Data.28 弓おじさん、黒い幻影

 眼下には爪を研ぐ猫。

 彼女は速さに特化したプレイヤーだ。

 地上に降りた時点で刈り取られる。


「もう一個、浮雲!」


 砦に向かう足場として、さらに【浮雲】を浮かべる。

 さっきの戦闘中に一個使って、今も足場に一個使っている。

 【浮雲】は強力なスキル故、奥義並みに制限がかけられている。

 1時間に3つまでしか使えないし、5分で消えてしまう。

 なんとか、これで砦まで戻るぞ……!


 雲の弾力を生かして、次の雲に飛び移る。

 そして、飛び移った勢いをそのままに砦までジャンプ!


「うぐっ……! よし、何とか防壁に乗っかることが出来た……」


 ここなら制限時間を気にせずに高所から射撃が出来る。

 問題の猫少女はその場から動いていない。

 てっきり追撃を仕掛けてくると思っていたが……。


 それにしても、俺もかなり装備の方向性が変わっているが、彼女もずいぶんと印象が変わっている。

 以前はネコミミ以外RPGの序盤感ありありの質素な装備だった。

 今は一言でいえば『黒猫』。ゴシック調の装備で統一されている。

 黒い装備の中で真っ白に輝く両手の爪が妙に映える。


 敵の数が妙に減っていたのはおそらく……いや、確実に彼女のせいだ。

 味方のふりをして敵軍に紛れ込み、キルする際には透明化して犯人がバレないようにする。

 乱戦の中でこれほどキルを稼ぐのに適した方法はない。


 それに彼女は敵軍の『ブルーディアー』だけではなく、俺の仲間たち『レッドボア』もキルしていた。

 このイベントで同士討ちは不可能……。


 つまり、彼女の所属は第三軍『グリーンバタフライ』!

 わざわざ自分の陣地から遠く離れた戦場に来た理由はわからない。

 だが、存在を知ってしまった以上無視はできない。


「奥義・裂……」


「ねぇ、このイベントってさぁ……。面白くないよねぇ?」


「んっ……!?」


 急に話しかけてきた……!

 いま現在本気でイベントを遊んでいるプレイヤーの心に一番刺さる言葉を……!

 そして、元ゲーム会社勤務のトラウマを刺激する言葉を……!


「そ、そうですかね? 私はこのイベント、結構面白いと思ってるんですけど……。バランスとかそういう部分が不満……ですか?」


 俺に倒されたプレイヤーは『つまらん』と思ってるかもしれない。

 基本的に無抵抗のままに倒すスタイルだから……。

 イベントのシステムとルールに関しても、結構バランス調整が甘いと思うところもある。


 しかし、ゲームなんてそんなもんだ。

 ゲームは人の手によって一つ新たな世界を作るんだ。

 リアル世界が完璧じゃない以上、ゲーム世界も完璧にはならない。

 大なり小なりどこかが歪み、不満も出ることだろう。


 元ゲーム会社勤務として言えることは一つ。

 寛大な心で許してくれ……!

 嫌でも買ってくれ……!

 遊んでくれ……!


「いや、バランスとかは別に気にしてないんだけどさ」


 気にしてないのか……。

 勝手に精神ダメージを食らってしまった。


「こういう個々の力があまり反映されないイベントって嫌いなんだよねぇ。結局のところ、味方のやる気次第だったり、マッチングの運だったりさ。どうしようもないところで勝敗が決まることも多いじゃん?」


「ああ、まあ、それは確かに」


「そういう意味ではバトロワは最高だったなぁ……。自分の作戦が全部ハマって優勝できたし! 負けたら全部自分のせい、勝ったら全部自分のおかげ! 負けた理由を他人に押し付けられるから、大規模対戦が好きって人もいるけど、理解できないな」


「じゃあ、なんでこのイベントに参加したんですか?」


「報酬がおいしいから」


「ああ、なるほど」


「参加するからには本気でやる。だから、私は個人成績のトップを狙ってるの。それが一番確実かつ、自分の力で多くの報酬を勝ち取れる方法だから」


 だからこんな遠くまで一人でやって来たのか。

 確かに多くの味方と一緒ではキル数は減るだろう。

 でも、敵軍に一人で紛れ込むって怖くないのか?


 それに装備のどこかに所属を表す紋章エンブレムを入れないといけないはずだ。

 紋章のサイズは多少選べるが、見えないほど小さいものはなかった。

 見えにくいところに入れるにしても、たくさんのプレイヤーに囲まれれば誰か気づきそうなものだが……。


「おじさんの考えてること、大体わかるよっ」


 彼女は俺に背を向けた。

 長い髪をかき上げると、うなじに緑の蝶のタトゥーが入っていた。


「露出している部分なら肌にも紋章を入れられるの、知らなかったでしょ? 本来、髪が長いとココに紋章は入れられないけど、紋章を入れる位置を決めた後に髪を伸ばせば大丈夫なの、知らなかったでしょ?」


 いわゆる……裏ワザと言うやつか。

 思い出してみれば、倒したプレイヤーの中にも肌に紋章を入れていた人がいた。

 案外、広まってるんだな……この仕様。

 ほっぺとか、おデコとか、ふとももとかに入ってると……なかなかセクシーだったな。


 でも、髪の毛で隠すのは結構ルールギリギリじゃないか?

 動いたら見えるとはいえ、乱戦の最中なら見逃してしまうそうだ。

 まあ、それを可能にしてる運営が悪いんだけど……。


 彼女もよく検証したものだ。

 このイベントに関しても自分のやるべきことをしっかり決めているし、相当真剣にゲームを遊んでいるのだろう。

 若い印象を受けるが、もしやプロゲーマー……。


「さっ、気になってるであろうことを教えてあげたし、私はブルーディアーの残党を狩りに行くよっ!」


「戦う気はないのかい?」


「だって、強い人でも弱い人でも1キルは1キルだし、おじさんみたいな強い人を相手にする意味がないもんっ! じゃねー!」


「はい、じゃあ……じゃない!」


 くぅ……うっかり普通に話をしてしまった……!

 会話の切り出しが『ユーザーからのゲームに関するご意見』だったばっかりに、お話を聞くモードになってしまっていた!

 このゲームの開発に関わっているわけでもないのに……っ!

 クセでついつい意見を求めてしまった!


「待て……っ!」


 弓を構え直した時には、彼女は消えていた。

 そもそもなぜ向こうから会話を切り出したのかも、今ならハッキリわかる。

 『透明化』なんていう強力な効果を持つスキルには必ず何かしらの制限がある。

 その制限が解除されるまでの時間稼ぎだったのだ。


 ただ、彼女の話していたこと自体は嘘ではないだろう。

 本当に個人成績で上を目指していなきゃ、こんな危険な戦いはしない。

 そう、彼女は真実を話した。

 真実だからこそ……。


「ブラックスモッグ! ブラックスモッグ! ブラックスモッグ!」


 撒き散らす黒い煙。

 透明化といっても無敵になるわけじゃないし、当たり判定は存在する。

 もちろん臭いだってわかる。


「お゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ッ!! くっさああああああああああッ! なんでバレたのおおおおおおおおッ!?」


 個人成績を上げたいなら砦も占領した方が評価が上がるはずだ。

 このイベントはあくまで『陣取り』だからな。

 そうなれば、残った戦力が俺だけの砦なんて見逃すはずがない。

 たった一人倒せば、たった一人で砦を奪ったという評価が得られるのだから。


「弓時雨!」


 煙の中にいるのは確定だが、正確な位置はわからない。

 こういう時に役に立つのが【弓時雨】だ。

 速さに相当ステータスを振っていそうな彼女なら致命傷になりかねないが……。


「さて、どうなったかな……」


 煙がすべて晴れるころには、彼女の姿はなくなっていた。

 プレイヤーメモリが落ちていないということは……逃げたな。

 いや、のんきにお話を聞くというミスもあったが上手く逃がせた……と言うべきか。


 彼女には大事な仕事をやってもらわなければならない。


 それは本人も明言していた『ブルーディアー』残党への追撃だ。

 この砦を守るうえで一番危険なのは彼女じゃない。

 敗走を知って他の砦からカバーに来るであろう『ブルーディアー』のプレイヤーたちだ。


 AI戦士となったプレイヤーも、撃破されると再びメモリになる。

 メモリをそのプレイヤーが元いた陣営で復活させた場合は、またプレイヤー本人がキャラを操作することが出来る。

 つまり、バックラー奪還のために戦力を補充して攻め込んで来る可能性は大いにある。


 ちなみにこの仕様、絶対ではない。

 イベント序盤にキルされたのに、復活のことを考えて3時間ずっと待ってろってのは酷だ。

 味方陣営で復活させたがプレイヤー本人が来ない場合はAI戦士となる。


 ただ、バックラーは大ギルドの有名プレイヤーだ。

 自陣営の勝つ確率を上げるため、3時間くらい平然と待つだろう。

 それだけ奪還しにくる可能性も高い。

 防衛のプレイヤーが少数だということも当然知られているからな。


 猫少女にはこちらの情報を抱えている残党を全滅させてほしい。

 全滅といかなくとも見えない敵に襲われ続ければ、こちらを恐れて攻め込む気が失せる確率が高い。

 なんたって、彼女は所属陣営をわかりにくくしている。

 レッドボア陣営の追撃だと勘違いする可能性は大いにある。

 きっと役目を果たしてくれるだろう。


「ゴーレムと砲台をAI制御に変更。さらにゴーレムは巡回モードに……」


 生き残ったゴーレムたちが砦の周囲を動き回る。

 まだ猫少女が俺を狙っていたとしても、姿を現そうものなら彼らが反応する。

 さらにプレイヤーをキルして稼いだコストで、砦の上にドーム状のバリアを設置する。

 これで砦の防壁を登って侵入しようとしても、バリアで引っかかる。

 バリアを割ると派手な音がするらしいから、襲撃の察知は容易になる。


「これでやっと……勝ちだ!」


 やっと勝利の実感が押し寄せてきた。

 同時に疲労も押し寄せてくる。

 コスト稼ぎから敵軍襲来、バックラー戦から猫少女との駆け引き……。

 そりゃ頭も疲れるだろうって話だ。

 でも、休憩する前にこれだけはやっておかないとな。


「プレイヤーメモリを使用して、敵プレイヤーをAI戦士として復活させる!」


 先ほどまで激戦を繰り広げていた男が、鎧や盾、見た目もそのままに召喚される。

 また、バックラーのメモリまでの通り道に落ちていたメモリをいくつか拾ってある。

 彼らも復活させ戦力に加える。

 そして、ゴーレムたちと同じように砦の周囲を警戒させる。


 動きは劣化するにしても、頼もしいものだ。

 バックラーの防御ステータス自体は据え置きなので、俺や猫少女のような特化型だけでなく、普通のプレイヤーも容易に撃破できない。


 この戦力を用いて防衛に徹するのか、それとも……。

 イベントはまだまだ序盤だ。

 このつかの間の平穏を、次の一手をうつために使わなければならない。


 それにしても、あの猫少女……今までで一番【ブラックスモッグ】に良いリアクションをしてくれたな。

 女性に対して失礼極まりないが、「お゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ッ!!」の声をしばらく忘れることはないだろう。

 【ブラックスモッグ】でなければ追い帰せなかっただろうし、持っててよかったゴリラの拳。

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