Data.27 弓おじさん、戦いの後に

 【裂空れっくう

 超高速の矢を放つ。貫通力に優れる。

 クールタイム:3分


 このスキルの強みはシンプルに速いこと。

 他のアロー系スキルとは比べ物にならないほど速く標的に命中する。

 だからこそ、俺と長く戦って普通の矢の速度に慣れてしまったプレイヤーほど反応できない。


 そして、強みであり、弱みでもあるのが貫通力だ。

 硬い物をいくつも貫けるように、先端の刃の部分である『矢じり』は極限まで細く鋭くなっている。

 逆に言えば、相手に与える傷も小さくなるということ。

 急所を外せば通常の矢より威力が落ちる可能性も秘めている。


 案外もろ刃の奥義だ。

 そのせいか、雑にぶっ放しても強力な【弓時雨】よりもクールタイムが短い。

 とはいえ、戦闘における3分は長い。

 今回も【裂空】を外すか防がれていたら、勝負はどうなっていたかわからない。


 この奥義を撃ち込めそうな隙そのものはいくつもあった。

 バックラーはこの奥義の存在を知らなかったので、対策のしようがない。

 でも一発を外し、その存在を知られたら絶対に対策されたと思う。

 迅速に俺をしとめることを諦めて、再び鎧を装備するとか……な。


 そういう意味では、攻撃のチャンスは一度だけだった。

 外さないように出来る限りバックラーを引き付けてから撃った。

 まあ、通常の弓使いからすればまだまだ遠すぎる位置だったけど。


「なにはともあれ、これで俺たちの勝ち……」


 ではない。

 最強の敵であるバックラーは倒せたが、まだまだ敵軍は残っているはずだ。

 もう少し早くバックラーをしとめられていれば、敵軍は戦意喪失して帰ってくれたかもしれない。

 でも今はもう全員イケイケの突撃状態だ。

 こうなるともはやバックラーも一人のプレイヤーでしかない。

 たった一人キルされたところで、攻め手を緩める必要がない。


 左右の仲間たちは大丈夫だろうか?

 俺が担当していた正面の敵はかなり数が減っている。

 バックラーに集中していた割に減りすぎているくらいだ。

 それだけ敵は左右に流れたということだろう。

 みんなには悪いことを……。


「キュージィさん! 無事でしたか!」


「あ、そっちも大丈夫……だったみたい?」


 仲間の一人がこっちに駆け寄ってくる。

 その顔は嬉しそうで、敗走してきたようには見えない。


「いやぁ、数が多すぎてダメかと思いましたが、案外攻め方がぎこちなかったんすよ。やっぱりたくさん味方がいるってのも戦いにくいんですかね? あと、ゴーレムたちがよくやってくれました。コストをかけて強化するとこんなに強いんですね!」


「ああ、そうだね。敵がそっちに流れて大変だったと思うけど、よく頑張ってくれた。君たちもありがとう」


「へ? こっちに敵流れてましたか? むしろ、こっちの敵が妙に減っているから、キュージィさんに負担がかかってるんじゃないかって心配して来たんですけど……やっぱ、流石っすね!」


 敵はどこにも流れていない?

 なら、普通に隙をついて逃げた敵が多かったってことか?

 確かに逃げ出すプレイヤーを見なかったわけじゃないけど、そんなにたくさんいたかな……。


「それよりキュージィさん! 早く残った敵を追い帰して、キルしたプレイヤーの『メモリ』を回収しましょうよ! 正面は任せましたよ!」


「あ、ああ……」


 そうだ、まだ敵は残っている。

 ボーっと考え事をしてる場合ではない。

 予想以上に敵が減っているなんて、良いことじゃないか。

 きっと仲間たちやゴーレムが頑張ってくれたんだ。


「風雲一陣! ブラックスモッグ!」


 散らばっている敵に対して【ブラックスモッグ】は非常に有用だ。

 風魔法で吹き飛ばすと、他のプレイヤーのいるところに吹っ飛んで味方殺しになるからだ。


「くっせえええーーーーッ! あっちいけ!」

「おい、こっちに飛ばすんじゃねー!」

「おうぇ……! なんてスキル……実装してやがる……!」

「踏んだり蹴ったりだ……。フンだけに……」

「もう押し切れない! 撤退するぞ!」


 阿鼻叫喚の黒い煙の中から次々と逃げ出すプレイヤーたち。

 その背中に追撃を加えていく。

 全滅は無理でも、少しでも数を減らす。

 自陣営のために必要なことなのだが、無抵抗のプレイヤーをキルするのはちょっと申し訳ないな……。


 全力で連射しようという気は起きず、射撃のスピードが緩やかになる。

 いや、慢心してはいけない。

 前のイベントだって気を抜いたところをキルされたのだから。


「……ん?」


 やっぱり、減ってないか?

 ついつい追撃の手を緩めてしまったというのに、敵の数はしっかり減っている気がする。

 あ、もしかして誰かが継続ダメージを与えるスキルでも使ったのか?

 このゲームにも『毒』状態などは存在する。

 それなら攻撃を加えなくてもHPを失って消えるプレイヤーがいてもおかしくない。


「よし、後は戦場に散らばった『プレイヤーメモリ』を回収すれば終わりだ」


 『プレイヤーメモリ』とは、キルされたプレイヤーが落とすアイテムだ。

 これを砦に持ち帰り、コストを消費することでキルされたプレイヤーを復活させることが出来る。

 ここまでならよくあるシステムだが、面白いのはここからだ。


 いうなれば『将棋』。

 討ち取った敵プレイヤーを復活させて戦力に加えることが出来るのだ。

 その際、復活したプレイヤーを操作するのは本人ではない。

 AIがそのプレイヤーの立ち回り、装備、スキルを再現して動かす。

 それが『AI戦士アイトルーパーシステム』だ。


 プレイヤー本人が操作すると、裏切りや無気力プレイの可能性もあるのでその対策である。

 立ち回りはなかなかに劣化するが、ステータスは据え置き。

 第3職のAI戦士ともなると戦力としては十分。

 特にバックラーは前に出て壁を張ってるだけで強い。

 絶対に回収して復活させなければならない。


「ちょっと遠いところにあるけど、一番先にメモリを拾うべきだな……」


 大事なことは真っ先に。

 駆け足でバックラーのメモリに向かい、アイテムボックスに収納した。

 他の仲間も敵が撤退したことを確認したのか、メモリの回収にいそしんでいる。


 む……やはり仲間も何人か犠牲になっているな。

 戻って来てくれた時よりも人数が減っている。

 死力を尽くした仲間のおかげで俺たちは勝つことが出来た。

 このまま陣取り合戦にも勝ちたいものだ……が……。


「あれ? また、減ってないか?」


 そこら中に散らばっているプレイヤーメモリが時間が経つごとに消えている気がする。

 まさか、時間経過で消えるのか!?

 いや、バックラーより後に倒したプレイヤーのメモリが消えている。

 時間のせいじゃないぞ……。


「みんな! なんかメモリ消えてる気がしないか?」


 問いかけても返事がない。

 あたりを見渡すと、仲間たちも消えていた。

 考えたくないが……バグか?


 接続障害ではない。

 このイベントは3時間ぶっ通しで行われるけど、一時的なログアウトはペナルティなしで可能だ。

 急用とか予期せぬトラブル、トイレとかもあるからな。

 そういう時は、プレイヤーの体がゲーム内に残ったままでログアウトできる。

 残された体は完全に無防備なので危険ではあるが、味方の砦の中とかなら比較的安全に抜けられる。


 通信が切断された場合も一緒で、プレイヤーの体はしばらくゲーム内に残る。

 だから、一瞬で消えるというのはバグか、あるいは……。


 ザッ……ザッ……!


「風雲一陣! 舞風!」


 背後で足音が聞こえたような気がした。

 反射的に真上に浮かび上がる。


 シュッ……! シュッ……!


 俺がさっきまでいた位置から風を切るような音が聞こえた。

 二回なにかが振り回された音だ。

 どこかで……聞き覚えがある。


「浮雲!」


 空中で様子を見る。

 今の地上には……獣がいる!


「あはっ、今度は失敗しちゃったっ!」


 突然、何もなかった場所からネコミミつけた小柄な少女が現れた。

 まるでさっきまで透明だったみたいに……。


「やはり君か……。なんとなく、嫌な予感はしていたけど」


 前は短かった髪は伸ばされ、装備も変わっている。

 だが、忘れるはずもない。

 バトロワの時に俺を倒したプレイヤーだ!


 今回のイベントに『透明化』のチップはない。

 つまり、彼女は独自で消える力を手に入れている。

 でも、俺もそれに気づき回避した。

 あの時からお互い強くなったようだな……!

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