Data.52 弓おじさん、宝瓶の試練

 湧き水が出ているところまで戻りつつ、自分のグラスにヒビが入っていないかチェックする。

 このグラスが割れない限り、水をこぼしてもその場から水を汲みに戻れる。

 しかし、破壊されてしまった場合は再びチャリンから受け取らねばならないと本人が説明してくれた。


 山を登っていると、さっき俺の【ワープアロー】を咥えて吐き捨てたスズメが何羽も木の上で待機していることがわかった。

 意識しないとスズメなんて気にすることもなかったが、こりゃガチガチに対策されてそうだ。

 この対策が俺の【ワープアロー】だけを意識したものだとは思えないし、俺以外にも何か物を飛ばしてその位置にワープするスキルを持っているプレイヤーがいるのだろう。


 やはり、自分の足で歩くのが無難か……などと考えてるうちに聖水が湧き出しているポイントに到着した。


「あれ? 前来たとこって……ここか?」


 湧き出ている水は間違いなく聖水だ。

 さっきは池の水でごまかせないかと考えたが、そもそもパッと見た時点で透明度が違う。

 AIでなくても判別は容易だ。

 俺も冗談のつもりで騙せないかと考えていた。


「うーん、岩の形が前と違う気がする。やっぱ同じ道を辿ったつもりが別のところに来てしまったか」


 この山には道らしい道がない。

 山登りの素人が深く考えずに登れば、毎回違う場所に辿り着くのも当然と言える。

 まあ、聖水さえ手に入ればそれで構わない。

 その後は下へ下へとひたすら下りて、ある程度まで下山すればチャリンのいる噴水広場まで案内してくれる標識があるはずだ。


「さあ、二度目の挑戦で決めるとするか」


 一歩一歩確かな足取りで山を下りる。

 すると、今度は草原に出た。

 膝くらいまで草が伸びている。


 他のプレイヤーが先を歩いているので、草の下が底なし沼なんてことはないのだろう。

 ときおり風で草が揺れる音がするだけで、何かがこの中をうごめいている気配もない。

 よし、慎重に進んでいこう。


「ゆっくり、ゆっくり……って、あんまり遅いとそれはそれで不自然で転びそうだ。普通に普通に……うわっ!?」


 足に何かが引っかかり、そのまま前のめりに転んでしまった。

 当然グラスの聖水はぶちまけられる。

 くぅ……トラップか……。

 しかも『草結び』とは……!


 草と草を結んで輪っかを作り、足を引っ掛ける超古典的トラップだ。

 まさか、VRゲームという未来技術が作り出した新世界でこんな古い罠に引っかかるとはな……。

 ある意味貴重な経験かもしれない。


 だが、またやり直しだ!

 俺が現実よりスマートかつ、ゲームのお陰で多少反射神経が改善し、こける前に手をつくことが出来たのが幸いしてお腹にくっつけていたグラスは割れていない。


 ダラダラやるほどやり直しの作業は辛くなる。

 即座にリカバーだ。

 また、水を汲みに戻るぞ……!




 ◆ ◆ ◆




 普段は強大なモンスターや優秀なプレイヤーとの戦いをそれなりにこなしている俺だが、トラップを予測して避けることは苦手なようだ。

 モンスターやプレイヤーにはある程度動きがあり、なんとなく本能的な勘が働いて予測もできる。


 しかし、トラップに意思はなく、ただそこにいるだけだ。

 静かで動きがない。なかなか警戒しても張りつめている神経に引っかかってこないのだ。


 結果的に俺はいろんなトラップに引っかかった。

 足元に張り巡らされていた縄に足を引っ掛けたり、落とし穴にはまったり、上から転がってくる丸太に追いかけられたりと散々だった。


 中でもキツかったのは、小鳥さんに水の大半を飲まれた事件だ。

 もうすぐで山を下りてチャリンの元に辿り着けるというところで、一羽の小鳥が俺のグラスから水を飲もうとした。

 本来、少しでも水を残すためにすぐに追い払うべきなのだが、その鳥があまりにも小さく愛らしかったことに加えて、その時は聖水の量に余裕があった。


 俺は小鳥さんに水を飲ませてあげた。

 しかし、小鳥さんは見た目に似合わずゴクリと一口でグラスの半分の水を飲んでしまった。

 体の大きさ的に、絶対その量の水は体の中に入らないはずなのに……。

 その時になって小鳥さんもトラップなんだと確信した。


 すぐに追い払い、残った水に祈りを込めてチャリンに差し出した。

 だが、チャリンは無慈悲にも首を横に振った。


『ざんね〜ん……。ほんの少し水の量が合格ラインに届かないにょん。AIに計量ミスはないにょん! 頑張ってもう一回チャレンジするにょん!』


 俺は半分やぶれかぶれに山を登った。

 そして、聖水を汲むと今度は特に慎重になることもなく、普段通りに移動した。

 荒れた土地も、モンスターが出る場所も、慣れたもんじゃないか。

 今までの経験を生かし平常心で山から下りた俺は、聖水を派手にぶちまけることなくチャリンの前にたどり着いていた。


 とはいえ、まったく一滴もこぼさなかったわけではない。

 気づかぬうちに水はこぼれてしまうものだ。

 それでも感覚的に合格ラインは超えていると思いたいが、果たして……。


 トクトクトク……と聖水が移し替えられる。

 聖水はチャリンのグラスの赤いラインを超え、そして……金色のラインも突破した。


『おおっ! すごいにょん! 合格ラインどころかご褒美ラインも余裕で突破だにょん! おめでとうだにょん!』


 やった……!

 大騒ぎして喜びはしないが、静かに打ち震えるような喜びが湧き上がってくる。

 それこそ湧き水のように……!


『今回のご褒美は……こちら! そのまんま『霊山の湧き水』だにょん!』


 渡されたのは装備でも回復アイテムでもない。

 これは……素材アイテムか?

 組み合わせて新たなアイテムを作ったり、単純に売ってお金を稼げるタイプのアイテムだ。


 本来、フィールド場で『使う』アイテムではないはずなのだが、アイテムを選択すると『使う』という選択肢が出る。

 しかも、使う対象はガー坊だ。


「ガー! ガー!」


 ……物は試しだ。

 俺はガー坊に『霊山の湧き水』を使った。


 ――ぴこんっ! ユニゾン『ガー坊』が新たなスキル【ホーリースプラッシュ】を獲得しました。


 ◆ホーリースプラッシュ

 聖なる水を弾丸のごとく放つ。

 『幽霊属性』『悪魔属性』のモンスターに特効。


 なるほど、アイテムを使うことでスキルを覚えさせることも出来るのか……!

 特効持ちのスキルはどこかしらで役に立つ。

 幽霊と悪魔要素が入ってるモンスターなんていくらでもいるからな。

 またガー坊が頼れるようになった。


「さて、ご褒美も受け取ったし、次なる迷宮は……と」


『ちょっと待つだにょん! 肝心の試練を乗り越えた証、みずがめ座のメダルを渡してないにょん!』


「あ……!」


 俺としたことが……というか、俺らしいミスだ。

 チャリンからありがたくメダルを受け取り、まじまじと眺める。


『これが……みずがめ座アクエリアスメダル!』


 小さなメダルの中に埋め込まれた宝石が星のように輝き、みずがめ座を描いている。

 裏面には水瓶を持つ女神が細かく彫り込まれている。


 これは……カッコいいぞ。

 イベント関係なしに12枚集めて飾っておきたくなる。

 リアルで売り出してくれないかな?


「さて……今度こそ次の迷宮を考えよう」


 普通に考えればこの霊山キクリの近場から攻略していくべきだな。

 移動時間を短縮できるし。

 そうなるとまだマップ埋めていないエリアに飛び出すことになるが、特に問題はないだろう。


 イベント中は埋めていないマップにも迷宮の位置を示す光のピンが表示されるし、特別にプレイヤーの位置と方向を示す矢印も表示される。

 なので細かい地形はわからずとも、一直線に迷宮を目指す分には困らない。


「近い迷宮はうお座かやぎ座……。ここはやぎ座に行こう」


 うお座は絶対に魚が絡んだ試練になるだろうし、水も確実に出てくる。

 最近海には行ったし、水も今さっきまでずっと扱っていた。

 水場は遠慮して、ここはやぎ座の磨羯まかつ迷宮に挑戦だ……!

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