Data.8 弓おじさん、3倍

 【不動狙撃の構え】の発動には、まず30秒移動しないことが必要だ。

 30秒間ジッとしていると、視界に『スキル発動OK』の文字が出現した。

 このスキルは任意発動のようだ。MPの消費もどうやらない。

 まあ、デメリットを併せ持っているスキルが勝手に発動されても困るからな。


「不動狙撃の構え!」


 体が静かな青いオーラを纏う。

 この状態で攻撃すると射程が3倍になるわけか。

 俺の今の最大射程はステータスの35と弓の15を合わせて50メートル。

 そこに【弓術Ⅰ】の10を合わせて60メートルというところだ。

 それが3倍になると180メートルにも達するが果たして……。


 キリリリリ……シュッ!


 もはや俺の耳に矢が当たる音は届かない。

 それほどまでに遠方の木の幹に矢は命中した。

 そして、ここから30秒は移動できないということだが、動けないわけではない。


 例えるなら、体の幅ギリギリの円の中に閉じ込められている感じ。

 この円から体のすべてをはみ出すことが出来ないが、半身や腕くらいなら出せるし、足も動かしていい。

 しかし、倒れこんで地べたに這いつくばったりは出来ない。


 もし攻撃を外して、敵に位置を察知されたら危険だな。

 30秒という時間は日常の中では一瞬で過ぎるけど、戦闘の中では長すぎる。

 移動するモンスターを狙い撃とうとして、30秒も待てばもうどこかに行ってしまっているだろう。

 逆に逃げないといけない状況で30秒待つのはほぼ死に近い。


 結論!

 超強力だけど考えて使わないと自滅する!


 扱いは難しいが、このスキルがなければ攻撃が届かない状況は確実に存在するだろう。

 その状況でデメリットを抱えつつも攻撃するという選択肢が増えた時点で大幅強化だ。


「それにしても、スキルが揃ってきたなぁ」


 ◆ステータス

 名前:キュージィ

 職業:射手

 Lv:7/20

 HP:50/50

 MP:50/50

 攻撃:15 防御:8

 魔攻:10 魔防:6

 速度:11 射程:35

 スキル:【弓術Ⅰ】

 【インファイトアロー】【バウンドアロー】

 【不動狙撃の構え】


 四つのスキルが並ぶステータス画面はどこか誇らしげだ。


「ん? アイテムのページに『!』マークがついているな」


 ウィンドウにはステータスとは別に持っているアイテムやお金を表示するページもある。

 そっちのページに切り替えるタブの部分に『!』がくっついている。

 タッチして詳細を確認する。


「なになに……現在の職業で装備可能な武器を入手しました!?」


 武器の欄には確かに見覚えのない弓がある。

 その名を『スパイダーシューター』。

 名前的にさっき俺をびっくりさせたクモ型モンスターが落としたものだな。

 こっちの性能も確認しておこう。


 ◆スパイダーシューター

 種類:弓 攻撃:20 射程:30

 武器スキル:【ウェブアロー】


 【ウェブアロー】

 粘着性のある網を展開する矢を放つ。

 1日8回まではMP消費なしで発動可能。


 なかなかこいつは強いんじゃないか?

 当たり前だが『初心者の弓』の上位互換の性能をしている。

 あっちの攻撃は7しかないからな。

 それに射程も2倍に伸びている。


 武器を装備している間だけ発動可能な『武器スキル』は、なかなかクセ者だな。

 威力より妨害を重視したスキルを得たことで、戦法がまた広がった。


 気になる点と言えば、デザインくらいだ。

 毛がフサッと生えてるところとか、クモの脚を連想させる。

 ちょっと気持ち悪い……。

 弦もクモの糸のようで、なかなか頑丈そうだ。

 こっちは普通に頼もしい。


 このゲーム、数値化はされてないけど武器に耐久がある。

 あんまり雑に扱うと壊れてしまうから、慎重に使おう。

 そして、出来る限り頑丈な物を選ぼう。


「さて、こうどんどん強くなると、調子に乗りたくなるなぁ……」


 なんて、調子に乗った独り言を言ってみる。

 要するにボスに挑んでみたい。

 フィールドにボスが配置されているのかは知らないが、今の段階じゃ普通は倒せないだろって敵を倒してみたい。


 何度も言うが、まだデスペナルティはない。

 もっと森の奥に進んでみよう。




 ◆ ◆ ◆




 半ばノリで進んできた森の奥。

 木々がうっそうと茂って薄暗い中で、『そいつ』のいる場所だけはさんさんと太陽に照らされていた。

 周りの木々は元からないのか、なぎ倒されたのか。

 平らな地面は元からなのか、そいつに平らにされたのか。


 ゴリラだ。

 超巨大なゴリラがいる。

 俺がこの森のボスだって顔をして寝そべっている。


 おいおい、通常サイズでも人間を殺せるパワーがあるらしいのに、あいつの身長は俺の何倍あるんだ?

 小指で体が吹っ飛びそうだ。

 それに黒い毛並みはクマの比ではないくらい頑丈そうだ。

 俺の矢が通るのか?


 に、逃げるか?

 いくらゲームでもあいつに襲われたらショックでどうにかなりそうだ。

 実際、VRゲームが世の中に出回り始めた時は、そういう事故も多々起こったと聞く。

 今は対策されているらしいし、大丈夫だろうか……。


 いやいや、なに負けることばかり考えているんだ。

 俺の戦法は相手からの反撃を食らわないことが前提だ。

 だから、相手がどれだけのパワーを持っていようと関係ないんだ。


 ゴリラの背中が見える位置の木に登り、周囲に邪魔をしてくるモンスターがいないか警戒する。

 ここに来るまでは結構モンスターに出会ったのだが、今はちょうどいない。

 モンスターすら近寄るのを恐れるゴリラなのかもしれない。


 だが、そんなゴリラも今から俺に無抵抗のまま倒されるんだ。

 寝ぼけたまま、攻撃してくる敵の正体すら掴めずに……な。


 ……そうなってくれ、お願いだぞ。

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