Data.135 弓おじさん、上に立つ者

 逃げるために使うスキルは単純だ。

 おそらくノルドも常にそのスキルによる逃走を警戒しているだろう。

 重要なのは隙を作ることだ。

 3対1ならば、数秒くらい隙を作れるはず……。


「早撃ち……ボルトネットショット!」


 電気のネットがアンヌとガー坊に放たれた。

 ほぼノーモーションの射撃は回避不可能。

 アンヌは相殺を狙って鉄球を振り回すも、その鉄球から鎖を伝って感電。

 ガー坊も【ミサイルポッド】でネットの破壊を試みたが、ネットはバラバラになっても電気を帯び続けており、それが展開していた【オーシャンスフィア】に触れ、水を伝って感電した。


 ……が、俺はあえて全部スルーする!


「流星弓!」


「なっ!?」


 相手の方が強くて賢いなら、こっちは全力でバカになるだけだ。

 3対1で戦うと言った後に即ユニゾンを引っ込めることになる合体奥義は普通使うまい。

 だからこそ……使う!

 相手も射撃を行った後だから、わずかとはいえ隙もある!


 さらにゴーストフロートの特性も利用する。

 ここの地面は脆くて簡単に穴が開く。

 【流星弓】でノルドを狙いつつ、地面もなくしていけば動きを大きく制限できる。

 ノルドの飛行は飛んでいるというよりも風の力を使ったホバーに近い。

 風を吹きつける地面がなくなればおのずと飛べなくなるはずだ。


「ブラックホールバレットッ!」


「なに……!?」


 ノルドが暗黒の渦を撃ち出す。

 【流星弓】の赤く輝く矢はみるみるその渦に吸い込まれていく……!

 まさに光すら飲み込むブラックホールか!

 しかも、あのブラックホールは強い重力を発生させている。

 体が微妙に引っ張られて動きにくい……!


 ただ、それはノルドの方も同じのようだ。

 彼も動かないし、銃も撃ってこない。

 ブラックホールは平等にすべてを吸い込むというわけか。


「アンヌ! 動けるかい?」


「まだちょっとビリビリしていますが、なんとか……」


「よし、地面に大穴を開けてくれ。こっちのな!」


「えっ!? あっちの地面に穴をあけて落とすんじゃないんですか!?」


「ダメだ。鉄球もブラックホールに吸い込まれて鎖で繋がってるアンヌまで引き込まれる。今、こっちと向こうは超重力の壁で分かたれているんだ」


「わ、わかりました! 巨人たちの星ジャイアントスター!」


 アンヌの鉄球で地面に大穴が開き、俺たちは空中に放り出される。

 これでいい。地面に立っている状態ではブラックホールの重力に逆らえなかったが、落下の勢いを加えることで下には移動できる。


「浮雲の群れ!」


 ある程度落ちたところでスキルを発動。

 俺とアンヌを雲がキャッチする。

 このまま【風雲一陣】の風で雲を流して逃げてもいいが、結局のところゴーストフロートに復帰するのにはあのスキルを使う必要がある。

 ノルドに追撃を食らう前に使ってやる……!


「アンヌ、スターダストアローで脱出する。援護を頼む」


「了解です!」


 ボーンデッドマンションではアンヌを抱いて【アイムアロー】を使ったが、今回はそれに【インドラの矢】を融合させた【スターダストアロー】を使う。

 奥義と奥義の融合奥義で回転しながらアンヌも奥義を振り回す。

 この暴力的な攻撃判定を1人のプレイヤーで打ち破るのは不可能だ!


「スターダストアロー!」


聖なる十字架の星たちセイントクロススター!」


 聖なる裁きの星屑と化した俺は、下からゴーストフロートの地面を突き破って天高く昇っていった。




 ◆ ◆ ◆




「まさか、逃げてもいいと言った途端、こんなに大胆に逃げるとは……」


 天に向かって昇っていく星を眺め、ノルドは銃を構える。


「ミラクルエフェクト、暗黒物質ダークマター……いや、この距離では当たりませんね」


「あら~、逃がしちゃってるじゃないのノルドちゃ~ん!」


「……グリムカンビさん」


 銃を収めたノルドの元に、茂みから現れた男が迫る。

 頭には三角巾、体にはエプロン、手にはハンマーを持ち、顔立ちはイケメンのようでどこか安っぽい。

 休日にDIYを楽しむ遊び上手な大学生のような姿の男は、馴れ馴れしくノルドと肩を組む。


「で、実力はわかったの?」


「まあ、片鱗は見えました」


「へー、じゃあ失敗ってこと? あの奥義ってチャリンちゃんを倒した一番有名な奥義っしょ? なんで対策してなかったの?」


「対策する必要がなかったからです。あの奥義はこのゴーストフロートでは自爆技でしかない。キュージィ氏もそれに気づいていると思いましたが……」


「んん~? なんであれが自爆技なのかな?」


「あの奥義は上に飛んだ後に落ちてきます。そして、その際に強力な攻撃判定が発生する……」


「あっ、なるほど! 着地の際にゴーストフロートの地面をぶち破るから、そのまま地上に落っこちちゃうんだ!」


「その通りですが、そのパターンだとまだリカバーできます。最悪のパターンはゴーストフロートの地面で着地判定が発生せず、地上まで強制的に落下することです。あの奥義は落下時以外にも常に攻撃判定がありますから」


「……どゆこと?」


「キュージィ氏との戦いで爆裂空が僕の頬をかすめたことがありましたね? あの融合奥義はヒットと同時に爆発するはずなのに、頬をカスっても爆発しなかった……。つまり、『ヒット』と『かすり』は明確に区別されているということです。つまり、威力の高すぎるスターダストアローにとって、ゴーストフロートの脆い地面は障害物がカスったと判断される可能性がある」


「なるほど! 脆すぎて地面と判断されずに、地上界の地面まで止まらないってことか……。確かにゴーストフロートの地面で奥義の効果が終了すれば、穴が開いても浮雲やらワープアローで復帰できるもんねぇ~。つまり、ノルドちゃんの勝ちじゃん!」


「勝ち負けを決める気はなかったのですがね。これからのために一度戦ってみたかっただけで、満足したら適当なところで切り上げる予定でした。グロウカードのことを考えれば、悪いことをしたのかもしれません。まあ、本当に地上に落ちていたらの話ですけど」


「なら最初にキルはしませんって言っておけばよかったじゃんか!」


「キュージィ氏は追い詰められた時に真価を発揮する。陣取りの時もチャリン戦の時もそうでした。それを引き出さないと戦う意味がないんです。まあ、グロウカードと安易な挑発では追い詰められませんでしたが……」


「同年代の同業者にはノルドちゃんの挑発はかなり効くんだけどねぇ~。ゲームを楽しんでるだけのおじさんには簡単に受け流されちゃったねぇ~。年の功ってやつ?」


「無駄なプライドがない人は身軽で、何かに固執していない人は視野が広い……。やはり、マココ氏に次ぐ脅威と言わざるを得ません。僕が初めて出会った初心者の頃のキュージィ氏とはプレイングも何もかも比べ物にならない。あの時は僕のプレイングに関する指摘にうつむくだけのプレイヤーでした」


「あー、ノルドちゃんが新しいゲームを始めるたびにやる初心者パーティに混じって新人を虐めるアレね。なんであんな嫌われるようなことをしちゃうの?」


「言えばできる人がまれにいるからですよ。そういう人は仲間に誘う。優秀な人材というのは、常に探そうとしなければ見つからない場所にいるんです。キュージィ氏もそうで、僕はそれを見逃した。結果、脅威となって僕たちの前に立ちはだかっている」


「まっ、ノルドちゃんにはノルドちゃんの考えがあるんだろうけど、もうちょっと柔らかな物言いだったら俺たちVRHARヴァルハラもアンチが減るんじゃないかな~」


「一番を目指す以上、一番嫌われる覚悟は必要です。それに下手に良い子ちゃんぶるとちょっとした不祥事でもリカバーがきかなくなる。ネットで活躍するプロゲーマーなんて常に弱火で燃やされてるくらいがいいんですよ」


「そうかな~? 俺は好感度常にMAXだから、VRHARヴァルハラの良心なんて言われて女の子たちに大人気だけどな~」


「ファンの女の子に3股かけてるのリークしますよ」


「すいません。やめてください。お願いします」


「まあ、もう5度はバレてるんでリークされても反応されないでしょうけど。僕としてはなぜそんな人に女の子が寄ってくるのかの方が気になります」


「そりゃ宝くじと一緒なんだよねぇ! はずれてる人の方が多いのに、今度こそは、自分だけは当たるって思ってる人が多いから売れ続ける。つまり、私だけは一途に思ってくれる、自分にはそれだけの魅力があると思ってる女の子が多いんすよ~。それが事実なら俺というイケてる男と他のライバルより女性として魅力があるという称号も手に入るから、試してみる価値はありますぜって感じで」


「……普通に納得できる答えが返ってくるとは。まあ、無駄話はこれくらいにして街に帰りましょう」


「今回の戦闘の動画も編集しないといけないからね!」


「この戦闘の動画は上げません」


「えっ!? じゃあ何のために戦ったのよ!?」


「キュージィ氏の力を試すためとずっと言っています。こんな動画を上げたら本当の戦いに水を差すだけです。興ざめと言ってもいい」


「本当の戦い……。あのリーク、マジなの? なんか他のプロゲーマーもそれを前提に動いてるけどさ」


「その可能性は高いと思います。タイミングもちょうど良い。『黄道十二迷宮』の期間が長くて、早めにクリアした廃人たちはNSOへの情熱が薄れてきている。かといって早めに次のイベントの情報を出したら、ゆったり競わずに遊べるという『黄道十二迷宮』のコンセプトから外れてしまう。次のイベントを知れば全プレイヤーが焦りだす……」


「そりゃそうよ! だってリアルマネーで賞金が出るんだから! しかも優勝で1人2500万! 4人パーティで合計1億! まさに大VR時代! ゲーミングドリーム! イかれた死闘が始まるってもんよ!」


「だからこそ、情報中毒者の廃人しか気づかないようにリークをした。でも、このご時世ウワサはすぐに広がります。そのうち公式からも発表があるでしょう。第1回NSO最強パーティ決定戦、開催の発表がね……」


「もちろん狙うは優勝しかないよなぁ!?」


「もちろんです。この戦いに本気になれないならプロゲーマーを名乗る必要がない。だから、今から情報を集めているんです」


「で、警戒すべきはマココちゃんとキュージィちゃんってワケねぇ~」


「あくまでも他のプレイヤーと比較して……ですがね。マココ氏はまだしもキュージィ氏は今の段階では僕らと差があるといわざるを得ない」


「やっぱプレイングが?」


「逆です。プレイングは恐るべき成長を遂げていますし、エイムに関しては僕が確実に劣っていると言えます。ですが、装備やスキル奥義が追いついていない……。特に装備はまだ素の風雲装備の部分がある。ユニゾンも第3進化をしていない。スキル奥義はバリエーションが少なく、進化している物も少ないと感じました」


「ふーん、あの短い戦闘でそんなに気づくところがあるもんだねぇ~」


「あと、情報を仕入れていないと思いました。僕の使ったスキル奥義はチャリン戦で使ったものがほとんどだったのに、キュージィ氏は完全に初見の反応でした。僕らの動画を見てくれていないようです」


「それはなんか悔しいかも! せっかく最速でチャリンちゃん戦をクリアしたんだからぜひとも見てほしいのになぁ! でも、ここでノルドちゃんと戦ったことがきっかけで見に来るんじゃない? それに自分に足りないものにも気づくんじゃない? もしかして、今回の戦いはキュージィちゃん成長のキッカケになるだけだったんじゃ……」


「それは本人次第です。こちらはこちらで得たものはあります。さあ、帰って他のメンバーと情報交換といきましょう」


「りょうか~い!」


 グリムカンビはどこからともなく取り出した材料で大型のテントを組み立てる。

 完成したテントにノルドと共に入り、こう叫んだ。


「ファストトラベル! 初期街!」


 すると、テントごと彼らは姿を消した。

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