Data.98 弓おじさん、迷宮を抜けて
俺は思わず身構える。
チャリンの雰囲気はいつもと違う。
まさか、ここで
『そ、そんな身構えなくてもいいにょん! すべての試練を乗り越えたプレイヤーに対していつもと違う反応をお届けしようとしただけだにょん!』
「そりゃ助かった」
ボスフロアよりも狭い中央フロアで戦ったりしたら、俺の敗北は目に見えてるからな。
チャリンはコホンと咳払いをし、声をいつもの調子に戻す。
『ではでは、まずは普通におとめ座のメダルをプレゼントだにょん!』
最後の1枚
表には星の代わりに宝石を散りばめて作られた星座としてのおとめ座。
裏にはリアルなタッチで乙女の姿が描かれている。
かわいいというより美しい、気高いといった表現が似合う女性だ。
これで12枚の星座メダルがすべて揃った!
あとは目の前にいるAI少女との戦いを残すのみだが……なかなか心燃えるものを感じない。
チャリンは未来技術の粋を結集して作られた超高性能人工知能だが、試練で彼女と接する度に少し大人びてるだけの普通の女の子だという印象が強くなった。
前までは普通に最終決戦に燃えていたんだけどなぁ。
いざいつでも戦えるとなると怖気付くのがヘタレおじさんだ。
何よりチャリンは美少女の姿をしている。
今までのモンスターはほぼすべて恐ろしい見た目をしていただけに、本気を出せるか心配だな。
バケモノの頭を撃ち抜くのと女の子の頭を撃ち抜くのでは思うものが違うし……。
あ、でもバトロワとか陣取りみたいな対人イベントだと普通に女の子も撃ち抜いてたな俺。
戦場に飛び込んで戦うとなれば、男も女も老いも若きも関係ない。全力で戦うまでだ。
俺が心配しなくても、俺はゲームで手を抜いた戦いはしない。
『悩み事は解決したにょん?』
「あ、ああ、バレてた?」
『顔に書いてあったにょん! 私と戦うのが複雑って!』
筒抜けだな……。
俺ってそんなに顔に出やすいか?
いつもクールでポーカーフェイスなおじさまが目標だというのに……。
『まあ気持ちはわかるにょん! この大人気美少女人工知能アイドルを攻撃したくないと思うのは当然だにょん。でも、安心するにょん。戦いが始まれば頭の中は『どうやって倒せばいいんだ?』という思考で埋まること間違いなしだにょん!』
「あはは……お手柔らかに頼むよ」
『残念ながら公平を
ご褒美は『裁きの刃』という名の金属片だった。
ナイフというか短剣の刃部分だけをポキッと折ったような感じだ。
そういえば、『裁き』と名のつく素材アイテムが他にもあったような……。
おおかみ座の試練で貰った『裁きの雷』とてんびん座の試練で貰った『裁きの両翼』……だったか。
熟練職人ウーさんの工房でも使い道がわからなかったアイテムだが、3つ揃ったことで何か新しいアイテムを作れるようになったかもしれない。
最終決戦に挑む前に一度工房に寄るべきだな。
『さてさて! それでは最終決戦のルール説明をするだにょん!』
「え、ここで!?」
『もちろんだにょん! メダルを集めた者だけに明かされる秘密だから、部外者がいないダンジョンの中でするのが都合がいいんだにょん! まあ、すでに他のプレイヤーによってネットに情報を流されてるんだけど……こちらとしては形を守らないといけないにょん!』
「やっぱり、俺より先に最終決戦に挑んでいるプレイヤーがいるのかい?」
『そりゃそうだにょん! コンテンツが生まれては消費されていく大VR時代を生きるプロゲーマーのスピードは想像を絶するにょん! みんな自分が一番おいしいところを持っていこうと必死だにょん!』
まあ、そりゃそうか。
俺は毎日朝からゲームを始めて休憩を入れつつ夜には終わっているからな。
徹夜もせずに必死にゲームを遊んでいるとは言えないだろう。
でも、今の俺に徹夜はキツすぎる……。
昔は余裕だったんだけどなぁ……。
無理してもパフォーマンスが落ちるだけだし、おじさんは睡眠を削らない。
『でも、クリアした人数で言うと……片手で足りるくらいだにょん』
「え、それだけ? パーティの数じゃなくて、プレイヤーの人数でそれ?」
『そうだにょん』
チャリンの片手の指は5本だ。
人工知能だからと言って指は増えていない。
パーティの最大人数が4人だから、クリアしたのは1パーティくらいということか……。
少数パーティやソロでクリアしたプレイヤーもいるかもしれないが、どちらにしろ難易度は十二の試練の比ではないのだろう。
『実は最終決戦の難易度はクリア人数とイベント期間を考慮して少しずつ易しくしていく予定だにょん。今は難易度最大! 大VR時代のプロの中でも『本物』と呼べる人たち向けの難易度だにょん! やっぱり難しいゲームって話題になるし、それをクリアしたプレイヤーはもっと話題になるから、お互い得をするにょんねぇ~』
プロの中でも『本物』向けか……。
カッコイイこと言ってくれるじゃないか。
俺も『本物』の男になりたいものだなぁ。
さっきまでチャリンと戦うのは気が引けるなんて思っていたのに、今は戦いたくてしょうがない気分だ。
山の天気や乙女心並みにおじさんの心も変わりやすい。
『そうそう! そのギラギラした目だにょん! ゲームに熱中している時、人はみ~んな同じなんだにょん! 物心ついたばかりの子どもも、老い先短いお年寄りも、男の子も女の子も、みんな同じなんだにょん!』
どうやら、また顔に出ていたらしい。
だが、チャリンの言うことには同意だ。
リアルがどうであろうと、ゲームを本気で楽しんでいる人間に差なんてないのさ。
『コホン、そろそろ本題に入るにょん。最終決戦の舞台は初期街上空に浮かんでいる『サーペント・パレス』! 12枚のメダルを持つプレイヤーにだけ道が開かれるにょん! どう開かれるのかは試してからのお楽しみ! ちゃんと舞台の下に立たないと開かないからそこは注意だにょん!』
「舞台の真下……つまり初期街の中からじゃないと『サーペント・パレス』には入れないってことかな?」
『そうだにょん!』
そりゃ目立ちそうだな……。
人の多い初期街だから、俺が最終決戦の舞台に現れたら騒ぎになりそうだ。
負けて帰って来た時のことを考えると憂鬱だが、まあ有名税だ。仕方あるまい。
『勝利条件は私こと『チャリン』の撃破! 敗北条件はパーティの全滅だにょん! 自分は死んだけどパーティの誰かが生きていて勝利した場合もちゃんと特典は貰えるにょん! その特典は勝ってからのお楽しみ! これはまだネットにも流れてないにょんね。流石『本物』たちは違うにょん! 安易に秘密をバラさないにょん!』
「今まで挑んできた試練よりもシンプルなルールだな……。あ、挑戦回数に制限はないって認識でいいかな?」
『問題ないにょん! 何度でも挑んで、何度でも負けるといいにょん! でもデスペナルティは普通に発生するから気をつけるにょん! 場合によっては装備もとんでもないことになるけど……恨みっこなしだにょん!』
デスペナと装備破壊による修理時間が実質的なクールタイムになっているのか。
こりゃ運勝ちを狙って挑戦回数を増やすのは悪手だな。
対策を練って挑まなければ、お金と素材と時間を失い続けることになる。
『あと細かいルールとして現在装備しているアイテム以外に持ち込めるアイテムは10種類まで、同名アイテムは10個までというのがあるにょん! 私は『持ち物制限』と呼んでるにょん!』
「持ち物制限……?」
『私に挑む前に専用のアイテムセットに10種類までアイテムをセットしてもらうにょん! 例えばキミは2種類の弓を状況に応じて使い分けてるけど、私との戦いでもその戦法を使いたいなら、現在装備している方じゃない弓をセットに入れないといけないにょん! セットにない装備はアイテムボックス内に存在していても、私との戦闘中には装備できないにょん!』
チャリン戦で使うアイテムを自分で決めろということか。
装備中の装備は数に入らないみたいだから、風雲装備はそのままでいいな。
あと装備の中で使い分けるとしたら冬のダンジョンでも活躍した『スパイダーシューター・クラウド』と『森の賢者の拳』くらいか。
残り8枠は回復アイテムを入れよう。
同名アイテムが10個までということは、回復アイテムの数も大きく制限されるな……。
名前は違うけど回復効果があるアイテムは多いし、そういう小技で数を増やすか。
『ふふふ、もう頭は戦闘準備に入ってるにょんねぇ。あとキミが気にすることといえば……ユニゾンの扱いくらいにょんね。パーティの1枠としてユニゾンは普通に使えるにょん!』
ガー坊の力も借りられるか。
これは大きいぞ……!
『んーっと、説明はこれくらいかな? 変わったルールは持ち物制限くらいだし、ここまで試練を乗り越えてきたキミには簡単に理解できると思うにょん! ではでは、サーペント・パレスで待ってるにょ~ん! バイバーイ!』
チャリンが消え、俺もダンジョンの外へとワープした。
外は夜になっており、『
しばらく見惚れていただろう……すべての試練をクリアする前の俺なら。
さあ、すぐに空上郷の工房に行こう。
どうにも今はログアウトする気にならない……!
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