Data.19 弓おじさん、怪異と対峙する
長老に案内されてやってきたのは、風雲山の端っこだ。
木製の柵を乗り越えた先は断崖絶壁。
落ちれば引っかかるものはなく、はるか下の地面まで一直線だろう。
「
防衛ラインに達するまでに敵を倒せというクエストか。
時間制限があるバトルって焦るんだよなぁ。
特に敵がどんどん接近してくるタイプは圧迫感がある。
それにこの地面に対して垂直な壁を登ってくる敵を山の上から攻撃するってキツくないか?
後衛職ならまだなんとかなるけど、前衛職とかほぼ攻撃不可能だと思う。
「足場に関してはご安心ください。我ら里の者の秘術で特別な雲をご用意いたしました」
なるほど、これなら戦える。
里の雲は空を流れていくだけの雲と違い、重心移動で動きをコントロールできるのだ。
右に重心を寄せれば右に、左なら左に。
下に降りる時は腰を少し落とし、上昇する時はピンと背筋を伸ばす。
非常に直感的な操作が可能だ。
「まるで筋斗雲だ」
雲に乗って木の柵を越え、風雲山の外側へ。
敵はまだ出現していない。
「それではご武運を!」
スッと長老の姿が見えなくなる。
不具合ではなく仕様だ。
いま俺は『戦闘空間』に隔離されている。
理由はこの戦闘がクエストの一部だからだ。
フィールドに普段から存在するボス、例えばゴリラや風雲竜は戦ってもいいし、逃げてもいい。
だが、クエストボスはそうもいかない。
依頼を受けた以上、勝っても負けても結果に応じたイベントが起こる。
『戦闘空間』は見えざる壁で囲まれていて、雲に乗って遠くへ逃げることも、里の中に逃げ込むことも許されない。
勝つか、負けるか……どちらかの結末を迎えるまで戦い続けるしかないのだ。
……なんだか血生臭い言い回しをしてしまった。
他にもクエストを受けていない人を戦闘に関わらせないという効果もある。
ともにクエストを進めているパーティメンバーならば問題ないが、完全な部外者にはそもそも戦闘シーンが見えない。
クエストはストーリー要素が絡むのでネタバレ防止の意味もある。
「ん? 急に空が暗く……」
日が落ち、昇ってきた月すらも暗雲に覆い隠される。
代わりに風雲山の周りには無数の赤ちょうちんが浮かび、山全体を照らす。
空間が隔離されているから、こういう派手な演出も出来るんだな。
ズ……ズズ……ズズズ……
形容しがたい音が真っ暗な地上から聞こえる。
どうやらお出ましのようだ。
影のような黒い肌に無数の目を持つ怪異『
ヒタヒタと断崖絶壁を這い登ってくる。
同時に体中に赤い瞳が現れた。
ここを狙ってくださいと言わんばかりに目立つ赤だ。
しかし、目がたくさんある怪物って多いけど、VRで見るとすごい気持ち悪さだ。
集合体恐怖症の人は絶対ダメだろうな。
同時に爬虫類感もしっかり表現されているので、それ系の生き物が苦手な人もキツそうだ。
本当にこのゲームってモンスターは倒さないといけない気にさせるデザインにしてあるよな。
もちろん誉め言葉だ。
「ロック! マルチショット!」
キリリリリ……シュッ!
10個の瞳に矢がヒット。
ダメージを負った目は閉じられる。
これなら残っている目の数と位置が把握しやすいな。
いま開いている目をすべて閉じさせれば、何か起こるはずだ。
「ロック! マルチショット!」
的がデカいし、動きはそこまで素早くない。
外す要素はほぼほぼない。
今はこの攻撃を繰り返すだけでいい。
連続で【マルチショット】を当て続けたことで、変化はすぐに起こった。
ギュギギギギ……ギギギ……ギギ……ッ!
トカゲがうめき声をあげ、よたよたと後退。
そして、長い舌を天に向かって突き出した。
舌にはひと際大きな目玉がある。
「弱点が出た……!」
目玉系ボスは目玉をすべて攻撃すると本当の弱点を見せる……。
やはり通用するんだな、あのセオリーは。
「風雲一陣!」
ビュオオオオオオォォォォォォ………ッ!
真下へ吹き降ろすように突風が吹く。
トカゲはさらに下へと後退する。
このスキルの効果はそれだけにとどまらない。
矢は風に乗り、威力と射程をさらに増す!
「全力連射ッ! インファイトアロー!」
『全力連射』というのは気持ちの問題で新スキルではない。
とにかく弱点が表に出ているうちに撃つべし、撃つべし!
しばらくするとトカゲは舌を引っ込め、また崖のぼりを再開した。
さらに目玉にコウモリの羽が付いたような雑魚敵をばらまいてきた。
数は30くらいいるかな?
すべて【マルチショット】の餌食になった。
耐久が低そうなうえに、弓矢の『飛行特効』まで受ければそうもなる。
あとは同じ動作の繰り返しだ。
再び開かれた全身の目を撃って、出てきた舌にも矢を撃つだけ。
トカゲはロクに登ることも出来ずにずるずる後退。
しまいには地面まで戻されてしまった。
ただ、ここで攻撃パターンが増えた。
風雲山の周りを浮遊しているちょうちんの火が一斉に消え、代わりにトカゲの目が赤々と発光する。
俺はこの時点でピンと来て逃げる体勢を作る。
目玉が光ればやることは一つ。
目からビームだ。
無数の真っ赤な光の線が空を切り裂く。
ビームだけあって攻撃判定が届くのが速い。
危うく乗ってる雲もろとも真っ二つにされかけたが、コツを掴めば当たる攻撃ではない。
トカゲの目玉と目が合うと、それは俺の頭にビームが飛んでくる証拠。
しかし、どの目玉とも目が合わない位置に行けば、あとは動かずとも避けられる。
新しい攻撃をやり過ごしたら、また同じ動作の繰り返し。
流石にパターンを三回繰り返すだけでは倒せなかった。
そもそもこれは風雲竜を倒し、証を手に入れた者が受けるクエスト。
トカゲもそれ相応にHPが多いはずだ。
さらにMMOの強敵というのはパーティで戦うことを前提に設定されている。
ソロなうえ、そもそも火力不足の俺は風を吹かせてブーストしても時間がかかる。
知らず知らずのうちに修羅の道を歩んでるな、俺。
「でも、このクエストはなんとかなったぞ」
トカゲの影のような黒い体が白く染まり、光となって散った。
空を覆っていた暗雲も消え去り、元の青空が戻ってきた。
俺の……勝ちだ。
パターン化できたので風雲竜よりはずっと楽だったが、やはり長期戦は疲れるな。
長老に結果を伝えたら休憩を入れよう。
それにしても、こんな奇怪なボスを倒したんだからドロップアイテムもレアな物が……出なかった。お金すら出なかった。
クエストボスはそういう仕様なのか?
少し残念だな……。
まあ、とにかく長老に報告してクエストを終わらせよう。
「長老様、敵を倒すことが出来ました」
「ええ知っておりますとも。見事に試練を乗り越えられました」
「それはどうも……って、試練?」
「騙すようなことをして、申し訳ありませぬ!」
長老は頭を下げて、すべてを話してくれた。
この里はそもそも立地が立地なので外の世界と隔絶されていた。
ある時から他の街との交易を始めたのだが、それ以降『風雲竜伝説』を聞きつけた心無い人が『偽の風雲竜の証』を持ち、里のしきたりを利用してもてなしを受けようとしてきた。
外の世界の
そこでとりあえず一日はもてなし、それ以降は怪異の退治を持ちかけるようになった。
退治していただければ、これからもおもてなしをしますよ……と。
その怪異とは里の術士が複数で操る大型の式神。
つまり、モンスターではなかったのだ。
道理でドロップアイテムもお金も出ないわけだ。
人が作った物だから当然風雲竜より弱い。
いろいろ納得した。
「理由はよくわかりました。私は怒っていませんよ。むしろ、納得してスッキリした気分です。では、私はこれで……」
「お待ちください!」
「は、はい!」
「真の証を持つお方に行うおもてなしは、何も宿の割引だけではございません!」
あ、割引は割引なのか。
試練を越えたらタダのままになるってわけじゃないんだな。
「まずはこの二つの装備をお受け取り下さい!」
「これは……風雲装備!」
「はい、『羽織』と『袴』と『足袋』は風雲竜様から授けられたと思いますが、残りは我々が『証』を持つお方に合うものを選んでお渡しすることになっているのです」
つまり、風雲竜のドロップ品は誰が倒しても共通だけど、里で貰える装備は人によって違うんだな。
俺の場合は弓に合わせた装備だ。
◆
種類:両腕<グローブ> 攻撃:35 防御:15 射程:50
武器スキル:なし
◆
種類:頭部<マフラー> HP:30 MP:70
武器スキル:なし
あまり柔軟性のないガチガチの革で三本の指を覆う。
弓を引くのは問題ないが、それ以外の動作は少しやりにくいな。
ゴリラの拳はああ見えて繊細な動きが出来る。
また射程は変わらないが防御面とスキル面はあっちが勝る。
こちらは攻撃が伸びるのは見逃せない。
あと数値では表示されてないけどすごく軽い。
ゴリラの拳はデカいから盾にもなるけど、その分重かったからなぁ。
一長一短。
場合によってはあちらと使い分けることになるだろう。
襟巻はマフラーだ。
それもかなり長くて風になびく。
立っているだけで絵になってカッコいい。
頭部防具はHPとかMPが伸びるんだな。
MPは頻繁に消費しては回復するので最大値が上がったのは大幅強化だ。
「素晴らしい装備をありがとうございます。大事に使わせていただきます。では……」
「お待ちください! 風雲装備は……まだございます」
「えっ!?」
「里の宝物庫にご案内いたします。そこで風雲装備、最後の一つをお渡しします」
風雲装備は五つの防具だけじゃないのか?
最後の一つ、一体どんな装備なんだ……。
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