第96話 新しい人生 4

 そして、ロッティのリーゼロック屋敷では……


「う~……」


「どうどう。落ちつくのじゃ、マーシャ」


「う~……」


 先ほどまでレヴィアースと会話していたクラウスが、目の前でうずうずしているマティルダことマーシャを宥めている。


 レヴィアースが死んだということを聞いてから、ずっと落ち着かない様子だったのだ。


 しかしレヴィアースに渡していたカードに入っているお金が下ろされたと知ったクラウスが、その後の痕跡をずっと調べていたのだ。


 確実に生きていると分かったからこそ、連絡を取った。


 そしてその場にはマーシャも居た。


「落ちついてる。すっごく落ちついている。落ちついていない訳がない」


「あー……そうじゃな。その通りじゃった」


 今にも噛みつきそうなぐらい物騒な気配を醸し出しているのだが、クラウスは細かい突っ込みをしないことにした。


 下手なことを言えば噛みつかれそうで怖い。


「話したかったのなら、ちょっとぐらいは良かったのじゃぞ?」


「う~。そうなんだけど。でも、トリスのことをどう説明したらいいのか分からなかったから……」


 トリスが居なくなってから、既に何年も経つ。


 今でもクラウスのカードから定期的にお金が使われているので、生きていることは間違いないのだが、それでも、幸せになって欲しいとレヴィアースが願ったトリスが復讐に取り憑かれて出て行ってしまったなどということは言い出せなかった。


「レヴィアースをがっかりさせたくなかったんじゃな?」


「うん」


 今も幸せに暮らしてくれている。


 そう信じたままにしてあげたかった。


 いずれ真実を知る時が来るのだとしても、今のレヴィアースをこれ以上傷つけたくはなかったのだ。


「本当はすっごく、すっごく会いたいけど……」


「そうじゃな。でも、生きていてくれた」


「うん。生きていてくれた。それだけで、今は十分だ」


 マーシャは尻尾をぶんぶん揺らしている。


 心配でどうにかなりそうだったので、生きていることが分かってほっとしているのだろう。


「お爺ちゃん」


「なんじゃ?」


「レヴィアースは、私達に迷惑を掛けたくなかったから、リーゼロックを頼れなかったんだよな?」


「その通りじゃ。確かに、エミリオン連合軍が何としてでも隠蔽したい情報をレヴィアースが知っていて、その当事者なのだとすれば、正面から庇い立てるのはリスクが大きすぎるじゃろうな」


「その内容が分かればやりようもあるんだろうけど……」


「推測はつくが、証拠は全て消されておるじゃろうなぁ」


「やっぱり、エステリ絡みかな?」


「最後に消息を絶ったのがエステリじゃからなぁ。その可能性は高い。表向きはテロリストの襲撃で滅茶苦茶になったと聞いているが、何かとんでもない裏がありそうじゃな」


「それを暴けばレヴィアースは堂々と表に出られる?」


「暴いた途端にエミリオン連合が儂らに襲いかかってくるぞ」


「蹴散らせるぐらいにリーゼロックが強くなればいい?」


「それもやめておいた方がいいのう」


「なんで?」


「国同士の正面衝突じゃぞ。どれだけの犠牲者が出るか、考えたくもない」


 もしもそんなことになれば、リーゼロックとエミリオン連合だけの衝突では済まないだろう。


 間違いなくロッティとエミリオン連合との衝突、つまり戦争にまで発展する筈だ。


 そしてエミリオン連合に対して敵対的な国も便乗して、戦火が広がる可能性もある。


 レヴィアースを取り戻す為にそこまでのことは出来ない。


「うー。そこまで大事になるのか?」


「なる可能性は否定出来んのう」


「むぅ……」


 マーシャはぷくっと頬を膨らませる。


 本心では今すぐにでもレヴィアースに会いに行きたい。


 リーゼロックで受け入れることが出来ないのなら、マーシャが単身でスターリットに会いに行きたいと思っている。


 しかし今のレヴィアースが目立つようなことは避けなければならない。


 目立たずひっそりと運び屋を始めて、スターリットにおける生活基盤を築き始めているのだ。


 その平穏を乱すような真似はしたくない。


 亜人の子供がまとわりついていれば、絶対に人目を引くことになるだろう。


「う~……」


 会いたいのに、会えない。


 それがもどかしくて、切ない。


 しかしそこで大人しくしているようなマーシャでもなかった。


「よし。分かった」


「マーシャ?」


「つまり、戦争にならなければいいんだよな?」


「うむ。そういうことじゃが、何か名案でもあるのか?」


「つまりリーゼロックが力を付ければいいんだ」


「まあ、理屈の上ならそうじゃが。しかし企業として力を付けるのと、国家権力に関われるようになるのとでは、かなり意味合いが違ってくるぞ?」


「でも、お爺ちゃんなら出来るよな?」


「む……」


 普通は企業が国家権力に影響を及ぼすようなことは出来ない。


 しかしリーゼロックは軍用兵器開発も行っている。


 エミリオン連合軍も大事な取引先だ。


 そして他の国でも小規模な取引を行っている。


 国家権力と軍は密接な関係がある。


 軍に関わっているということは、権力にも関わっているということだ。


 そしてエミリオン連合が無視出来ないぐらいの利益と技術力を手に入れれば、彼らはリーゼロックに対して一歩引いた態度を取らざるを得なくなる。


 マーシャはそうなることを促しているのだ。


 しかしそれは簡単なことではない。


 PMCを抱えているリーゼロックは、軍用兵器に対してもテストパイロットに事欠かないし、技術力で他の企業を下回るつもりもないのだが、それは圧倒的なものではない。


 他の企業も必死で追い抜こうとしてくるだろう。


「大丈夫。私がこれから一杯勉強するし、お爺ちゃんの力になる」


「いや、マーシャは操縦者になりたいのじゃろう? レヴィアースの後を追いかけたいのじゃろう? 研究方面に移行

したらそれも出来なくなるぞ」


「出来るよ」


「うむ?」


「なんだって出来る。もう一度レヴィアースに会って、そして堂々と生きていく為なら、きっとなんだって出来るよ。そんな気がするんだ」


「うーむ。マーシャが言うと本当にそんな気がするから不思議じゃのう」


 実際、マーシャの才能はかなりのものだ。


 本人が一番興味を持っている操縦に関してもかなりの才能を発揮しているし、戦闘や銃の取り扱いなども既にPMCの面々を追い抜いている。


 ここ数年で亜人の身体能力と現代武器の使いこなしを完璧に習得しているので、ほぼ無敵状態だった。


「戦闘機だって、宇宙船だって、いっぱい勉強すれば、きっと凄いのが作れる。その技術でリーゼロックは軍需産業のトップに立つ。そうすればロッティの国政の手綱をしっかり握れるし、エミリオン連合にだって口出し出来ないようにすることだって可能だと思う。それだけの技術力と流通を確立させれば、権力なんてぶっ飛ばせる」


「過激じゃのう」


 考え方は過激だが、道筋は間違っていない。


 恐ろしいことに、かなり真っ当な手段でエミリオン連合と敵対しようとしている。


 いや、敵対ですらない。


 向こうが逆らえないように、こちらが手綱を握ろうとしているのだ。


 かつてエミリオン連合と故郷の人間に全てを奪われた少女は、復讐ではなく勝利こそを望んでいるのかもしれない。


 自分の望みが十全に叶えば、それだけで勝利なのだ。


「出来るよ。やってみせる。そして今度こそ、堂々とレヴィアースに会いに行くんだ」


 レヴィアースに会いたい。


 ただそれだけの為に、世界を振り回すつもりでいる。


 恐ろしい子供の考えだが、しかしマーシャなら本当に出来そうな気がするのがより恐ろしい。


 しかしその行く末が楽しみでもあった。


「そうじゃな。マーシャならきっと出来る」


「うん。何でも出来る。どんな事でも出来る。そんな気がするんだ」


 レヴィアースのことを考えるだけで、そんな万能感を身体に漲らせることが出来るのだ。


 それがどういう気持ちなのか、今のマーシャには分からない。


 大好きだという気持ちは自覚しているのだが、それが恋心だとはまだ気付いていない。


 ただ、人生の目標、辿り着く道筋の先に、レヴィアースの姿がある。


 そこを目指すだけでいい。


 シンプルなマーシャはそう考えていた。


「よし。そうとなればさっそく勉強だ♪」


「ほどほどにな。職員の仕事をあまり邪魔せんようにな」


「分かってる。邪魔はしない。ちゃんと可愛がってもらってるし」


「うーむ。これで効率が下がるどころか上がっているのが不思議じゃのう。いや、萌え効果か? 本格的にもふもふブームでも作り出せそうじゃな」


 勉強といっても普通の勉強ではない。


 今のマーシャは大学卒業レベルの学力は身につけているので、普通の勉強は必要無いのだ。


 今のマーシャが行っているのは、宇宙船開発部門における現場の学習だ。


 開発者と一緒に設計図を考えたり、構造について話し合ったりしている。


 まだまだ知識が不足しているマーシャだが、一度教えられたことはすぐに呑み込む上に、そこから更に発展した独自の考えを披露してくれたりするので、現場の人間からも重宝されている。


 当たり前のことから生まれる新たな視点に、開発者たちもいい刺激を貰っているのだ。


 その内、マーシャはオリジナルの宇宙船を作るのかもしれない。


 そして自分で操縦するようになるのかもしれない。


 その時、マーシャがどんな宇宙船を作るのか、どんな風に成長するのか、それが楽しみだった。


「じゃあね、お爺ちゃん」


「うむ」


 軽い足取りで出て行くマーシャを見送るクラウス。


 一人になった部屋で、やれやれと肩を竦めた。


「うちの可愛いマーシャは、ただの恋心で世界を巻き込む大暴走を引き起こしてしまいそうじゃのう。しかしそれが楽しみでもある。儂もまだまだ現役から離れられんのう」


 心配事は尽きない。


 トリスはどうしているだろうか。


 レヴィアースはこれからも上手くやっていけるだろうか。


 マーシャは、途中で飛び出していったりしないだろうか。


 そんな心配事が尽きないのだが、同時に楽しみも尽きない。


 これから何が起こるのか。


 これからどうなっていくのか。


「まあ、儂が心配したところで、あやつらは好きなようにするじゃろうからなぁ。どっしりと構えて、成り行きを見物することにしよう」


 結局のところ、それが一番いいのだ。


 クラウスは窓の外を眺めてから、そっと笑うのだった。

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