Data.17 弓おじさん、天空に立つ

 し、視界が真っ白だ……。

 俺は負けたのか……?


「うぅ……。ここは……まだ雲の上か!?」


 すぐさま弓を構えてドラゴンを探す。

 まだ終わってはいない!

 さっきの光は新しい攻撃パターンか!?


「……いや、終わったのか」


 俺の足場以外の雲はすべて消え、突き抜けるような青空が広がっている。

 空が俺の勝利を認めているようだ。

 風も穏やかになって心地よい。


 思わず背伸びをしようとして、脚が動かないことに気づく。

 欠損状態は治っていない。

 早く街に戻って回復しよう。

 フィールドでこの状態を回復するには貴重な薬が必要だが、街なら安価で治せる。


「それで……街はどこだ?」


 雲は流れる。

 真下にはまったく知らない景色が広がっていた。

 マップを開いても何も表示されない。

 初期の街とその周辺以外の場所は、特定の条件を満たさないとマップすら見れない。

 初めて行く場所のマップを最初から見られるタイプのRPGも増えたが、このゲームはレトロスタイルのようだ。


 こうなると、どこに降りていいのかわからないな。

 戦闘に夢中になっていて気づかなかったが、日が暮れだしている。

 薄暗い大地の中から村や街を探すのは骨が折れる。

 それに雲の軌道を変えることは出来ない。

 矢が届く範囲に街が来ないとワープを使っても降りるのは難しい。


 ペナルティ覚悟で死ぬのが一番早い帰還方法だけど、せっかくあんな強敵と戦って生き残れたのだから最後まで生きて帰りたい。

 しかし、両脚すら使えない現状だと贅沢も言えないか……。

 うぅ……自滅するにしても落下死は怖いぞぉ……。


 そんな自問自答が続く間にも、雲は悠然と流れ続ける。

 そして、俺は雲に導かれるようにある場所にたどり着いた。


「あれは山……なのか?」


 空を支える柱のように伸びる円柱の山。

 まるで細長いドラム缶のようだ。

 そこに向かって雲は引き寄せられていく。

 山肌はほぼ大地に対して直角で、とても外から登ることは不可能に見える。

 俺のように雲に乗って上からアプローチをかけるのが正攻法なのだろうか?


 雲が不思議な山の真上に差し掛かる。

 眼下には民家の明かりが見える。


「おお……こんな高くて隔離された土地なのに街があるのか」


 どうやら、ここに降り立つのが正解のようだ。

 雲もそう言っているように思える。

 弓を構え、【ワープアロー】を地面に撃ち込む。

 一瞬で俺の体は謎の街の近くにワープした。


 ワープしたのは良いのだが……脚が使えないことを忘れていた。

 今のでMPがなくなり、回復アイテムも尽きた。

 【ワープアロー】が使えない以上、這って行かざるを得ない。

 まあ、街はすぐそこだ。なんとかなるさ。


「おおっ! 空から客人とは珍しい! むむっ、怪我をしているようですな! 私が担いでいきましょう!」


 街に近づくとNPCに拾われ、宿屋まで連れて行ってもらえた。

 素人の俺には普通の人間にしか見えないが、実はこのゲームのNPCはあまり高性能ではないらしい。

 基本的に決められた言葉を発し、決められた行動を実行する。

 今回の場合は怪我をしているプレイヤーを助けるという行動が、あらかじめインプットされていたのだろう。


「ここはどこですか?」


「ここかい? ここは『風雲の隠れ里』だよ! へんぴなところだけど、意外とこれが住みやすいのさ! ちゃんと『風雲山』を下山する方法もあるし、他の街との交易も結構あるんだぜ」


 このように質問に回答パターンがある場合はちゃんと会話になる。

 ない場合はそっけない返事ではぐらかしてくる。


 また、NPCに攻撃などは出来ない。

 そもそも街じゃ公園以外の場所で装備やスキルの力は使えない。

 加えて素手での妨害も対策されていると聞く。

 要するに悪いことは大体できないのだ。


 唯一できる悪さは女性NPCの下着を見るくらいらしい。

 スカートをめくると妨害扱いなので、仰向けに寝転がって潜り込むようだ。

 しかし、これもおおっぴらにやると女性プレイヤーから反感を買い、白い目で見られる。

 また、プレイヤーの通行を妨げるような場所でやると運営から注意を受ける。


 まあ、わかるけどね。

 女性キャラの3Dモデルを目にした男児は、確実にそこを確認しようとするからな。

 抑えようのない本能みたいなものさ……。

 このゲームでわざわざやるかは置いといて。


 と、そんなことを考えている場合ではないか。

 ここが『風雲の隠れ里』という街なのはわかったし、奇妙な円柱の山は『風雲山』というらしい。

 問題はどうやってもとの街に帰るかと言うことだ。


 別にここも街扱いだから、ここを拠点に冒険してもいいし、イベントにも参加できる。

 だが、寂しい……。

 ここには他のプレイヤーはいない。

 あの活気あふれる街が恋しくなってくる……。


 MMOって別にパーティとかギルド、フレンドだけが人との関りじゃないんだ。

 すれ違う人の装備を見たり、ふと会話が耳に入ったり、そういう緩い繋がりも面白さだ。

 俺はこの世界に一人じゃないと実感させてくれる。

 オンラインゲームの面白さはそこにあるんだと俺は学んだ。


 だが、誰も来ていない場所を冒険するワクワクも忘れちゃいない。

 やるべきことを整理しよう。


 街から街へはファストトラベルが出来る。

 要するにワープできるんだ。

 でも、その機能を解放するには街ごとに条件を満たす必要がある。

 いつもの街は最初から解放されているので、『風雲の隠れ里』の方の条件さえ満たせば二つの街を自由に行き来できる。

 その条件を満たして、今日はログアウトにしよう。


 でも、何か忘れているような……。


「あっ!? ドラゴン討伐の戦利品をチェックしてない!」


 あれだけ装備が欲しくてガセまで掴んだのに、いざ手に入ると忘れるとは……。

 ボケてきたというより、勝利の喜びにかき消されたと表現しよう。

 実際、勝てた嬉しさに勝る報酬はない。


 とはいえ、当然形のある報酬も嬉しい。

 超レアモンスターを倒すと装備一式が手に入るというが、果たして何個の装備をゲットしたかな?


「まずは……『風雲竜の証』?」


 エンブレムのようだ。

 さっき倒したドラゴンが描かれている。

 これは装飾カテゴリーなのか?

 それともただのアイテム……。


「ああああっ!? それは……風雲竜の証!?」


「うおっ!?」


 NPCのおじさんがエンブレムに対応した会話を!?

 そういえば、ここは『風雲の隠れ里』だ。

 『風雲竜』と無関係とは思えないな。


「だ、誰か! 長老様を呼んできてくれ! 風雲竜様の証を持つ方が現れたぞぉ!!」


 おじさんはどたどたとどこかに行ってしまった。

 風雲竜……様か。

 敬われている存在のようだな、あのドラゴン。

 俺……倒してしまったんですけど……。

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