Data.55 弓おじさん、ヤギ対ヤギ
「ブオォォォォォーーーーーーーッ!!」
バフォメットと化した黒ヤギさんに理性は残っていない。
友達であるはずの白ヤギさんにも敵意むき出し、ヤル気まんまんだ。
遠慮なく攻撃できるが、遠慮ない攻撃が飛んできそうだな……。
まずは距離をとろう。
地形はドーム状の大広間だ。
バフォメットからできる限り離れるべく壁際まで走る。
そして、武器を『スパイダーシューター』に切り替える。
「ウェブアロー!」
べたべたとした蜘蛛の巣状の網がバフォメットにヒット。
これで自由には動けまい。
奴には羽が生えているし、俺は速さにステータスを振っていない。
追いかけっこになったら確実に捕まる。
だから今のうちに固定してしまおう。
「ブォォォ……!」
大きく息を吐いた後、バフォメットが謎の言語で話し始めた。
意味を理解することは出来ないが、おそらく黒魔法の詠唱だとなんとなくわかる。
その証拠にバフォメットに絡みついていたベタベタ網が粘着力を失い、ドロドロに溶けて流れ落ちていく。
「流石にウェブアローだけで完封は出来ないか……。だが、多少の足止めになるなら問題なし! ガー坊! ホーリースプラッシュだ!」
「ガー! ガー!」
みずがめ座の試練を乗り越えて手に入れた新スキル【ホーリースプラッシュ】は悪魔属性に特効がある!
こういう特効スキルはそもそもの火力が高くないので、特効の相手に使って初めて並の火力が出るイメージがある。
しかし、【ホーリースプラッシュ】はバフォメットにかなりのダメージを与えている。
これもガー坊の攻撃ステータスの高さがなせる技か。
あるいは、魚なので水属性スキルの威力が上がるみたいな隠し要素でもあるのか。
どちらにせよ、攻撃はガー坊に任せてしまおう。
俺は遠くからチクチク矢を射って足止めだ。
「ブォォォ……!」
またバフォメットが謎言語で黒魔法を詠唱する。
すると、俺とガー坊を深い青色のオーラが覆った。
同時にバフォメットに攻撃してもHPゲージがなかなか減らなくなる。
攻撃デバフか……。黒魔法らしいな。
バフォメットは攻撃へと転じる。
今度はオーソドックスな火魔法【大火球】だ。
【弓時雨】で打ち消しても構わないが、ここはもっとスマートな方法でいく。
「ガー坊、オーシャンスフィアだ!」
「ガー! ガー!」
球体状の海をまとったガー坊が【大火球】に突撃する。
当然、火の方が打ち消される。
そのまま【赤い流星】も発動し追撃を加える。
しかし、デバフのせいか自慢の奥義ですら大した威力にならない。
いつデバフが消えるのかわからない以上、とにかく手数で攻めるしかないな。
「ブォブォブォ!」
バフォメットの周りに固まっていないセメントのような物がドロドロと湧き出てきた。
「ブォォォーーーーッ!」
ドロドロはバフォメットの合図と同時に大広間全体に広がる。
それもかなりのスピードで……!
だが、俺もゲームを続けて蘇った反射神経で回避……出来なかった!
ジャンプして避けるのはわかっていたが、跳ぶタイミングを間違えた……。
俺、大縄跳びとかも苦手だったんだよなぁ……。
なんて、昔を懐かしんでいる場合ではない。
ドロドロは体に触れると同時に固形と化し、俺の足をガッチリ地面に固定する。
本当にセメントっぽい効果だ。
「ブオッ、オッ、オッ!」
捕まった俺を見てバフォメットが笑い、突進を仕掛けてきた。
ガー坊は浮いているので固められることはなかったが、【オーシャンスフィア】の効果時間が切れたので動きがノロくなっている。
【赤い流星】も使ったばっかりで、バフォメットの足を確実に止められる攻撃がない……!
「ワープアロー!」
バフォメットの横スレスレを飛んでいった【ワープアロー】は壁にヒット。
俺はギリギリのところで脱出に成功する。
「裂空!」
すぐさまバフォメットの頭を撃ち抜く。
一瞬こんなことしたら黒ヤギさんは死んでしまうのではないかと思ったが、案外ケロッとしていた。
弱点にも種類があり、そこを破壊すれば一撃という弱点もあれば、そこに当てればダメージが増えるだけの弱点もある。
バフォメットにとっての頭部は後者のようだ。
安心した一方で、ダメージ稼ぎには苦労する。
デバフがかかっていると弱点部位を狙っても大して……いや、そうでもないぞ。
「インファイトアロー! 2連射!」
今度は頭部狙いではない。
その背中に生えた羽を狙い、体から切り離したのだ。
これでバフォメットは飛べなくなった……!
さらに膝を狙う。
以前ゴリラと戦った時、膝を撃ち抜くことで動きを止めて勝利した。
長く戦ってきたからこそ、初心を忘れていたな。
部位破壊とは、何も弱点だけを狙うものではないのだ。
動きが鈍ったバフォメットを俺とガー坊で集中攻撃する。
「待ってください!」
「んっ!?」
HPゲージも残り少しというところで、また白ヤギさんが喋った……!
というか、ここまで戦闘中に何をしていたんだ?
今までみたいにうろちょろしないから存在感がなかったが……。
「ボクの白魔法でトドメをさしたいです! 浄化の効果があるので、普通にトドメをさすよりも良い結果になると思います! もちろん、普通にトドメをさしてもらっても構いませんが……」
ろ、露骨すぎるご褒美の条件の提示だ……。
確かにこれなら誰でもわかる。
わかってしまった以上、彼にトドメをお願いしよう。
「頼んだよ、白ヤギさん」
「はい、少し時間を稼いでください!」
「え?」
白ヤギさんの足元に魔法陣が展開する。
魔法陣には時計のように12までの数字が配置されており、今その『1』の部分に光がともった。
まさか……これが全部光るまで時間を稼げと……?
「お願いします!」
ま、まてまて、バフォメットのHPゲージはミリしか残っていない。
足止めの攻撃はもうできないぞ……。
それにバフォメットはHP回復はなくとも、部位再生能力は備えている。
新たな羽が生え、膝も治りつつある。
さらにHPが減ったからか赤いオーラをまとい、怒りを露わにしている。
その怒りは明らかに俺に向いている。
これがガー坊の方に向いていれば、反撃しないように命令を切り替えた後、ガー坊の回復だけに気を遣っていればいいのだが……。
と、とりあえず、にらんでくるバフォメットをにらみ返してみよう。
もしかしたら、ひるんでくれるかも……。
――ぴこんっ! 新たなスキル【威圧の眼力】を獲得しました。
◆獲得理由
『射るような視線』
敵意を持った敵を攻撃せずににらみ続けた。
◆威圧の眼力
目と目が合った相手を威圧し、動きを一時的に止める。
相手との距離が遠いほど効果は低下する。
ま、まさか本当にスキルが手に入るとは……。
とりあえず使ってみよう……!
「威圧の眼力!」
キリッとバフォメットをにらみつける。
「ブ、ブォ……」
お、明らかに怯えているぞ。
このまま動かないでくれよ……と思っていたが、流石に効果は永続ではない。
一度視線を逸らし、少し時間を置いてからまた発動すると効果は復活する。
止められる時間は数秒とはいえ、強いぞこのスキル。
獲得条件もそんなに難しいとは思えないし、射手系統以外の職業でも取れそうなのに、全然使っている人を見たことがない。
弓矢と違って当てるのが難しいというわけでもなさそうだが……。
とにかく、新スキル【威圧の眼力】を中心にガー坊の体を張ったカバー、【ウェブアロー】【ワープアロー】で時間稼ぎを続け、ついにその時を迎えた。
「これで終わりです! 白魔法セイントゴート!」
ピカァッと白ヤギさんが強い光を放つ。
真っ白になった視界が戻った時には、バフォメットは黒ヤギさんに戻っていた。
「メェー!」
「メェー!」
2匹のヤギがじゃれあう。
急に喋らなくなったことはもう突っ込まないとして、やっと切り抜けたな……このダンジョン。
『おめでとうだにょん!
チャリンが俺に手渡したのは、白と黒のヤギさんが描かれた便せんだった。
このNSOにお手紙を送るシステムはないので素材アイテムだろう。
……あ、これも『霊山の湧き水』と同じく『使う』という選択肢が現れた。
今度の対象は俺だ。特に悩むことなく『使う』を選択する。
――ぴこんっ! 新たなスキル【レターアロー】を獲得しました。
◆レターアロー
このスキルは2つの効果を持つ。
①文章またはボイスを入力し、矢に込めて飛ばす。
プレイヤーがその矢を調べると入力されたものを確認することができる。
②モンスターの情報を解析する矢を放つ。
矢がヒットした敵の『属性』や『スキル』の一部、『解説文』を調べて記録する。
①の効果はわかりやすい『
誰かとパーティを組む時、前衛にメッセージを伝えるのに便利そうだ。
長射程を生かそうとすると、絶対に味方から離れることになるからな。
②の効果はまさかの『調べる』スキル。
モンスターの情報を調べて表示することができる。
また、一度調べたモンスターは後から何度でも確認することができる。
属性特効スキルも揃ってきたし、ちょうどいいスキルだな。
敵のスキルを事前に知ることが出来るのも大きい。
スキルの効果までわからずとも、名前を知れば予想のしようがある。
『そして、これがやぎ座のメダルだにょん!』
表面には実際の星座と同じように宝石が配置され、裏面はリアルなヤギが描かれている。
やはり集めたくなるカッコよさだ……。
これで残りは10枚、先はまだまだ遠いな。
今日は2つの試練をクリアしたし、時間的にも夕暮だろう。
街に帰ってログアウトしたいところだ。
どちらの試練も非常に面白かったが、いろんな意味でドッと疲れた……。
次に挑戦する迷宮も決めていない。
順番的にはこのまま隣の
何を隠そう、人馬迷宮はいて座の試練なのだ。
『射手』座……得意分野だと思うからこそ、身構えてしまうところもある。
顔は知れ渡ってるし、俺が試練の場に現れたら期待されるだろうな……。
ある意味一番怖い試練とも言えるが、果たしてどうするのか……。
明日の俺の判断に任せるとしよう!
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