Data.120 弓おじさん、血の屋敷

 ゴーストフロートの中でも和のテイストを取り入れたエリア『暗夜通り』。

 その一角に存在する武家屋敷こそが、2つ目のスタンプが設置されている『血風の皿屋敷』だ。


 皿屋敷とは……古い妖怪話である。

 長い年月の中でいくつもの派生が生まれているが、簡単に言うと大切な10枚の皿のうち1枚を割ってしまった『お菊』という女性が井戸に放り込まれて殺され、幽霊になった後も『1枚……2枚……』と決して10枚になることはない皿を数え続けるという話だ。


 この皿を数える声を9枚まで聞いてしまうと狂うだの、死ぬだの、襲われるだの……。

 とにかく、いろいろ良くないことが起こるらしい。

 つまり、特殊ルールによる即死攻撃……!

 なんてすぐゲームに落とし込んで考えてしまう俺はゲーム脳だ。


 さて、相変わらず現れるプレイヤーキラーたちを跳ね除けて目的地まで来たはいいが、雰囲気あるなぁ……この屋敷。

 黒板塀に囲まれていて、建物の中に入るには門をくぐり、中庭を抜けなければならない。


 マンションより敷地も建物も小さく探索は楽そうだが、その分射程が活かせるかは未知数だな。

 忍者みたいに壁とか床から敵が飛び出してきても驚かないようにしないと……。


 ギィィィと音を立てて門の扉が開く。

 俺、アンヌ、ガー坊の全員が敷地内に入ると、門がひとりでに閉まった。

 同時に空に浮かんでいた大きくて色の濃い月が雲に隠れ、辺りはすっかり暗くなってしまった。


 ここは……ダンジョンに近いんだな。

 おそらくこの敷地内に俺たち以外のプレイヤーはいない。

 封鎖された空間の中を少人数で探索するのが、この恐怖スポットの特徴なのだろう。

 確かに大人数で派手なバトルというのは和ホラー的にはナシだ。


「松明、松明……」


 以前に使った超明るい松明を取り出す。

 ピカッとライトのように闇夜を照らす白い炎は勇気を与えてくれる。


「わぁ!? その松明すごく明るいですね! 私の持ってる普通の松明じゃ光がかき消されてしまいます!」


「松明係は俺が担当するよ。ガー坊に咥えさせるにはこの松明は熱すぎてね。アンヌは今まで通り前衛をお願い」


 アンヌも両手武器だから松明を持つと戦闘に支障が出る。

 ここも妖怪とか幽霊とか出そうだし、シスターの彼女をメインに戦闘を組み立てた方がスムーズに事が進むだろう。

 ガー坊には俺の背中を守ってもらう。

 プレイヤーじゃなくてモンスターが敵になるここでは、威嚇の鳴き声で敵の出現を知らせてくれる。


 俺もいざとなれば松明の熱い炎や威圧効果のある【獣王の眼力】で雑魚敵くらいなら怯ませることが出来る。

 プレイヤー相手だと威圧系のスキルは効果が薄いが、モンスター相手なら問題ない。


「で、どこから探索しましょうか? お庭もなかなか広くて探索する甲斐がありそうですよ」


「それもそうだな……」


 皿屋敷といえば井戸は見逃せない要素だ。

 そして、井戸は外に作るもの。

 まずは屋敷の周りを探索するべきか……。


 綺麗に砂利が敷き詰められた庭を横切り、屋敷の裏手を目指して動き出す。

 一歩進むごとに木々や庭石が光に照らされ、闇の中から浮かび上がる。

 毎回敵かと思って体がビクッとしそうになるが、何とか抑え込む。

 敵が出てくる気配はない。

 肌寒い風が吹き抜ける音だけが聞こえる……。


「1枚……」


 耳元で囁くような声にビックリして体が跳ねる。

 しかし、それはアンヌも同じだったようだ。

 うずくまってブルブルと震えている。

 オカルト好きなのにもしかして怖いのダメなのか……?


「だ、大丈夫かい?」


「は、はい……! ちょっと……嬉しくって……!」


「……え?」


「私、心霊スポット巡りって結構するんですよ……! もちろん、法を犯さないように許可された場所にだけ立ち入ってるんですけど……こんな体験したことないんです……! リアルでは何も感じないですし、何も怖くないんですよ……! だから、こういう聞こえてはいけないものが聞こえる展開って……ゲームだとわかっていても嬉しいというか……! オカルティックというか……!」


 うーん、思ってたよりヘビーな人だった。

 ロマンティックみたいな意味なんだな……オカルティックって。

 とりあえず、怖がってないみたいで良かった。

 俺はリアルはもちろんのこと、ゲームでもダメだから彼女みたいな人が近くにいると本当に助かる……!


「2枚……」


 カウントダウンが進んでいる。

 声は耳元で聞こえるから出所がわからないが、きっと本体もどこかにいるはずだ。

 雰囲気づくりのためだけに数えているわけではなさそうだし、早く見つけ出さないと……!


 駆け足で屋敷の周りをぐるりと回ると、柳の木の下に設置された井戸を発見した。

 そして、そのかたわらには半透明の女性。

 今まさに地面にへたり込んで皿を数えている。


「3枚……4枚……」


 とっても悲しげで攻撃しにくいな……。

 というか、敵なのか?

 ガー坊は反応しないし、HPゲージも見えない。

 何かしらのギミックと考えるのが良さそ……。


「5枚ィィィ……6枚ィィィ……」


 カウントに魂がこもって来たな……。

 これはもしかすると危ないのかもしれない。

 でも、敵じゃないのに攻撃すると良くないことが起こる可能性も捨てきれない。


「キュージィ様どうしましょう!」


「ここは……俺に任せてくれ」


 そもそもの皿屋敷のお話では、9枚目を数えた後にこっちが『10枚!』と言ってあげると、お菊が満足して消えるという話もある。

 ここはそれを試してみよう。

 もしダメでも……きっと強敵との戦いになるだけさ。

 それはそれで悪くない!


「7枚ィィィィィィ! 8枚ィィィィィィ!」


 ボルテージは最高潮。

 さあ、こい『9枚』!


「…………」


 タメが長い……!

 息継ぎでもしてるのか……?


「キュゥゥゥ……枚ィィィィィィ!」


 来た……!

 数秒だけ間をおいてから……。


「10枚ッ!」

「10枚ッ!」


 ……ん?

 まさか、ハモったのか?

 あちらさんも10枚目を数えたということは……最初から皿はなくなっていなかった!?

 いくら古典的な妖怪話だからといって、ここまで大胆アレンジしてくるとは予想外……。


「10枚あったぁ……」


 地面に並べられた10枚目の皿。

 それは……スタンプだった。

 いやそれ……お皿じゃないです、お菊さん。

 でも彼女は10枚あると言い続ける。

 明らかに形が違うというのに……。


「あの~、そのスタン……お皿を貸してくださいませんか? すぐにお返ししますので……」


「このスタン……お皿はご主人様の大切な物ですので、お貸しすることは出来ません……」


 スタンプってわかってるじゃないか!

 むぅ、確信犯だとより厄介だが……。


「ですが、代わりとなるお皿を持ってきてくだされば、お貸ししても構いません……。代わりのお皿は、このお屋敷のどこかに隠されています……。いま、お屋敷の玄関のカギを開けますので……」


 なるほど、今回の目的は10枚目のお皿探しか。

 ここで内容を聞いてからじゃないと、お屋敷には鍵がかかっていて入れなかったわけだ。

 アンヌの提案のおかげで無駄足を踏まずに済んだな。


「カギをお開けしました……。お皿には大きく『十』の文字が描かれていますので、一目見ればわかると思います……。それをお持ちいただければ、このスタンプをお貸しします……」


 もう開き直ってスタンプって言い始めた……。

 まあ、すでに目当てのスタンプの位置とそれをカードに押すための条件を知れたのはありがたい。


「お屋敷には無数の悪霊がはびこっています……。どうかお気をつけて……。彼らと同じにならないように……」


 スッとお菊さんが消える。

 井戸のある所に戻ったのだろう。


「アンヌ、ガー坊、油断せずに行こう」


「ガー! ガー!」


「はい! ああ、歴史情緒あふれる武家屋敷に住み着く悪霊たち……なんてオカルティック!」


 アンヌのテンションの高さが今はどんな武器よりも頼りになる。

 そう思わずにいられない俺は、恐る恐る屋敷に足を踏み入れた。

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