Data.33 弓おじさん、やってしまう

 最後の戦いは……想像以上の死闘になった。


 『グリーンバタフライ』は全戦力を『レッドボア』の本拠地へと差し向けていた。

 それも想像以上に早い段階で……。


 これは後からわかったことだが、俺が攻め落とした砦から飛び立ったインコ型モンスター『トリデワタリインコ』は、予想通りメッセージを他の砦に伝えることが出来るモンスターだった。

 『ブルーディアー』はこのインコを味方の砦だけでなく、敵である『グリーンバタフライ』の砦にも飛ばしていたのだ。

 インコのメッセージを聞いた『グリーンバタフライ』は、『レッドボア』がこのまま『ブルーディアー』の本拠地を落とすつもりだと考えた。


 この陣取りは一週間戦い、最終的に占領している砦が多い方が勝つイベントだ。

 どこかの勢力が本拠地を落とされ、その砦をすべて奪い取られれば、砦の数で勝負するのは現実的ではなくなる。

 『グリーンバタフライ』は『ブルーディアー』の本拠地を落とそうとしている『レッドボア』の本隊を引き付けるべく、『レッドボア』の本拠地を強襲しようとした。

 自分たちの本拠地が攻められれば、他の本拠地を攻撃している場合ではなくなる……。


 しかし、『ブルーディアー』の本拠地は俺の率いるモンスター&AI戦士の軍勢とハタケさんのギルドだけで落とせてしまった。

 結果的に『グリーンバタフライ』はこの総攻撃で『レッドボア』の本拠地を落とさない限り、勝利はなくなってしまった。

 逆に『レッドボア』は耐え切れば勝ちだ。


 ふたつの勢力は真正面からぶつかった。


 最初は後手に回った『レッドボア』が劣勢だったが、本拠地へと軍勢を進める必要がある『グリーンバタフライ』と違い、防衛側には余裕がある。

 もはや本拠地さえ落とされなければいいのだ。

 少数によるゲリラ的な妨害工作で進軍を遅らせ、その隙に戦力を本拠地に集めておく。

 勢いを徐々に失った『グリーンバタフライ』の軍勢は、『レッドボア』本拠地での戦いで完全に壊滅した。


 俺もとりあえず本拠地を守っておけばいいだろうと『マッハホース』で一直線に本拠地に向かった。

 最終決戦時には本拠地から矢を撃ちまくり、敵の壊滅に貢献した。

 仲間のピンチに颯爽と現れて大活躍とはいかなかったが、強力な前衛の後ろに隠れながら堅実にキルを重ねるのはスナイパー本来の姿のようで悪くないと思った。

 この時、俺は特に目立つことはなかった。この時は……。


 その後、主力を失った『グリーンバタフライ』の本拠地を占領し、イベント『天下三分の陣取り合戦』は赤い猪のエンブレムを持つ『レッドボア』の勝利に終わった。


 問題はそこからだった。

 イベントが終わり、キルされたプレイヤーもイベントマップに再び入ることが出来るようになった。

 参加者みんなで最終結果の確認や優秀なプレイヤーの発表を見守ろうというのだ。


 楽しそうに聞こえるだろう?

 平和な幕切れに見えるだろう?

 イベントが終わればいろんなことに目をつぶって仲良くノーサイド……とはいかなかった。

 VRMMOというのは紳士のスポーツではない。

 最新技術を使って人の本能を呼び覚ます獣のスポーツなのだ。


 まあ、俺は楽しめたんだけどね……。

 そうは思わなかった人もいたようで……。

 最終結果発表はイベントのバランスの悪さを象徴する証としてスクリーンショットがネットに貼られまくった。

 その中でも特に拡散された悪い意味でえるスクショは……イベントのMVPとして顔と名前と職業が大空に投影された俺のスクショだった。

 あ、もちろんゲーム内の顔と名前と職業だ。


 まあ、別に俺自身が叩かれているわけではない。

 MVPが発表された時には、同じ『レッドボア』に所属していたプレイヤーが大いに祝福してくれた。

 しかし、第3職の活躍が予想されたイベントで第2職がMVPというのはやはり騒がれる。


 さらに最多キルのタイトルも第2職が獲得していたことが話題になった。

 こちらに関してはプレイヤーのキャラ画像が表示されなかったが、名前を見てなんとなく察した。

 『ネココ・ストレンジ』……猫が好きじゃなければこんな名前にはしないだろう。おそらく彼女だ。


 バトロワは彼女が優勝。つまり、もっとも優秀なプレイヤーで俺が最多キルだった。

 今回は俺がMVP。最も優秀なプレイヤーで彼女が最多キルか。

 まあ、リベンジにはなったかな。


 彼女とはゲームの進行度が近いようだし、また大型イベントとなれば激突することになりそうだ。

 大型イベントがいつ来るのかは、わからなくなってしまったけど……。


 というのも、これまでNSOは短いスパンで大型イベントを行っていた。

 それが今回の騒動というか、今風に言うと炎上というか、話題になったことでイベントのバランスを見直して作りこむために時間を置くと発表したのだ。


 そもそも、NSOの次のアップデートではソロ向けの新要素が大量実装というウワサだったので、イベントの頻度が下がることは既定路線だったと思う。

 それでも、反省したポーズを見せておくことが大事だ。


 この大VR時代にゲームに関する炎上など常々5つは同時並行で起こっているといっても過言ではない。

 燃えているうちが花なんて言われるほどだ。

 炎の光に引かれて回遊魚ユーザーたちは寄ってくる。

 騒がれるのは人を増やすチャンスでもある。

 運営次第でこのピンチも乗り越えられるだろう。


 しかし俺としては……早く鎮火してほしい。

 あのスクショがあまりにも貼られすぎて、『Next Stage Online』とか『NSO』で検索すると俺のキャラの顔が出てくるようになってしまったからだ……!


 おかげで結構有名人。

 ゲーム内の街を歩いていても指をさされたり、話しかけられたり、記念スクショを求められたりする。


 渦中の人、話題の人、時の人……初めての体験だ。

 でもまあ、俺に出会って喜んでくれる人がいるのならば悪い気はしない。

 ギルドやプロゲーマーチームへの勧誘はちょっとお断りだがね。


 俺はこれからも基本的にはソロで遊んでいこうと思う。

 絶対に誰とも関わらないとかたくなになるわけではない。

 楽しい方へと自由に流れていくだけさ。風に乗る雲のように。


 さて、次のアプデはこのゲームの命運を分けると思うが、いったいどんな新要素が実装されるのだろうか?

 まだまだ『NSO』は俺をワクワクさせてくれそうだ。

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