Data.56 弓おじさん、射的場に現る
来てしまった……いて座の試練会場に。
場所はだだっ広い草原。
そこにありとあらゆる飛び道具の射的場が設置されている。
出店が射的場だけの祭りのようだ。
『さあさあみなさん! お好きな武器を手にとって、自由に的当てを楽しむだにょん!』
ここのチャリンは袴を
とはいえ金髪は変わっていないので、部活というより観光に来た外国人感はある。
試練の内容は射手座にちなんでシンプルな的当てだ。
銃は当然として、弓矢、吹き矢、手裏剣、ブーメラン、短剣、手斧、手槍、石ころに至るまで、プレイヤーは自由に選んで的当てに挑むことができる。
選ぶ武器によって的の配置やルールに多少の差はあれど、基本的には的の真ん中に当てれば高ポイントだ。
何回か射撃または投擲を繰り返し、最終的なスコアが合格ラインを越えれば
ご褒美に関しては、この合格ラインを越えた者だけに解放される高難易度ステージをクリアする必要があるらしい。
まずは深く考えず真ん中を狙っていけばいい。
「さて、武器は何にするか……」
悩むまでもなく弓だろう。
むしろそれ以外何を使うんだ。
ということで、弓の射的場の列に並ぶ。
的は横一列にたくさん並んでいるため、複数のプレイヤーが同時に試練に挑戦できる。
しかし、今は的以上にプレイヤーが押しかけているので多少の待ち時間が発生している。
なんだか懐かしいな。
お祭りの射的なんかは常に人気でみんな並んで待っていたものだ。
「あの……もしかして、キュージィさんですか?」
「はい、そうですが」
まあ、声をかけられるよな。
弓を使うか一瞬悩んだのは、弓の列に並べば確実に騒がれると思ったからだ。
複数の武器が選べるこの試練で、簡単そうな銃や石ころ投げを選ばずに弓を選択する人というのは、普段から弓を使って冒険している可能性が高い。
同じ弓使いとして、俺のことを把握してる人も多くなるだろうと思った。
これが手斧投げとかなら、弓自体に興味がなくて俺のことを忘れている人や知らない人が多かったかもしれない。
話題になった陣取りのイベントも結構前の出来事だからな。
「きゃあっ! 本物なんですね! ご活躍はかねがねお聞きしてます!」
「ははは、そりゃどうも」
「最近は海で起こった大型スクランブルのモンスターをソロで討伐なされたとか……!」
「いやいやいや! 誰ですかそんなこと言ったの!? 流石に誇張されすぎですって!」
「またまたご謙遜を!」
あれは他のプレイヤーや蒼海竜の協力あっての勝利だった。
とても自分だけで勝ったとは言えない。
どこでどう話がすり替わったんだ……?
「あっ、私なんかがキュージィさんの前に並んでるのは失礼ですよね! お先にどうぞ!」
女性プレイヤーはサッと列の外に出る。
すると、さらに前に並んでいるプレイヤーも俺の存在に気づいた。
「わっ、弓おじさんだっ! お先にどうぞ!」
「うおっ! 本物だ!」
「ネットで見たことある人だ! 実在したんだ!?」
「上手い人に自分が撃つところを見られるの恥ずかしいんで、どうぞ抜かしてください!」
あれよあれよという間に、列に並んでいたすべてのプレイヤーが俺に順番を譲ってしまった。
中には『こんなおじさんのこと知らないけどノリで譲っとくか』って人もいるだろうな……。
まあ、ありがたいと言えばありがたいことなのだが……流石に素直に受け取るわけにはいかない。
「俺のことはどうぞお気になさらず。みなさん順番通りにいきましょう」
俺の言葉は通じたようで、みなサッと列に戻った。
もしかして、一種のサプライズ的なネタだったか……?
どちらにせよ、これ以降は少しお話をする程度で平和に進み、ついに俺の順番がやって来た。
自分が狙う的の前に立ち、呼吸を整える。
モンスターとの戦闘中は撃たなければやられるという緊張感の中で射撃を行っているから、こういう安全な的当てはまた感覚が違うな。
だが、動く的であるモンスターよりは絶対に簡単なはずだ。
いつも通りにやれば問題ない。
的は60メートル先、大きさは直径100センチ程度。
撃てる矢の数は4本。
得点は真ん中が100点、そこから中心を離れるごとに点数が下がっていく。
合格ラインは合計280点以上。
つまり、1回の射撃ごとに70点以上取れれば無理なく合格できる。
「よし……いくか!」
キリリリリ……っと弦を引き、シュッと放つ。
するとストンッと的の真ん中に矢が収まる。
これを4回繰り返す。間に休憩はいらない。
呼吸をするように淡々と当てる……。
「……おお、意外と外さなかったな」
慣れない環境で撃つと狙いがブレると思ったが、すべて真ん中に命中していた。
自分でも理由はわからないが、やはり弓矢は体に合っている。
「すごーい! 流石キュージィさん!」
「え、えっ!?」
射的場全体から拍手が起こる。
どうやら、みんな撃つ手を止めて俺の射撃を見ていたらしい。
集中していたからか、音の変化に気づかなかったな……。
周りの変化に敏感に反応できないとは、まだまだ未熟だ。
「あ、ありがとうございました!」
称賛されることに慣れてない俺は、とりあえず手を振ってその場を後にした。
アイドルじゃないんだから変な気もするが、黙って去るのも申し訳ない。
後で思いだして恥ずかしくなる気もするけど……まあ、たまにはいいだろう。おじさんがアイドルでも。
『流石だにょん! 弓を扱ったら右に出る者はいないにょんね!』
チャリンが虚空から現れる。
あれ、俺のことを認識している?
「ありがとう。覚えてくれたんだ、俺のこと」
『AIだって人間と同じで、印象に残るプレイヤーは覚えてしまうものだにょん! 各迷宮にいる私は全部繋がってるからなおさらだにょん!』
そうか、すべてのチャリンは同一人物だった。
それなら俺みたいな変な遊び方してるプレイヤーは覚えてしまうだろうな。
『さて、メダルをプレゼント……の前に、ご褒美を賭けた高難易度ステージに挑むにょんね?』
「ああ、もちろんさ」
メダルはご褒美と一緒に受け取るとしよう。
すべて終わった後に受け取る方が気分も良い。
『では、高難易度ステージにご案内だにょん!』
チャリンに導かれてやって来たのは……馬屋だった。
ま、まさか……。
『お察しの通り、このステージでは
ヒヒィーーーンッ!
チャリンの言葉に同意するように馬たちがいなないた。
俺、馬なんて乗ったことないぞ……!
いや、ある……か?
あれは……陣取り合戦の時だ。
ハタケさんから借り受けた『マッハホース』というウマ型モンスターに乗ったことがあったな。
貸してくれたハタケさんの印象が強すぎて忘れていた。
しかし、リアルで馬に乗ったことがない人間が言うのもアレだけど……『マッハホース』は馬に乗っている感が皆無だった。
あのモンスターの乗り心地はとにかく快適だった。
それこそ並の自動車より速いのに、揺れがほとんどないのだ。
滑るように大地を駆け、俺を自軍本拠地まで連れて行ってくれた。
その後は普通に自分の足で立って射撃を行っていたので、馬上で弓を撃った経験は本当にない。
今回もそんな快適な乗馬体験が……待っているわけないよなぁ。
NSOのことだ。多少リアルより簡単にしつつも、限りなくリアルに近い乗馬体験を用意してくれていることだろう。
俺、リアルで馬なんて乗ったことないぞ……!
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