逆転ゲーマーには苦しい時間帯だろう。


 ……ソワソワするなぁ。

 時間までに何か動画を見たり音楽でも聴こうか……。

 いや、なんとなく気分じゃないな。

 今回は神妙にその時を待つとしよう……。


 生配信のコメント欄は盛り上がっている。

 無数の言葉の流れの中に『キュージィ』とか『幽霊組合』という単語が結構な頻度で混じっているのを、俺は見逃さなかった。

 前回のイベント『黄道十二迷宮』にも一部プレイヤー同士の対戦要素があったが、それは本来のMMORPGとしての対戦とはかけ離れたレースゲームだった。

 今回はバトロワや陣取りに近い完全な対人戦が予想される。

 ならば、対人戦やチャリン戦で結果を残してきた俺や幽霊組合の名前がコメントされるのも当然だろう。


 こうなってくると、流石に俺もプレッシャーを感じる。

 有名人らしく振舞おうとか、みんなに楽しんでもらえるようなプレイングを見せようとは思わないが、無様に負けたくないという気持ちは芽生えてくる。

 この無様にというのはプライドから来るものというより……なんだろう?

 俺自身、全力を尽くして戦いたいという気持ちの裏返し……だろうか。


 やれることをすべてやって、持てる力のすべてを出し尽くして負けるなら問題ない。

 でも、例えばちょっと前に作ることが出来るようになった『再生薬』みたいな、他のプレイヤーのほとんどが使うポピュラーな回復アイテムすら準備せずに、それが原因で負けてしまったのなら、それは無様だ。

 1人のプレイヤーとして俺を応援してくれている人もガッカリさせるだろうし、自分自身悔いが残る。

 これが超絶廃人プレイでしか手に入らない激烈レアアイテムの差で負けたり、何十年も鍛え続けた極のプレイングで負けるなら……まあ、仕方ないだろう。

 また、今度リベンジしようと思える……。


『じゃじゃーん! NSO公式チャンネルの生放送が始まるにょん!』 


「うわっ!?」


 物思いにふけっていたので、PCから急に音が出てビビった……。

 前の生放送の時も音にビビっていた気がする……。

 だが、この声の主についてはよく知っているし、もう語尾に関してツッコむこともない。


『知ってる人は知っている! 今となっては本当に結構な人が知っているはず! 『Next Stage Online』さんとコラボして『黄道十二迷宮』というイベントを開催してもらった人工知能アイドルのチャリンだにょん!』


 もはや顔なじみと言える高性能AIのチャリンが画面に現れる。

 いやぁ、人って慣れるものだなぁ。

 初見はこの見た目と語尾に驚いたが、今となってはすべてがしっくりくる。


『あぁ……長かった私のイベントもついに終わりの時を迎えるにょん。日が昇れば星が見えなくなるように、私もこのNSOの中で見ることは出来なくなるにょん……。つまり、お別れの時だにょん……。私の本業の方に遊びに来てくれたら話は違うんだけど……』


 チラチラッとチャリンがこちらを見てくる。

 そうか、コラボイベントが終わるということは、彼女とゲーム内で会う機会もなくなるってことか……。

 それはちょっと……いや、結構寂しいなぁ……。


『と、いうことでバイバイにょ~ん!』


 お別れ早くないっ!?

 チャリンはぴょんっと横っ飛びで画面外に消えたかと思うと、反対側の画面外から再び姿を現した。

 画面と端と端が繋がっているアクションゲームのように……!


『まあ、さっきのは冗談で……。私ことチャリンは今回のイベント『第1回NSO最強パーティ決定戦』でも司会や実況を担当することになったにょん!』


 おお、それはサプライズだな……!

 よほどコラボイベントの評判が良かったのか、NSOの運営に司会などが出来る人材がいないのか。

 どちらにせよ、まだチャリンとお別れせずに済んだのはかなり嬉しいなぁ。


『茶番はこれくらいにしてイベントの詳細情報を発表するにょん! まず、参加条件は4人パーティであることのみ! 勝てるかどうかは置いといて、全員始めたばかりのレベル1でも参加は出来るにょん! ただ、ソロやデュオなど4人未満での参加は受け付けていないにょん!』


 参加のハードルが思ったより低いな。

 優勝のハードルが恐ろしく高いから、何万人参加しようが問題ないということだろうか?

 でも、優勝を決める過程が冗長になりそうな気がするんだよなぁ……。

 あ、プレイヤーのレベルに応じた階級分けがあるのかも。


『実力に応じたクラス分けのようなものはなくて、全パーティが同じ状況で戦うことになるにょん!』


 ……そうくるか。

 最強を決めるイベントなわけだから、まだ弱いプレイヤーに向けた配慮は一切不要ということだな。

 確かに始めたばかりのプレイヤーに大金と栄光が転がり込むよりは、長くNSOを遊び、やりこんでくれたプレイヤーにそれらの賞品が贈られる方が運営としても気分が良いだろう。


『ここでパーティ構成に関する補足があるにょん! プレイヤーは4人が最大だけど、ユニゾンは5人目の枠として1体だけ入れることが可能だにょん! このユニゾンに関してはいてもいなくても参加に関しては関係ないにょん! 不要ならばナシというのも選択肢のうちだにょん! また、ユニゾントレーナーなどの職業の特権によってパーティに加えられたユニゾンと5枠目のユニゾンは干渉しないにょん!』


 つまり、ガー坊を戦いの場に連れていくことは可能だってことだな……!

 それにサトミのユニゾンとも干渉しない。ガー坊とゴチュウ、2体とも一緒に戦える。

 ネココが4人目のギルドメンバーを探し始めてから少し気がかりだったガー坊のポジションがこれで明確になったな。

 装備を一新してスキル奥義を増やした甲斐がある!


『次にアイテムに関することだけど、今回も私との戦いの時と同じように『持ち物制限』があるにょん! イベントに持ち込めるアイテムは10種類まで、同名アイテムは10個まで! 装備も消費アイテムも同じく1枠を消費するからよーく考えるにょん!』


 これはまあ予想通りだな。

 回復アイテムをいくらでも持ち込めるとみんなちまちま逃げて回復するから戦いのテンポが最悪になる。

 スピーディかつ緊張のある展開にするためにも、なんらかの制限は絶対に必要だ。


『そして! みんなが一番気になっている試合のルールだけど……イベント当日まで発表しない方針になったにょん! サプライズってことらしいにょん! 文句は直接運営に言ってほしいにょん!』


 流れるような責任転嫁……いや、チャリンは雇われ司会だから最初から責任はないのか。

 それにしても、ルールの発表ナシはいろんな意味でサプライズすぎるだろう……。


『1つだけ言えるのは、陣取りみたいなガチガチの特殊ルールではないってことだにょん! シンプルかつ、テンポよく数を減らして本選につながるような予選が……あっ! 予選と本選があるって言っちゃったにょん! まあ、いいか! もうちょっと喋るにょん!』


 かなりわざとらしい口の滑らせ方だったが、もうちょっと情報を出さなければ生配信の低評価が増えてしまうところだった。

 やはり、人工知能アイドル……そこらへんのことはわかっている。


『ぶっちゃけ本選は1つのパーティ対1つのパーティ……構成によって多少の差はあれど基本4対4のバトルになるにょん。相手のチームを全滅させた方が勝ちにょんね』


 ぶっちゃけすぎだ……!

 それがまさに『ルール』だろ……!


『でも予選はすこーし違うにょん! 対人戦なのは間違いないけど、ルールがシンプルかつサクサクプレイヤーが脱落して、最終的にこちら側が望む数のパーティを残せるルールと言えば……わかるにょんね?』


 ああ、幽霊組合にとってなじみが深い『アレ』か。

 ……あってるかな?


『あ! ヤバい! 余計なことをたくさん喋ったせいで生放送の時間が終わろうとしているにょん! えーっと、予選の開催は2週間後! それまでにエントリーを済ませておくといろいろスムーズだにょん! あと、『黄道十二迷宮』も予選の開催まで、つまり2週間延長して開催することが決定したにょん! 諦めずにMEメダルを取りに来るにょん! 相手をしてやるにょん!』


 すごい早口だ……。

 俺的にはあの『言わなくていいことを言ってしまった感』は演技で、運営は最初からあそこまでの情報を公開する算段だと思っていたが、まさかガチか……?

 チャリンならあり得るのがすごいところだ。

 AIの反乱はすでに起こっているのかもしれない……!


『詳しくは公式サイトをチェックだにょん! じゃ、ばいばいにょ~ん! ……はぁ、間に合った』


 生放送は終わった。

 コメント欄は大盛り上がりだ。

 演技かガチかは置いておいて、チャリンがエンターテイナーだということは確かだ。

 ただのイベントの詳細発表なのにハラハラドキドキさせてもらった。


 戦いは2週間後……。

 ハッキリ明言されると、新たなイベントが始まるという現実感が急に強くなった。


「楽しみだなぁ……!」


 生放送の前はいろいろ考えていたが、放送が終わって最初に出てきた言葉がこれだ。

 そう、楽しめばいいんだ。

 『Next Stage Online』に初めてログインした時のように純粋な気持ちで……!

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