Data.109 弓おじさん、電脳世界に光る星

 脱出を可能にしたのは13種のコレクト・ゾディアック装備でも、私自身の能力でもない。

 でも、運が良かったというのもまた少し違う。

 ある意味、必然的に私は……チャリンはまだ戦える状態でプレイヤーたちの前に姿を現した。


 結論から言えば、私はネココちゃんの正直な性格のおかげで助かった。

 『問題ない』という言葉は気遣いでもなんでもなく、ただの真実……。

 彼女は最初から自爆覚悟で立ち回ってなんかいない!

 脱出手段を隠し持っていた……!


 その切り札は【ドリルクロー】!

 爪をドリルのように回転させて攻撃するスキル。

 本来は岩石属性のモンスターなどに特効があるだけの普通のスキルだけど、実はモグラのように地面を高速で掘り進めるという隠し効果がある。

 光の球に囲まれ、流星のごとき矢が降り注ぐ修羅場からの脱出口をネココちゃんは地面の下に見出していた。


 麻痺して動けない私を放置して地面を掘って逃げ出し、全員生存の完全勝利を狙っていたようだけど、AI自慢の反応速度のおかげでワンドでの防御が間に合ったこと、さらにまだ防具が傷つきながらも健在だったことで、麻痺時間はネココちゃんが思っていたより短くなってしまった。


 動けるようになった私に選択肢は3つあった。


 1つは『コレクトソード・ジェミニ Ver.NSO』の効果でおじさんの【流星弓】をカウンターすること。

 コレクトソードは一度【爆裂空】を吸収していたけど、それはカウンターすることなくキャンセルした。

 もちろんキャンセルでもクールタイムは発生するけど、あの段階ではすでに再使用が可能だった。


 カウンターが成功すればおじさんとサトミくんをキルして、ゴチュウちゃんも処理できた。

 後は動きの鈍ったネココちゃんをタイマンで仕留めればいい。

 逆転完全勝利の道がハッキリ見える選択……。


 でも、これには大きな欠点がある。

 コレクトソードが一度にカウンターできるスキル奥義は1つだけ……。

 自分のスキルの光球が爆発しまくり、ゴチュウちゃんが火魔法スキルを乱発する戦場で、おじさんの撃つ【流星弓】に双剣の刃を当てるのは私でも運が絡む。

 他のスキルを吸収してしまったら【流星弓】は撃ち消せず、敗北が確定する。


 もう1つの選択肢は『コレクトシールド・ビルゴ Ver.NSO』の奥義【乙女の純潔コスモス・ガード】で正面から攻撃を防ぐこと。

 この奥義は前回の戦いで【流星弓】を防いだ実績があるし、おそらく今のプレイヤーが持っているどの奥義でも受け止める防御力がある。


 でも、あくまでもこれは盾の強度を上げて、触れた攻撃を打ち消す効果しかない。

 盾の範囲外の攻撃には無力だから、軌道を曲げて横から飛んでくる矢が防げない。

 さらにカウンターと違って反撃も出来ない。

 ボロボロになって攻撃を防ぎ切った後、合体奥義のクールタイムに入ったガー坊ちゃんを除いても4人戦力が残った状態で戦うことになる。

 押し切られて負ける確率は高い……。


 そこで私が選んだのは第3の選択肢……ネココちゃんが掘った穴を通って私も逃げる!

 コレクトシールドを傘のようにして穴まで走り、攻撃を食らいながらも命からがら穴に滑り込んだ私は、穴を掘り終えて地上に飛び出したネココちゃんを仕留めて、今ここに立っている。


 残った敵はおじさん、サトミく……ん!?

 サトミくんの姿がない!?


「脱出の方法はわかりませんが、どちらにせよこれで終わりです!」


 サトミくんに背後から抱き着かれた!

 いつの間に回り込んで……あ!


自動戦闘状態オートバトルモードの効果ね!』


「その通り。効果が終わる間際、僕の体はなぜか戦場から離れた方向へと動いた。それはそっちの方向に敵が残っているという証明に他ならない。自動戦闘状態オートバトルモードは時としてプレイヤーには見えていない敵に反応して勝手に動くことがありますから……!」


 なるほど、私の生存をいち早く察知して背後に回り込んだってわけね……!

 そして、この距離で彼が放つ攻撃と言ったら……!


「合体奥義ッ! 火天楼かてんろうォォォーーーーーーッ!!」


 ゴチュウちゃんとの合体奥義【火天楼かてんろう】は体から炎のようなオーラを噴き上げ敵を焼き尽くす奥義!

 叫ぶと威力が上がるという謎の効果もついている!

 攻撃判定がプレイヤーの真上に伸びるから当てにくいけど、抱き着いてしまえば問題ないってワケね!


『あなたにしては雑な攻撃ね! こっちにはまだコレクトソードが残っているのに!』


 合体奥義だろうとコレクトソードは吸収及びカウンターが可能! 

 剣の刃に炎のようなオーラがどんどん吸い込まれていく。


爆裂する矢の嵐バーニングアローストーム!」


『コレクトバースト=火天楼かてんろうォォォーーーーーーッ!!』


 おじさんが攻撃を仕掛けてくることも読めている!

 合体奥義の威力は基本的に融合奥義を上回るから、この炎のオーラを突き破って私に矢が届くことはない!

 そして、抱き着いて来たサトミくんの腕を掴んで離さないようにしているから、彼は自分の合体奥義をその身に受けることになる!

 アイドルの体に安易に触ると燃えるのよ!


 これで残る敵はおじさん1人……!

 【火天楼かてんろう】の発動が終了したら、すぐさまコレクトシールドを構えないといけない。

 おじさんの残る攻撃手段はクールタイムが終わった【裂空】と変則的奥義の【アイムアロー】。

 これを合体させて高速の矢と化したおじさんが突っ込んでくる可能性が大!


 さらに今回は【ワープアロー】も残っている。

 どの方向からおじさんが飛んでくるのか読めない……!

 今は【爆裂する矢の嵐バーニングアローストーム】の爆発のせいでうるさいけど、これが終わったら耳を澄ませておじさんの飛んでくる方向を見極めて、盾の奥義【乙女の純潔コスモス・ガード】を発動する!

 流石に防具がボロボロの私に奥義+奥義の融合奥義は受け止めきれない。

 まともに受けたら負ける……!


 さあ、そろそろ【爆裂する矢の嵐バーニングアローストーム】も【火天楼かてんろう】も発動が終了する。

 次の一瞬が勝負を分ける……!


「……きゃあっ!?」


 お、おじさんが急に爆発の中から現れて、私に抱き着いて来た!

 どうして、おじさんがこの位置に移動しているの……!?

 まだ【爆裂する矢の嵐バーニングアローストーム】の発動が終わった直後のはず……。

 私も【火天楼かてんろう】の発動が終わったばかりで、双剣から盾に切り替えられていないのに!


 単純に奥義として【火天楼かてんろう】の方が発動時間が長かったってこと……?

 いや、そうだとしても……。


「ごめん、本当はせめて背中からにしたかったけど、正確に君の近くにワープするには正面の方がやりやすかったんだ」


 ……あっ!

 【裂空】と【ワープアロー】の融合奥義だ!

 いわば【転移裂空てんいれっくう】!

 【ワープアロー】を高速化することで発動が終わった【爆裂する矢の嵐バーニングアローストーム】の最後の方の矢が着弾する前にワープしたんだ!

 爆発のせいで【転移裂空てんいれっくう】の矢が地面に刺さる音なんて聞き取れないし、爆発の土煙で姿を隠せる……!


 でも、なぜそこから抱き着いてきたの……!?

 しかも私たち……グルグル回転し始めたんだけど……!?




 ◆ ◆ ◆




 危険な賭けにもほどがあったが、俺はどうやら勝ったらしい。

 合体奥義でガー坊がクールタイムに入って、ネココが消えて、サトミが燃え尽きた時、俺の頭は真っ白だった。

 だから、とりあえず【爆裂する矢の嵐バーニングアローストーム】で何とかならないかと思った。

 次の手なんて思いつかなかった。


 でも、結果的に仲間がやられてソロに戻ったことで、ふと冷静になった。

 そして、自分に残された手札と仲間たちが残してくれた状況を俯瞰ふかんして、あるとんでもない作戦を思いついた。

 それがリメンバー禁じ手……ゼロ距離攻撃だった。


 サトミが以前当てにくいと言っていた【火天楼かてんろう】を抱き着いてゼロ距離で当てているの見て、そういう当て方もあるのかと感心した。

 結果的にその奇策は失敗に終わったが、俺にアイデアとして受け継がれた。

 威力は素晴らしいが自分自身が回転してしまうせいで命中率に不安がある【アイムアロー】も、抱き着いて使えば確実に当たるのではないか……と。

 攻撃判定は体の周りに存在する。

 だから、抱き着いていればダメージも入るはずだ……と。


 そして、あの新たな奥義と合体させられるのではないか……と。

 【弓矢融合アローフュージョン】には融合制限も存在する。

 主に強力な奥義は矢の数を増やす系スキル奥義と組み合わせることは出来ない。

 【アイムアロー】と【矢の嵐】で俺が増えたりはしないし、【ワープアロー】と【マルチショット】で複数の場所に同時にワープ出来たりはしない。


 だが、1本の矢を生み出す奥義同士なら……組み合わせることが出来る。

 【裂空】と【ワープアロー】の融合奥義、いわば【転移裂空てんいれっくう】は可能だ。

 そして今、俺が発動した融合奥義は【アイムアロー】+【インドラの矢】!

 要するに矢と化した俺自身が天高く昇り、雷の力を身にまとって地上に落ちる……!


 体にはとんでもなく強力な攻撃判定が生まれる。

 もうチャリンが多少の攻撃を俺に加えても効かない。

 というか、彼女の腕の上から抱き着いている形なので、そもそもチャリンは両腕の自由が利かないはずだ。

 変質者感はどうしても出てしまうが……これも勝つためだ!

 仲間たちの勝利を背負っている俺は気にしない!


 これでチャリンを倒す……!

 この……えっと、なんて名前にしようかこの融合奥義……。

 【私は裁きの矢アイムインドラアロー】はひねりがなさすぎるし、カッコよさが足りない。

 この星座の試練の最終決戦にふさわしい特別な名前……。

 それでいて、パッと見た瞬間この奥義だとわかる名前……。


「スターダストアロォォォーーーーーーッ!!」


 天に輝くひとかけらの星のごとく!

 俺とチャリンの身体は高速で回転し、光となって天高く昇っていった。

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