第92話 移動中のトラブル 6

 何とか意識を保ったまま母船に戻ると、母船同士でまだ戦闘中だった。


「………………」


 いや、まあ、予想出来たことではある。


 武装していても民間船であり、あちらは改造しまくりの海賊船だ。


 性能の違いは明らかで、食らいついているだけでもよくやっていると褒めるべきところだということぐらいは分かっている。


 しかしこちとら死にかけているのだ。


 そろそろ休ませて欲しいと思うぐらい、いいではないかと訴えたくなる。


 しかしここで何もしなければ、オッドを見殺しにすることになるし、戻るべき母船もなくなってしまう。


 ついでに言うと治療も受けられなくなるのは困る。


 どちらにしても死んでしまう。


 ならば多少……いや、かなりの無理をしてでも残る海賊母船を沈める必要があるということだ。


 幸いにして、レヴィアースの接近には気付かれていない。


 向こうのレーダーが壊れているのか、それともそれどころではないのか。


 好都合であることは確かだった。


「最後にもう一仕事か。やれやれ。逃げるのも難儀だ。というか不運すぎないか?」


 レヴィアースはぼやきながらも、こっそりと接近してから海賊船の推進機関と艦橋部分を狙い撃ちにして、あっさりと沈めてしまうのだった。





 そしてレギンレイヴには傷一つつけずに戻ってきたレヴィアースを迎えたのは、オッドの方だった。


 自分もかなり辛いだろうに、格納庫まで出向いてきてくれている。


 その気持ちはありがたかったが、レヴィアースが自分ではもう動けない様子なのを見ると表情を険しくした。


「よお。無事だな?」


 レヴィアースは力なく笑いながら、オッドに語りかける。


 死にかけているというほど酷い状態ではないが、放っておいたら間違いなく死ぬだろうという出血量だった。


「殴っていいですか?」


 無茶をしすぎたレヴィアースを見て表情を険しくするオッド。


 護ってもらったことは分かっているが、護られるだけなのは耐えられない。


 その所為でレヴィアースが死にかけているとなれば尚更だ。


「何でだよっ!? そこは頑張ったなと労うところだろっ!?」


 実際、レヴィアースの働きによってこの船も、そしてオッドも助かったのだ。


 もちろんレヴィアース自身も。


 だから殴られる筋合いは無いと主張したいらしい。


「俺はそんな貴方が大嫌いです」


「まさかのトドメ!?」


 命懸けで護った相手に大嫌いだと言われて凹むレヴィアース。


 というよりも泣きそうだった。


 金色の瞳にはちょっぴり涙が滲んでいる。


「………………」


 オッドは無言でレヴィアースを抱え上げる。


 そして医務室へと運んだ。


 レヴィアースを抱えたオッドは船員を睨みながら医務室の場所を聞き出したので、彼らも素直に案内してくれた。


 今のオッドには逆らえない雰囲気がある。


 アイスブルーの瞳は絶対零度を通り越して氷点下モードになっている。


 普段は忠実だが、怒らせるとかなり怖い。


「おい。無理すんなよ。お前だってまだ回復しきれていないだろうが」


「それ以上余計なことを言ったら腹を殴りますよ」


「……すんません」


 マジで怖い。


 傷口が開いて出血している腹部を殴るとか、拷問では済まない凶悪さだ。


 しかも氷点下の視線で睨みながら言うのだから恐ろしすぎる。



 この船を護ってくれた相手に対してケチるつもりはないらしく、医務室にいた船員は快く治療の為の道具や薬を貸し出してくれた。


 再生治療カプセルに入れられたらいいのだが、この船にはそこまでの設備は無いらしい。


 仕方ないのであるものだけで治療を済ませた。


 万全とは言いがたいが、これで安静にしていれば命に別状は無い筈だ。


「あー、オッド」


「何ですか?」


「俺はどうしてベッドに縛り付けられてるのかな?」


「余計なことをさせない為です。絶対安静ですから」


「……いや。排泄とかどうするんだよ」


「………………」


 オッドは無言で尿瓶を取り出した。


「嫌だあああーっ!! それだけは嫌だああああーーっ!!」


 縛り付けられたベッドの上でじたばたと暴れるレヴィアース。


 冗談にしても酷すぎる。


 そして本気だとしたら土下座してでも撤回して貰う覚悟だった。


「冗談です」


「ほ、本当に……?」


 恐る恐るオッドを見るレヴィアース。


 元上官と部下の立場が入れ替わったかのような雰囲気だ。


「本気にして欲しいんですか?」


「………………」


 ぶんぶんと激しく首を振るレヴィアース。


 お願いだから冗談だけにしておいてくださいと懇願した。


 寡黙なタイプが怒ると冗談と本気の区別がつかなくてかなり困る。


「あまり心配させないでください」


「悪い」


「………………」


「悪かったよ。だから睨むな」


「………………」


「ごめんなさい睨まないでくださいマジで怖いです」


 じーっと睨まれ続けるのは恐ろしい。


 一応は死にかけた怪我人なのだから、もう少し優しくしてくれても罰は当たらないと思う。


 しかしそれを口にすれば再び尿瓶を出されかねない。


 それだけは嫌だった。


「レヴィ」


「はい」


「俺は貴方の何ですか?」


「はい……?」


「何ですか?」


「えーっと……相棒……?」


 まるで女の子に問いかけられるような質問に気まずくなってしまうレヴィアース。


 そういう意味ではないと分かっているのだが、それでももう少し言葉を選んで欲しい。


 誤解をするつもりはないけれど、周りから誤解をされたら辛すぎる。


「ええ。俺は相棒のつもりです」


「で、ですよねー……」


 同じ認識でほっとする。


 しかし睨まれ続けているのでまだビクビクしている。


「だから、一人で抱え込まないでください」


「………………」


「ちゃんと、助けを求めて下さい。そうすれば、俺も貴方の力になれるんです。なれる筈なんです」


「……そうだな。悪かったよ」


 一人だけで抱え込む。


 それはレヴィアースの悪い癖でもあった。


 頼られるのは好きだが、頼るのは苦手なのだ。


 性格的にはかなり不器用なのかもしれない。


 だけど頼ってくれないことを辛いと思ってくれる人がいる。


 だからこれからはもっと相棒を頼らなければならないのだろう。


「すぐには無理かもしれないけど、これから努力する。それで勘弁してくれないか?」


 性分はすぐには変えられない。


 だけど変えようと努力することなら出来る。


 努力は約束するので、これ以上は怒らないで欲しい。


「まあいいでしょう」


 そしてオッドもようやく表情を緩めてくれた。


 一応は納得してくれたようだ。




「よう。生きてるか?」


 そしてしばらくすると船長が医務室に入ってきた。


 海賊は撃退したが、損傷した船の修理や手続きなどでかなり忙しかったらしく、表情に覇気が無い。


「まあ、なんとか」


 生きてはいるが、オッドに責められすぎて凹んでいる。


 とりあえず拘束ベルトは外して貰えたので、トイレには自由に行けるようになったのが救いだった。


「あんたのお陰で助かった。礼を言うぜ」


 どうやらレヴィアースに対して礼を言う為に忙しい中時間を作ってきてくれたらしい。


 その気持ちはありがたいのだが、礼を言われるほどのことでもない。


 基本的には自分達が助かる為にやったのだから、彼らを助けたのはついでだった。


「いいさ。俺たちの為でもあるからな」


「それでも助かった。それにしてもとんでもない腕だな。お前さん、戦闘機操縦に関しては本職だろう?」


「………………」


 その質問には答えられない。


 しかし答えられない時点で答えを言っているようなものだ。


「元軍人ってところか」


「………………」


「睨むなよ。別に取って食おうって訳じゃない。いや、ある意味で近いか。それだけの腕があるなら、うちで雇われないか? 給料は弾むぜ」


「遠慮しておく。そういう物騒な世界から足を洗いたくて逃げ出したんだ。これからは割と平穏無事な生活を望んでいるんだよ」


「そうか。それは残念だ。気が変わったならいつでも言ってくれ」


「………………」


 あっさりと引いてくれたが、諦めたというよりは、そういう人種のことをある程度理解しているということだろう。


 戦いに倦んで逃げ出す人間は少なくない。


 レヴィアース達もその同類だと思われたのだろう。


 実際、レヴィアースに関してはその通りでもある。


 逃げ出すしか選択肢が無かったことも事実だが、それ以前から軍人という仕事に嫌気が差していたのだ。


 だからこそ、これからのことが少し楽しみでもある。


 レヴィアース・マルグレイトとしての自分は捨てなければならないし、友人や家族に二度と会えなくなるのも寂しい。


 しかし他に方法が無いのなら、全てを割り切るしかないだろう。


「ところで、レギンレイヴの操縦席だが、血が大量に染み込んでるぞ」


「げ……」


 破損したら弁償してもらうと言われたことを思い出す。


 まあ、操縦席シートの交換ぐらいなら手持ちでなんとかなるかと思い込む。


「シート代寄越せと言いたいところだが……」


「う……」


「まあ、こっちも護ってもらったしな。今回はチャラにしておく」


「それは助かる」


「もうすぐスターリットに到着するが、動けないようなら停泊中は医務室で休んでくれて構わないが、どうする?」


「うーん。そうだなぁ……」


 出来れば病院できちんとした治療を受けたいところだが、その為の身分が存在しない。


 今のレヴィアースは死人なのだ。


 だからこそ自力で治さなければならない。


 治療道具や薬の揃っている医務室にいられるのは助かるのだが……


「ちなみに、スターリットに入港したらエミリオン連合軍の調査が入ることになっている。海賊に襲われた後だからな。事情聴取がしたいんだと」


「あまり世話になるのもどうかと思うからすぐに出て行くよ」


「そう言うと思ったぜ」


「………………」


 レヴィアースが元軍人であること、そしてよりにもよってエステリから密出国したことを鑑みれば、その正体にも心当たりはあるということだろう。


 しかし船乗りは義理を大切にする。


 命を助けて貰った以上、その恩人を売り飛ばすような真似はしない。


 たとえそれが犯罪だと罵られても、それでも船乗りとしての矜持を優先する。


 そういう意味では彼も本物の船乗りだった。


「こっちも密出国者を運んでいたことがバレると困るからな。適当に誤魔化しておくさ」


「頼む」


 つまりお互い様なのだ。


 密出国の手助けをした以上、彼らも共犯だ。


 だったらレヴィアース達を庇うしかない。


 むしろレヴィアース達の存在がエミリオン連合軍にバレた方が困るのだ。


「お前さん、スターリットに降りた後の当てはあるのか?」


「いや。まあ適当に情報をくれそうな奴を探してみるつもりだけど」


 そういった人間を嗅ぎ分けることには少しだけ慣れてきた。


 だから現地で何とかなるだろうと思っている。


「スターリットでこっちにつなぎを取ってくる奴がいる。少しばかりぼったくるのが玉に瑕だが、仕事はきっちりこなしてくれる。これがそいつの連絡先だ」


 船長は連絡先の書かれたメモをレヴィアースに渡す。


「いいのか? 紹介料は?」


「構わん。助かったついでだ」


「じゃあありがたくもらっとく」


「おう。せっかくここまで運んでやったんだ。死なれたら勿体ない」


「だよな~」


 死なれたら勿体ないし、死んだら勿体ない。


 人助けをすればその分、見返りがある。


 無い場合もあるが、意外なところで見返りを貰えて、今後が大助かりになる場合もあるのだ。


「じゃあありがたく使わせてもらうぜ」


「おう。使え使え」


 そう言ってから船長は出て行った。


 仕事が山積みなのだろう。


「とりあえずスターリットに降りてからの方針が決まって良かったな」


「ええ。しかし軍資金の方はまだ大丈夫ですか?」


「余裕余裕。と言いたいところだけど、住む場所やライフラインの確保も考えると、あまり余裕は無いかもしれないなぁ。まあ、節約出来るところで頑張れば何とかなるだろう」


「そうですね。しかししばらくは安静にしておいた方がいいと思いますけど」


「安静にしすぎてエミリオン連合軍に捕まったら意味が無いぞ」


「その前に俺が貴方を運び出します」


「自分で歩けるから」


「無理をしたら腹を殴ります」


「怖すぎるわっ!」


 心配しているのか、脅迫しているのか、どちらかにして欲しい。


 言葉だけを聞けば間違いなく脅迫なのだが、その裏には心配してくれている気持ちがあることが分かるので対応に困る。


「それは半分冗談ですけど」


「半分ですか……」


 半分は本気なんですか……と身震いするレヴィアース。


「しばらくは監視……もとい一緒に行動しますので」


「監視って……」


 信用がなさ過ぎる。


 しかし自業自得でもあるので受け入れるしかない。


「まあいいけどさ。オッドが居てくれた方が俺も助かるし」


「ではそういうことで」


「おう。よろしくな」


「もちろんです」


 ようやくオッドの機嫌も治ってくれたのでほっとする。


 相棒としてこれからずっと一緒に行動するのだから、出来るだけ怒らせないようにしなければと気を引き締めるのだった。

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