Data.32 弓おじさん、運命の再会

「ボクがなぜここに……って顔してるね?」


 『当たっているだろう?』と言いたげな表情でハタケさんは言った。

 図星なのがちょっと悔しいような、そうでないような。


「ボクもキミに同じことを聞きたいのだけれど、ここはボクが先に答えよう! 少数精鋭による本拠地陥落を狙っていたのさ! 普通に正面衝突になって全滅しかけたけどね!」


 ハタケさんの後ろには複数のプレイヤーがいる。

 おそらく彼のギルドメンバーだ。

 装備の感じからして手練れだということはわかる。

 彼らが本拠地を別の方向から攻めていたことで、俺の来た方向の防衛が手薄になっていたというのが答えか。


「私の方も同じようなものです。激戦区の中央から少しでもブルーディアーの戦力を減らそうと、本拠地に攻め入ったんです。まさか陥落できるとは思いませんでしたけど……」


「そうかい? バックラーの進攻をキミは食い止めたんだろう?」


「ええ、まあ。戻ってきた仲間たちやみんなで稼いだコストがあったからこそですけど」


「ならば今回のことは当然の結果さ。なんてったって、このボク! ハタケのアシストもあったのだから!」


 偶然噛み合っただけだと思うが……間違っていないのが悔しいような、悔しくないような。

 実際、彼らが敵の戦力のほとんどを引きつけておいてくれたから勝てたのは間違いないし、そこは感謝している。


「さあ、作戦成功の喜びを分かち合うのはここまでにしよう。まだ勝利は確定していないのだから、今すぐ前線まで戻るべきさ」


「それはそうですね」


「しかしながら、ボクたちの乗ってきた足の速い馬『マッハホース』は一頭しか生き残っていないのだよ。これをおじさまに譲ろう。受け取ってくれたまえ!」


「え? まあ、お気持ちはありがたいですけど、私はもう十分やり切った気分ですし、急いで戦場に戻るモチベーションが今は……」


「いや、おじさまに戻ってほしいのだよ。これは私の願いだ」


「それはまた……どうしてですか?」


「おそらく……『グリーンバタフライ』がこちらの本拠地に向けて捨て身の進軍を開始していると思うのだよ。彼らはボクら『レッドボア』と『ブルーディアー』の戦いにちょっかいを出しつつも、どこか戦力を温存している気配があった」


「その温存した戦力をこちらの本拠地に向けていると?」


「ああ、そうだよ。もう『グリーンバタフライ』は残りの日数を地道に戦ったところで『レッドボア』に勝つことは出来ない。だから、勝負をかけるのは今しかない。いや、もしかしたらもっと早くに動き出しているのかも……」


 本拠地さえ落とせば占領している砦の数など関係ない。

 『ブルーディアー』の砦をすべて奪い取った『レッドボア』に『グリーンバタフライ』が勝つには、本拠地を落とす以外に方法がないか……。


「これが最後にして最大の戦いになるだろう。その戦いにふさわしいのはボクのような臆病者じゃない。おじさまみたいなダンディなプレイヤーなんだ……! どうか『マッハホース』を駆けり、颯爽と戦場に駆けつけてくれないか!?」


 ここまで言われて断るのは男じゃない……な。

 俺としてもこれだけ修羅場をくぐったのに最後の戦いには加われず、本拠地を落とされて負けましたなんてことは避けたい。

 『マッハホース』にまたがり、次なる戦場を見据える。


「おじさま! ボクの最強のバフも受け取ってくれたまえ! 奥義・全強化付与フルエンハンス!」


 黄色……いやもっと濃いオレンジ色の迸るオーラに体が包まれる。

 髪の毛も微かに逆立ち、とんでもなく強くなった気になる。


「この奥義は一日に一回しか使えないほど強力なのだよ! すべてのステータスを大幅にあげてくれるのさ!」


 全滅しかけたのに、なぜそんな強力な奥義を温存していたのか……とは言うまい。

 彼のことだし優柔不断で使いどころを決められなかったのだろう。

 効果自体はすごそうなのでちゃんとお礼を言う。


「ありがとうございます。せっかくいただいた機会なんで、最後の戦いも頑張ってきますね」


 駿馬を駆けり、俺は次なる戦場へと向かう。

 これが陣取り最後の戦いだ。




 ◆ ◆ ◆




「おい、ハタケ」


「なんだい?」


 ギルドの仲間がハタケに話しかける。


「お前のさっきの言葉は本心なのか?」


「本心だよ。おじさま一人でバックラーを撃退できたということは、ボクもいれば楽勝だったということさ。そういう意味で僕は臆病だったよ。でも、ボクが戦力を引き連れ中央の砦に逃れたおかげで前線を押し上げることが出来たし、この奇襲も成功した。臆病なのは確かだけど、結果的に間違っていたとは思っていないさ」


「ハタケ……お前って案外考えて生きてるんだな……」


「当然だよ? おじさまの方が戦力になるというのも事実さ。彼の方が単純な戦闘能力は上だし、キルに関しては実績もあるからね」


「でも……一つ言っていいか?」


「なんだい?」


「お前の全強化付与フルエンハンスって……光の巨人ヒーローよろしく3分しか持たないよな? ここから戦場にたどり着くまでに確実に消えるぞ。わかっていて付与したか?」


「……ほらでも、足だけでも速くなれば移動時間を短縮できるじゃないか?」


全強化付与フルエンハンスの対象は一体のみだ。おじさんは馬に乗ってるんだから、馬にエンハンスしないと移動スピードは上がらないぞ……」


「……あれ? ボクってもしかして案外なにも考えてないダメ人間!?」


「運の良い……案外なにも考えてないダメ人間……だな」


「で、でも、おじさまを応援しようってボクの気持ちは本物だよ!?」


「俺に言われても困る」




 ◆ ◆ ◆




「あ、あれ? おらのオーラが消えちまったぞ……」


 年甲斐もなくスパーキングなごっこ遊びに興じていたというのに……急に恥ずかしくなるじゃないか。

 まあ、一日一回の奥義とはいえ、ステータスを大幅に上げる効果が長く続くはずはない。

 気持ちだけは本物だと思うので、ありがたく受け取っておこう。


 それにしても、このイベント中にまたハタケさんと会うとは思わなかったな。

 彼はいつも重要な局面に俺を放り込む。

 きっと悪い人ではないのだろう。悪い人では……な。

 フレンドになりたいとまでは思わないが、軽く関わる分には面白い人だ。

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