蒼海の章

Data.34 弓おじさん、アップデート

 NSOが大型アップデートされた。

 いつもより長いメンテナンスを終えた世界に、俺は真っ先に飛び込んだ。


 追加された主な要素は3つ……。

 『グロウカード』『スクランブル』『ユニゾン』。

 これらの要素の名前自体は以前から明かされていたが、詳細が公開されたのは最近である。

 陣取り合戦でルールをしっかり覚える大切さを知った俺は、公開されたこれらの情報を穴があくのではないかというほど読み込んだ。


 『グロウカード』は装備欄の『装飾』の枠に装備するカードだ。

 例として公式サイトに表示されていたものを見る限り、タロットカードのような長細いものではなく、トレーディングカードのような手に持って扱いやすいサイズのカードのようだ。


 『グロウカード』は無数に存在する。

 それこそ他の枠の装備と変わらないバリエーションがある。

 最大の違いは、その名の通り『成長するカード』だということ。


 なんでも、条件を満たすごとにカードが成長し、その効果が強力なものに変わっていくらしい。

 ステータスが上がるのか、スキルや奥義のようなものを覚えるのかはわからない。

 手に入れるカードによってそこらへんもまったく違っているようだ。


 こういう収集要素って……心揺さぶるよな。

 男の子も女の子もなにかを集めるって大好きだ。


 『グロウカード』はイベントやNSOコインを消費して入手できるアイテムではない。

 フィールドで特別なモンスターを倒したり、特別なダンジョンを踏破したり、『スクランブル』をクリアすると入手できることがあるらしい。


 その『スクランブル』とは、簡単に言うと急に起こるクエストである。

 どこで起こるのか、何が起こるのか、まったく不明。

 その場に居合わせたプレイヤーでクリアを目指す。

 別に失敗したところでペナルティはないが、クリアすると『グロウカード』や特別なアイテムが手に入ることがある。


 『スクランブル』はフィールドで発生する。

 しかし、発生条件は不明なのでそのためにパーティを組んでも徒労に終わることもある。

 『スクランブル』のために冒険するというより、冒険していたら巻き込まれたというまさに『緊急事態』的な楽しみ方をするのが最適だと思う。


 ちなみにソロで遭遇した場合は難易度が調整されるらしいので安心だ。

 それでいて報酬もパーティを組んでいる時と変わらないらしい。

 どうしても『スクランブル』を探したいという時は、気楽にソロでいろんな場所を冒険するのが良いかもしれない。

 俺はそうするつもりだ。


 最後に『ユニゾン』。

 これを説明するのは簡単で、要するに『仲間モンスター』だ。

 プレイヤーは『ユニゾン解放クエスト』をクリアすることで、一体だけ『ユニット』を仲間にすることが出来る。

 『ユニット』はフィールドにいる特定のモンスターを倒したり、特定のクエストをクリアすると手に入る。

 まあ、『グロウカード』の入手方法とほぼ同じだな。


 実装されているすべてのモンスターを仲間に出来るわけではない。

 あくまでも一部だし、その一部は明かされていない。

 フィールドを冒険して探し出せってことだろうな。


 仲間モンスターならプレイヤーと違い、気を遣わずに連れまわせる。

 ソロメインで活動している俺にピッタリのシステムかもしれない。

 しかも俺は陣取り合戦の貢献度上位の特典として、『ユニゾン解放クエスト』を受けることなく『ユニゾン』が解放されている。

 あとは出会うことさえできれば……。まあ、それが難しいんだろうな。


 陣取りの特典は他にも『NSOメダル500枚』とか『MVPメダル』がある。

 NSOメダルはバトロワの時にも貰ったいろんなアイテムと交換できるメダルだ。

 500枚も貰うと今度は多すぎて使い道に悩む。後々考えよう。


 MVPメダルは交換用のアイテムとかではなく、金メダル銀メダルとかのメダルだ。

 ステータスは上がらないが『装飾』の枠で装備することも出来る。

 メダルには名前とイベントの最終成績、所属陣営『レッドボア』の紋章などが刻まれていてカッコいい。


 だが、残念ながら装備はしていない。

 顔だけでもすごく話しかけられるのに、メダルまで首から下げてたら目立って仕方ない。

 でも、こうして頑張った証を形にしてくれたのはありがたい。


 イベントの特典はこういう物でいいんだ。

 ここでしか手に入らない超優秀な装備とか、すごく有用なアイテムとかはかえってNGだ。

 こういう自己満足的なオシャレアイテムなら手に入らなくても仕方ないで済む。


 特に今回のイベントに関しては本当にこの程度の特典で良かった。

 これがプレイヤー間に大きく差をつけるような特典だったら……。


 いや、余計なことは考えず本題に戻ろう。

 3つの新要素は、フィールド探索を楽しくするためのスパイスだ。

 今まではレベル上げとか、レアモンスターからのドロップ狙いが主な探索の理由だったけど、これなら仲間と集まって人が行ったことがなさそうな場所を冒険しようという気にもなる。


 あ、そうそう。

 同時にスキルとか装備とか奥義とかのバランス調整も来たらしいけど、あんまりネットでは話題になってなかったな。

 NSOのコミュニティの中で最も勢いのある『とある掲示板』は怖くて覗けてないけど、有名SNSとかだと3つの新要素の話題で持ち切りだ。

 それと、まだ流れてくる俺のMVP画像……。


 ま、ともかくとして、オンラインゲームのバランス調整って最大の利点にして、イベント以上に荒れかねない要素だ。

 昔は一度発売したゲームの不具合なんて直しようがなかったけど、今なら大体オンラインに繋がっているから後で直せる。

 オンラインゲームだとオンラインであることが前提だしなおさらだ。


 ただ……不具合を直すだけなら喜ばれるが、何かを弱体化するとなると反発もある。

 いろいろ事情はあるとはいえ、プレイヤーが手に入れた物の価値を下げる行為だからな。

 でも、今回は特に荒れていない。

 荒れやすい状況だというのに驚くほど静かだ。


 これは大きな調整はなかったということだろう。

 俺もそんなぶっ壊れ装備とかスキルとか持ってなかったし、きっと影響なしだろうな。

 でも、一応確認はしておこう。


 ◆ステータス

 名前:キュージィ

 職業:弓使いアーチャー

 Lv:12/30

 HP:105/105(+30)

 MP:145/145(+70)

 攻撃:180(+185)

 防御:131(+100)

 魔攻:20

 魔防:147(+135)

 速度:102(+80)

 射程:400(+180)


 ◆装備

 頭部:風流の襟巻

 右手:風雲弓

 左手:(風雲弓)

 両腕:雲穿の弓懸

 胴体:風雲の羽織

 脚部:風受の袴

 両足:雲渡の足袋

 装飾:―、―、―


 イベント中にスキルを獲得することはあれど、経験値は獲得できない。

 ゆえにレベルは上がらないし据え置きだな。


 装備の変化は大活躍だったゴリラの拳『森の賢者の拳』から、『雲穿の弓懸』に変更したくらいだ。

 フィールドを練り歩くなら、重い拳より軽い装備の方が良いかと思った。


 装備に備わった武器スキルや武器奥義もチェックする。

 『風雲弓』の【弓時雨】。

 『風雲の羽織』の【風雲一陣】。

 『風受の袴』の【舞風】。

 『雲渡の足袋』の【浮雲】。


 ついでに今は装備していない物も確認しておこう。

 『森の賢者の拳』の【ブラックスモッグ】。

 『スパイダーシューター』の【ウェブアロー】。


 うむ……。

 どれもアプデ前と効果テキストに変わりはない。

 フレーム単位で発生が遅くなったりしていたら俺にはわからないだろうけど、とりあえず目に見える弱体化は受けていないな。

 ほっと一安心だ。正直、【ブラックスモッグ】はヤバいんじゃないかと思ってた。


 あとは俺自身が覚えているスキルと奥義だな。

 武器スキルの方が強力なものは多いし、そっちが弱体化されてないんだから大丈夫だろう。


 スキル:

 【弓術Ⅴ】【会心の一矢】

 【インファイトアロー】【バウンドアロー】【クリアアロー】

 【バーニングアロー】【マルチショット】

 【不動狙撃の構え】【狙撃の眼力】


 奥義:

 【裂空】【ワープアロー】


 よしよし、何かが削除されたりはしてないな。

 スキルの効果も変わっていないようだ。

 奥義の方は……。


「あ、あれ?」


 おかしいなぁ、スキルが一つ奥義の方に入れられているぞ?

 おかしいなぁ……おかしいなぁ……。

 いや、おかしくは……ないか。

 明らかに強かったもんな【ワープアロー】。


 【ワープアロー】

 矢の刺さった位置にプレイヤーを移動させる。

 クールタイム:3分


 効果は弱体化されていないが、クールタイムがついてしまった。

 連射できたものが、一回使うたびにカップラーメンが出来るまで待たないといけなくなる。

 移動にとんでもなく便利なことに変わりはないが、連続の緊急回避には使えなくなった。

 ここぞという時の切り札……まさに『奥義』。


 覚悟していたというのもあるが、あまりショックではないな。

 ただ単に弱体化するんじゃなくて、『スキル』から『奥義』になったというのが大きいと思う。

 字面だけ見れば弱体化と言うより格上げだし、俺の愛用するスキルの強さを認められたような気分だ。

 これを『奥義送り』と名付けよう。


「さて、確認も終わったし冒険に出発するか」


 やることは決めてある。

 もちろん、新要素を楽しみたい。

 でも、『グロウカード』『スクランブル』『ユニゾン』はランダム要素が強いので、これを目的に歩き回るのはむなしい。

 同時にあることを進める。


 それは……マップを埋めることだ。


 このゲームのマップはそのままだと最初の街の周辺しか描かれていない。

 空白を埋めるには、その空白の地域を冒険して、条件を満たさなければならない。

 俺の場合は最初の街周辺以外に、風雲山近辺が埋まっているのみ。

 ほぼほぼ白紙の地図だ。


 さらにこのゲームは街から街にファストトラベルというワープが可能だ。

 その機能を解放するのにも、実際に街を訪ねて条件を満たさねばならない。

 俺はいま最初の街と風雲の隠れ里にしかワープが出来ない。

 世界があまりにも狭い。


 まずは南の地図を埋める。

 理由は海があるからだ。

 森に行って、山に行って、次は海だろう……という能天気な理由だ。


「運良く新要素にも出会えるといいんだが」


 足取り軽く、俺は街を飛び出した。

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