第91話 移動中のトラブル 5

 三機の戦闘機が絡み合う。


 二機が一機を撃墜しようとしている。


 しかし、たった一機なのに上手くいかない。


 十二機もいた味方は既に撃墜されている。


 恐ろしい腕利きだということは分かっている。


 どうしてあそこまでの戦力をギリギリまで温存していたのかは分からない。


 自分達は海賊であり、今回の依頼はリーゼロックの最新鋭機であるレギンレイヴを奪取することだ。


 だから商品そのものが出てきた時には驚いたが、それなら推進機関を破壊して動きを封じれば済む話だった。


 ある程度破損しても、機体の中には修繕マニュアルデータが入っているので、復元は可能だ。


 大破はさせられないが、中破までなら許可すると言われている。


 それならばなんとかなるだろうと思ったのだが、とんでもなかった。


「おい、ゼクス。どうするよ?」


「どうにもならんだろう。ジン、撤退した方が良くないか?」


 ゼクスと呼ばれた男も、ジンと呼ばれた男も、同じ顔をしていた。


 彼らは双子であり、常に最高の連携で操縦してきた。


 海賊の中でも相当な腕利きだが、それ以上に彼らを今まで生き残らせてきたのは、素晴らしい連携によるものだった。


 双子ゆえなのか、お互いがどう動こうとしているのかが分かるし、どうフォローしたらいいのかも分かってしまう。


 常に最高で、最善の動きが出来る。


 だからこそここまで生き残った。


 しかし目の前の相手は次元が違う。


 腕が違うだけではない。


 経験も違うし、勘の良さも違いすぎる。


 二人がかりでも敵う気がしないのだ。


 海賊団の中では最強を自負してきた二人なので、それはかなり傷つく事実だったが、ここまでの戦闘でそれを実感出来る程度には、自分というものを知っていた。


 だからこそ撤退が最善だと判断する。


 ゼクスもジンも、同じ気持ちだった。


 しかしそれを許さないものがある。


「ボスが許さないだろ、それ」


「言えてるな」


 彼らのボスは今回の仕事を諦めたりはしないだろう。


 リーゼロックの最新鋭機を手に入れて売りつけるのはもちろん、自分達でも解析して戦力に加えたいと考えている。


 だからこそ、諦めようとはしないだろう。


 それにここまでの被害を出したのだ。


 このまま撤退しては大赤字になってしまう。


 全滅の危機ではあるが、だからこそ後には引けない状況になっている。


「まあ、なんとかなるんじゃないか? あの戦闘機、少し動きが鈍ってるし」


「それが誘いだという保証は?」


「ねえよ。でも撤退が不可能なら期待するぐらいならいいんじゃないか?」


「確かにな」


 時間が経つほどに反応速度が遅くなっているのは気になっていた。


 もしかしたら、体調が万全ではないのかもしれない。


 だとすればギリギリになって出てきた理由にも頷ける。


 本来ならば安静にしておくべきだった操縦者だとしたら、時間を掛けている今ならば勝機はある。


「なら、時間稼ぎをしつつ、隙を見て撃墜。それでいいな?」


「分かった。死ぬなよ」


「そっちこそ」


 お互いの無事を祈ってから、再びレヴィアースの乗るレギンレイヴを墜とそうとする。


 しかしその前にレギンレイヴの方が突っ込んできた。


「なっ!?」


「何を考えているっ!?」


 距離を取っての牽制が最善手の筈だが、何を考えているのか、レギンレイヴは正面から突っ込んできた。


 最初と同じやり方だが、多数を混乱させる目的があった今とは違い、連携の取れた双子相手にそれをやるのは自殺行為だ。


「まあいい。好都合だ」


「やるぞ」


「おう」


 戸惑いはあったが立ち直るのも切り替えるのも早い。


 阿吽の呼吸が成立しているからこそ、レヴィアースとここまでやり合えているのだ。


 すぐさま攻撃に移る。


 的確に推進機関を狙うが、ギリギリで避けられる。


「ちっ!」


「こっちが推進機関しか狙えないことを分かっていて動いてるな、あれは。やはり手強い」


「こうなると顔が見てみたいな」


「無理だろ」


「だろうな」


 ここまでの腕利きならば是非とも顔を見てみたい。


 どんな人間なのか知りたい。


 それは操縦者として当然の好奇心だった。


 しかし殺し合いをしているのだ。


 そんなことは不可能だと分かっている。


 しかし推進機関を撃墜すれば、後は操縦者を引き剥がすだけだ。


 顔を見ることも可能だろう。


 しかしそれは叶わなかった。


 その前に、彼らは撃墜されるからだ。




「うおっ! 危ねえな。でもやっぱり推進機関狙いか。だったら動きようもある」


 正面から突っ込んでおきながらも、冷徹な計算は忘れない。


 レヴィアースはギリギリで攻撃を避けてから、更に動く。


 高速で突っ込んだので一気に距離が離れたが、すぐにまた接近する。


「ちょっと無理させるが、保ってくれよ、俺の身体」


 そのまま緩やかなカーブで反転する筈だがレヴィアースはそのまま直進していた。


 そして二機が追いかけてくる。


 母船から離れてでもレギンレイヴを追いかけてくることは分かっていた。


 この機体を逃しては意味が無いからだ。


 速度は僅かにこちらが上なので時間をかければ逃げ切れるかもしれないが、当然、それは出来ない。


 母船にはオッドを残してきているし、何よりも、レヴィアース自身、もう長くは操縦していられない。


 傷が塞がった筈の腹部からまた血が滲んでいる。


 塞がったばかりの傷は圧力に対してあっさりと屈したのだろう。


 それは仕方が無いことなので諦めているが、戻ったらオッドに怒られそうだと思った。


「まあ、生き延びなければ怒られることも出来ないしな」


 操縦桿を握りながら、レヴィアースは神経を研ぎ澄ませる。


 勝負は一瞬。


 それだけで結果は出る。


 失敗すれば死ぬ。


 しかし、自分ならば成功させられると確信している。


「ここだっ!」


 タイミングを見極めて、レヴィアースは操縦桿を急角度で動かす。


 鈍角ではなく鋭角反転、


 こんな無茶な操縦は普通なら出来ない。


 身体にかかる負担が半端ではないし、何よりも、無茶な操縦で制御が外れてしまう危険性があるからだ。


 しかしレギンレイヴをある程度動かして、この機体の性能ならば十分にやれると判断した。


「あ……やべ……」


 しかし万全の状態ならまだしも、意識さえ手放しそうな状態でやるのは間違いなく自殺行為だった。


 電源が切れたように意識が沈んでいくのを自覚した。


 それはほんの一瞬のことだっただろう。


 しかしレヴィアースにとっては数分にも感じられた。


 やっぱり駄目だったか……


 出来ると確信していた。


 しかし身体が保つかどうかは賭けだった。


 そして自分はその賭けに敗れたらしい。


 沈んでいく意識の中で、死んでしまう自分を残念に思った。



 ごめんな、オッド……



 自分が沈められれば、オッドも無事では済まないだろう。


 護ってやりたかったが、護りきれなかった。


 他の部下のことも、そして相棒だと思っていたオッドのことも、誰一人護れない。




 情けねえなぁ……




 自分で自分が情けない。


 護りたいのに、護りきれない。


 いつだって手が届かない。


 後一歩のところで絶望させられる。


 護れたものなど、一つも無い。




 いや、そうでもないか……




 たった二つだけ、いや、二人だけ、護れた子供達がいる。


 マティルダ。


 そしてトリス。


 あの子供達は、今も元気だろうか。


 きっと元気だ。


 それだけは、自分にとっても救いだった。




 ああ、そうだな。


 あの子達の事を最期に考えられるのなら、まあ、悪くはないか……




 護れた子供達の事を、満足しながら逝く。


 なかなか悪くないと思った。




 レヴィアース!!




「っ!?」


 フラッシュバックのように脳裏に叩きつけられたのは、小さな女の子の泣き顔だった。


 マティルダが泣きながら自分の名前を呼ぶ姿。


 それで一気に意識を引き戻された。


 そして戦闘に対して最適な行動を取った。


 意識が戻った瞬間に手は勝手に動いていた。


 再び正面からぶつかることになった戦闘機達に対して、ギリギリまで接近して、高速連射の砲撃を浴びせたのだ。


 再び機体に無茶な動きをさせたが、その一瞬で二機は撃墜された。


「まったく……たまんねぇな……」


 最期に思い浮かぶのが助けた女の子の泣き顔というのは、いくら何でも酷い。


 死んでも死にきれないではないか。


 せめて笑顔ならば良かったのに。


 そうすれば、満足出来たのに。


 地獄に引きずり込まれそうになったのに、その手を蹴落としてまで戻ってきてしまった。


「マティルダに助けられたのかな……」


 助けて、助けられて。


 思ったよりも大きな存在になっている子供たちのことを思い出して、レヴィアースは苦笑する。


 もう二度と会えないと思っていたが、落ちついたら会いに行ってもいいのかもしれない。


 自分はもう、レヴィアース・マルグレイトではなくなるのだから。


 新しい自分になったら、そして落ちついたら、会いに行くのも悪くないのかもしれない。


「まあ、しばらくは無理だけどな」


 しばらくは自分のことだけで手一杯だ。


 数年先になるかもしれない。


 しかしいつかはまた会いたいと思う。

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