Data.20 弓おじさん、風雲急を告げる

「最後の装備もまた証を持つお方に合わせた物をお渡ししています。これからも風雲竜様に立ち向かった勇気を忘れずに。どうかご武運を……」


「ありがとうございます……!」


 宝物庫で最後の風雲装備を受け取った俺は、長老に礼を言ったあと風雲山を下りた。

 風雲山の内部には失われた文明の技術で動くエレベーターのようなものが隠されていて、それを貸してもらえば簡単に地上と山頂を行き来できる。


 地上に降りた俺は周辺のモンスター相手に装備の力を使ってみた。

 その力は……想像以上のものだった。


 いても立ってもいられなくなった俺は、ファストトラベルで最初の街にある『コロシアム』までやって来た。

 ここで新たな装備がプレイヤー相手にどれほど通用するのかを試す……!


 コロシアムは毎週配布される対戦券を消費することで、様々なシチュエーションの対人戦が楽しめる施設だ。

 今回俺が参戦するのは『バトルコロシアム』と呼ばれる一番王道のルール。

 制限時間内に最も多くのプレイヤーを倒した者が優勝というシンプルさが人気の秘訣らしい。


 バトロワだと最後の一人になるまで終わらない。

 生き残ることが目的だから逃げ隠れする人が出て試合時間が長引く。

 戦う以外の要素も多く、気を配らないといけない。


 それに対してコロシアムは逃げ隠れする場所もなく、キル数を稼ぐことが目的なので戦闘の連続になる。

 試合展開が早いし、長引いても制限時間で決着をつけてくれる。

 大型イベントではなく常設なので気軽に参加できる。

 対人戦の練習をこなすにはもってこいだ。


 ちなみにコロシアムも観戦可能だが見る人は少ない。

 理由は簡単。同時に無数の試合が行われ、短い時には数分で終わるからだ。


 街の施設としてのコロシアムはあくまでも対戦部屋を作ってマッチングさせるためのロビーで、実際に試合が行われるのは普段冒険している世界とは切り離された専用マップだ。

 何万人も遊んでいるゲームである以上、対戦も同時に何試合も行われ、決着がついたら部屋は解散される。

 上位には報酬があるとはいえ、参加のハードルが低い分イベントほど緊張感のある勝負は少ない。

 明確な理由がない限り、見ていて楽しいものではない。


『マッチングが完了しました。今回の参加プレイヤーは100名です』


 古代の円形闘技場を再現したバトルフィールドにぽつぽつとプレイヤーが出現する。

 100人詰め込まれると人と人との間隔が狭いな。

 障害物もないし、目と目があったら即勝負って感じだ。

 バトル開始から気が抜けない。


 さて、試合開始まで情報を集めよう。

 足元は白土で動きやすい。

 空は逃走防止のためドーム状のバリアで覆われている。

 ただ、バリアは結構高い位置にあるし、闘技場の真上を飛ぶのならば問題ないだろう。


 参加者は正確なマッチングシステムにより、俺に近いレベルの人たちが集められている。

 つまり、第2職の中でもまだレベルが上がりきっていないプレイヤーだ。


 しかし、彼らはもう初心者ではない。初期職を乗り越えた人たちだ。

 みんな装備にも個性が出始め、戦闘の前でも浮き足立ったりしない。

 中にはスタートと同時に襲いかかる獲物を探している人だっている。

 特に俺の周りには目がギラついた人が多い。


 そう、俺が狙われているからだ。


 やはり、弓使いは雑魚扱いのようだ。

 俺の場合は防具も布製で、より頼りなく見えるのかもしれない。

 風雲装備一式は肌触りがよく軽いので動きやすい。

 デザインも渋くて個人的にはカッコいいと思う。


 まあ、金ピカの鎧や装飾の凝ったローブとかよりは地味かもしれない。

 武器だってゴツい大剣や宝石のくっついた杖より貧相に見えるだろう。


『バトル開始10秒前!』


 でも、俺は苦労して集めた装備の強さを知っている。

 頼むぞ風雲の装備たち。

 そして、最後の一つ『風雲弓』!


『……ゼロ! バトル開始!』


 スタートと同時に近くにいたプレイヤーたちが俺に殺到する。

 飛び道具の使い手は接近戦で倒せ……。

 セオリー通りの動きだ。


「風雲一陣! 舞風!」


 風を吹かせる方向は真上だ。

 重量を軽減させるスキル【舞風】を発動し、風を受けて気球のように膨らんだ袴で空に浮かぶ。

 これが『風受の袴』と呼ばれる所以ゆえんだ。


「浮雲!」


 空に雲を作ってそこに降り立つ。

 この雲は長老が作った『動かせる雲』ではなく、竜と戦った時の『足場の雲』であることは確認済みだ。

 下から来る物は素通りさせるので、攻撃に対する盾にはならない。


 しかし、これだけ高いところに陣取れば、そう簡単に攻撃は届かないだろう。

 これこそ射程極振りの真髄だ。


 眼下のプレイヤーたちはざわついている。

 中には戦うのをやめて俺を見つめている人もいる。

 出来れば他の人たちと戦って数を減らしてほしいんだが……。

 まあ、自分でやらないとな。


 長老から授けられた『風雲弓』の武器スキル……いや、武器奥義。


弓時雨ゆみしぐれ!」


 弓の奥義といえば誰もがこれを想像するだろう。

 雨のごとく降る無数の矢を。

 『弓時雨』はまさにそれだ。

 地上に降り注ぐ矢の雨を浴びて、プレイヤーたちは光に還っていく。


 ◆風雲弓

 種類:両手武器<弓> 攻撃:100 射程:80

 武器奥義:【弓時雨】


 【弓時雨】

 弓の周囲に発生した雨雲から雨のごとく矢を降らせる。

 クールタイム:5分


 スキルと奥義の違いは『クールタイム』の存在である。

 MPさえあれば連発可能なスキルと違い、奥義は一回発動した後時間を置かなければ再発動できない。

 【弓時雨】の場合は5分。ちょっと長い気もする。


 その分性能は高く、戦況を一発で変える可能性を秘めている。

 【弓時雨】は待望の広範囲攻撃だ。

 風雲弓の周りに発生する雲から、矢が雨のようにどんどん発射される。


 連射スキルの宿命だが、一発一発の威力が低い。

 乱射するので狙って弱点を撃つのは難しい。

 防御の高いプレイヤーはなかなか削りきれないな。

 逆に攻撃を受けるより回避をメインにしているプレイヤーには二重の意味でぶっ刺さるスキルだ。


「結構数を減らせたかな」


 低防御のプレイヤーを撃破し、俺のキル数は38だ。

 流石に全滅とはいかなかったが、瀕死の状態で生き残っているプレイヤーも多い。

 そちらは通常の射撃で仕留めていく。

 これで50キルを超えた。

 今回のバトルコロシアムは俺の優勝だ。


 それはまあ置いておこう。

 対人戦の練習としてはピンピンしてる頑丈な人たちとか、矢の威力の低さを見抜き、高火力スキルで消し飛ばした手練れたちが課題だ。

 正直、この奥義で38キルは出来過ぎている。

 初見殺しでうまくいっただけだろう。

 もっと緊張感のあるイベントの最中なら、気を抜かず対応できたプレイヤーもいるはずだ。


 【弓時雨】は良くも悪くも効果がシンプルなので、一度見られると対応されやすい。

 奥義はクールタイムもある。スキルよりも工夫して使わなければ。


「ライズロック!」


 プレイヤーの一人がコロシアムの地面をボコッと盛り上げて高くした。

 なるほど、そうすれば俺に攻撃が届くかもしれない。

 ……マズイな。


「やはり、空から攻撃すれば全員倒せるってほど甘くないか」


 普通に空中で二段も三段もジャンプしてくる人いるんですけど。

 それに時間限定で飛ぶ魔法とかあるんだなぁ。

 みんな、試合をぶっ壊した俺だけはキルしようとギラギラした目をしている。


 恐ろしいけど、ワクワクするな。

 本気の勝負じゃないとプレイヤースキルは伸びない。

 強敵をどうやって倒すのか、初見スキルをどう打ち破るのか……。


 特に次のイベント『天下三分の陣取り合戦』に参加するなら、自分を厳しい状況において鍛えなければならない。


 まだルールは明かされていないが、一つだけ公開されている情報がある。

 このイベントにランク分けはない。

 トップを走る第3職たちと同じフィールドで戦わなければならないんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る